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書斎机の四冊目、「トンボの眼玉」北原白秋

 幼少の頃、僕は始終雨を眺めていた気がする。正しく言えば、雨を思い描いて外を見ていた。病弱で引っ込み思案な瘦せっぽちの少年は人と会うのをひどく嫌っており、自分を見る他人の目を恐れていた。親なしと同情されることも、宿無しと侮蔑されることも等しく思え、吐き出される言葉よりも視線そのものを恐れた。
 僕にとって外の世界は常に雨で、それに当たると僕は凍え死んでしまう気がしていた。だから外には出られないと決めつけていた。外界に触れることが素直に怖かった。

 家族が離散し江戸川区平井にある祖母の家に預けられていた折、四歳になるかならないかの頃だと思うが、お腹の底から振動を呼び起こすような振り子時計のある広い日本間にひとり寝起きさせられていた。
 テレビもラジオもなく、音を出すものと言えば時計の他には、触ってはいけないと厳しく申しつけられた古いビクターの大きなステレオ。通電したままのそのステレオの橙色の豆ランプは僕を常に見張っているようで、部屋にある他の調度も貧相な体を圧し潰すためにあるかのような高密度の暗さで構成されているかに思えた。
 特に僕を怖がらせたのは透かし彫りで囲われた大きな吊り燈だった。
 函体には竹取物語が刻まれており、触れてもいないのに時折わずかに回転するそこに刻まれた翁や媼の掘り抜きの目がじっとりと不気味に僕を代わる代わる追いかけて来るようであった。
 平素はそれほどでもないが、恐怖は突然にその冷たい指先で背筋を捉える。背中が怖くて、振り向くことができなくなった。
 そんな時、いつも僕は誰から教わったのか既に記憶にはないが、北原白秋の「雨」を飽きず繰り返し歌い、一心不乱に手元にある折り紙や竹ひご、木綿糸などで鳥や昆虫を作っては畳に並べていた。
 僕はいつもこう願っていた。
 「僕を食べないでください。餌になる鳥や虫はここにたくさんいますから。」
 「雨」や折り紙細工は幼い僕にとって身を守るための呪文や身代わり札であった。

 後日、気が付くことになるが僕にこの歌を教えた人は間違って教えたらしい。それとも僕が作り変えてしまったのか。小さな僕は「遊びにゆきたし」を「おんもにゆきたし」と歌っていた。傍にいた大人たちはそれを聞いていたのか、いなかったのか、誰も直してくれる人がいなかったため、随分と大きくなるまで間違ったまま育ってしまった。現在でも気を抜くと間違ってしまう。

 トンボの眼玉

 中学2年の時、図書室で白秋の「トンボの眼玉」という本をみつけた。もちろん元版ではなく新しく出版されたもの。
 載せられている童謡に言い回しの面白さはあったがそれほど興味を惹かれることもなくページを送り続け、あの歌のところで手がとまった。
 その時になってやっと歌詞の間違いに気が付くとともに、僕は不覚にもポロポロと涙を落としてしまった。
 向かい側で勉強をしていた女子生徒が不意を打たれて驚き、声をかけてきた。
 「大丈夫?何かあった?」
 「急に眼が痛くなっただけです。保健室に行ってきます」と僕は答えた。
 「ひとりで行かれる?付いて行ってあげようか?」と気遣いをしてくれたその生徒にお礼を言って、目を抑えながら席を離れた。
  
 白秋は童謡は唱歌と違い子供の心が自然から生み出すものだと言っている。大人から与えられたものではなく、自ら見て知ったものから生ずるのだと。確かに白秋は子供の視線へ遡る苦心をしていたのだと思う。
 更に、童謡には子供の眼があるだけでなく、大人が耳にした時に象徴的なものが無くてはならないとも言う。それは現実を実直に見ている子供の視線が残酷さを併せ持っていること、そのイノセンスを指しているのだろう。

 蛇足ではあるが、僕が涙を落とすほど痛みを覚えたのは次節の歌詞だった。

 …雨が降ります。雨が降る。いやでもお家で遊びましょう。千代紙折りましょ、たたみましょ。…

 その瞬間に僕は10年の歳月を遡って、あの冷たく広い日本間でぽつんと正座をして、ひとり折り紙を折っていた。

・「トンボの眼玉」北原白秋 大正8年 アルス(第三版) 


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書斎机の三冊目、「東京八景」太宰治

 「お前、こんなところで本を読んでて寒くねえの?手袋もせんでよく指がかじかまねえなぁ。」
 中学3年最後の冬、友人たちと初詣を兼ねて隅田川七福神巡りをすることにした。午後23時アサヒビール社宅テニスコート前に集合ということだったが時間通りに来たのは僕ひとり。住む町会が異なればそれなりの時差もあるのだろうと予定通りにジャンバーのポケットから文庫本を出して読みだしたところだった。
 「寒かろうが温かろうが人を待つことには変わりないさ。柵にもたれかかって妄想に耽るより、本を読んでいた方が僕には向いてるしね。それに手袋をしてたらページが捲れない。」
 「手袋はともかく。言ってることわかんねえけど、そんなもんなのか?」
 「そんなもんだよ。何かを待つ時間なんてものは。」
 「で、何を読んでんの?俺、知ってる奴?」
 「君が誰を知っているのかは知らないけど、面識がないことは確かだよ。」
 そう答えて彼に表紙を見せた。
 「東京八景。ふと?おさむ?何て読むんだ、これ?」
 「だざいおさむ、だよ。授業でやったろ?走れメロスとか。」
 「メロスは激怒したってやつか!」
 「たぶん、そこだけしか覚えていないんだろうけど、当たってるよ。」
 「面白いの?」
 「つまらない。すごく、とても、最高に、つまらないよ。」
 「なぜにそんなのを読むん?」
 「本がそこにあったからさ。」
 「なかった方がよかったんじゃねえ?もっと別のやつとか。」
 「だよね。でもね、そんなチリツモの不幸が太宰らしいんだよ。」
 僕が教科書以外で太宰をまともに手に取った最初の作品がこれだった。つまらないと思っても読み返してしまうのはどういう理由だろうと自分でも不思議に思う。

 東京八景

 そして、高校2年の冬、僕は邪宗門でミルクティーを飲んでいた。
 不意に手元が僅かに暗くなる。
 「太宰治、嫌いじゃないの?」
 靴音もさせず近づいてきた彼女は肩越しに僕の本を覗き込む。肩に置かれそうになった手を何気なくかわしながら僕は彼女の顔を見た。
 「あまり好きじゃないよ。不幸自慢みたいで。というより寧ろ恵まれていることのネガティブな自慢だね。読むこと自体が気の滅入る作業だよ。」
 「でも読むのね?ド・ク・ショ・カ・さん。」
 「読書家だから読んでたわけじゃなくて、君を待つ間の時間を潰してたんだよ。いつ止めてもいいように。」
 「あら、嬉しい!私は太宰治より上の扱いなのね。」
 「彼とは面識がないから情も湧かないしね。」
 どこかデジャヴ感のある会話を思い出しながら手元の荷物をまとめ始める。
 僕たちは鶴岡八幡宮を目指すことになっていた。除夜の鐘が鳴るまでは3時間以上もあるけれど。
 「私には情が湧くんだ?」
 子猫がオモチャを狙うような目をして微笑む。僕は言動を収拾する方法を探した。
 「どうなのかなぁ?」
 さらに畳みかけてくる。
 僕は政治家ではないので撤回には効力がない。ましてたったひとりの彼女という世論がそれを認めないことは自明の理。言い訳をするのを諦めて降参の旗を揚げた。短い言葉で。
 「まさに東京八景だよ。まったく散々だ。」
 「私がタイトルに注をふってあげるね。東京八景と書いてウオウサオウって読むのよ。」
 誰かを待つたびに「東京八景」を開いていた気がするのはこんなささやかな記憶のためだろうと思う。
 それが常にではないはずなのに、常にあったように重なってしまう。過去への印象は不確か過ぎるものだ。
 太宰の「東京八景」につぎのような一節がある。
 …ぎりぎりに正確を期したものであつても、それでもどこかに嘘の間隙が匂つてゐるものだ。人は、いつも、かう考へたりさう思つたりして行路を選んでゐるものではないからであらう。…
 確かに記憶を含めて事実を正確に自分に捉えさせることは難しいし、それを誰かに説明するとなれば猶更に困難なこと。先の一節に続く次の彼の言葉は確かに僕の共感を呼んだ。

 …多くの場合、人はいつのまにか、ちがふ野原を歩いている。
 
・「東京八景」太宰治 昭和16年 実業之日本社(初版)


 

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書斎机の二冊目、「第三半球物語」稲垣足穂

 小学校5年の夏休みから学習塾へ通い始めた。僕は平均よりもずっと下の頭の悪い階層に属していて、学習意欲については皆無と言える有様だった。学級担任から見ても僕はオマケ児童で教育の対象とは映っていなかったと思う。そしてそれは当時、今よりも遥かに児童数が多かった教育現場において容認されていた普通のことでもあった。「オチコボレ」が標準語になりつつあるそんな時期だったろう。
 通い始めた学習塾は小学校のすぐ横にある学力増進会に属していたもので、塾講師は専任ではなく、各教科は大学生か、院生のアルバイトで賄われていた。小・中学生を対象とし曜日によって仕分けされていた。他の学年の塾生がどれほどいたのかは全く知らないが同学年は男子ばかりで5人。そのうち3人が同じ小学校であった。進学塾では決してないその場所は僕にとって学習よりも楽習と言え成績は決して上がることはなかったけれど、初めての友達がそこでできた。
 杉原という国語講師がいて、確か慶応大学の学生だったと思う。彼はNHKで放映された「時をかける少女」にでてきたケン・ソゴル役の役者に似ていた。そして大層虚弱で月の半分は代講が立っていた気がする。非常にレアな講師であった。
 その彼が新塾生となった僕を迎えた初めての授業の時、黒板に奇妙な帽子の絵を描いてみせた。
 「これ、何の絵だかわかる?」
 少し女性っぽい口調で生徒に話しかけた。
 それは授業とは全く関係がなく、大声を張り上げても授業に集中しない生徒をどうにか引き戻そうとする苦肉の策だった。
 コンコンという白墨の軽い音に引き付けられ、僕たちは絵を注視し、思い思いの回答を声にだしたが、そのどれもがハズレで、彼は「これはゾウを飲み込んだウワバミの絵だよ」と笑い、僕らは「へんてこ、全然わかんないよ。ヘタクソ」と指をさして笑った。
 今なら簡単なことだけれど彼が話したことはそのままサン・テグジュペリ「星の王子様」の書き出しだった。
 彼は絵の説明をしたあと物語を非常に簡略に話して聞かせた。その間、誰も私語をするものはいなかった。そして物語の最後までくると「ここで終わりにしておこう。物語の最後は自分で読むものだから、教えられて知るものじゃないんだよ。興味があったら読んでみるといい。本は読みなさいというものでもないからね」とそう言ってその日の授業を閉じた。
 「物語の最後は教えられて知るものじゃない」という彼の言葉は忘れられないものとなり、僕は「星の王子様」を手に取った。

 第三半球物語

 固より僕は読書には興味のない少年で、まして人から勧められたものであれば余計に意固地になって読もうとしなかった。いつであったか石井桃子さんが同じようなことをおっしゃっていらした。
 「人から勧められたものは気も進まないし、有り難くも思えなかった。きっと私がつむじ曲がりだったせいでしょう」と。
 もっとも石井さんは僕とは異なり読書に対して確固たる意志と指針をお持ちでしたが。
 しかしながら読むためには確かにきっかけは必要で、どこかで提示されなければ知らずに終わってしまう。しかし夏休みの課題図書だとか、推薦図書だとか帯の貼られたものは言い方が悪いので先に謝罪しておくけれども、僕にとっては信用がおけないものであり、妙に教育的で指導心に溢れているという嫌味臭がついてまわる気がしていた。皆が同じようなものを読む、まるで洗脳道具みたいだった。

 その年の夏休み、読書感想文の宿題が割り当てられた僕は一応書店に赴き一通りを眺めた。すると同級の女の子が親に連れられてそこに来ていて、僕に挨拶をし「宿題を探しにきたの?」と訊いてきた。僕は女の子と話をするのが苦手で黙って頷いた。
 「課題図書なんて面白くないよね。学校のプリントで配られたけどあれって何かになるのかなー?課題図書以外は点数が悪いとか言うけど私は題名が面白そうな本を探して最初のページを読んで決めるの。Tくんはどんなの?」
 僕は「わかんない。本、読まないから」と答えた。
 学校と外ではこうも態度が違うのだろうかと僕は戸惑った。学校では摘み上げるのも憚られるほど気嫌いされている僕にこうも気安く話しかけて来るなんて、と。
 その子とは中学は別々になったが奇しくも二次募集という同じ経緯を辿って高校で再会することになる。
 僕は杉原先生の言葉を思い出し、彼女の探し方をまねてみることにした。粗筋も結末も知らない自分の本を探してみる気になって、一冊の奇妙なタイトルの文庫本を手にした。
 「第三半球物語」。
 イネガキ、イナガキ、アシホ?
 初版でこそカタカナになっていたが文庫では漢字に改められていた作者名をどう読んでいいのかその時の僕にはわからなかった。
 書き方も粗筋も全く違っていたのだけれど「星の王子様」にどこか似ている感じがして、その本の印象は心の中に残り、次の本を呼び寄せることになる。
 しかし結論からするとお蔭さまで夏休みの読書課題は今もまだ終わっていない。
 「第三半球物語」は読み終えたけれど、それは小説、物語というよりも詩のようで、どれか一つを捉えることはできるけれど全体として捉えるという作業には全く向いていない作品だった。その感想をどうやって書いてよいのか僕の能力の及ぶ範囲ではなかった。
 仕方なく配られた四百字詰め原稿用紙2枚に本の題名と学年組、自分の名前を書いて、2行半ほどの文字を置いた。
 「何もすることがない時に、ひょいと2メートルも宙に飛びあがって昼寝をする力があれば、僕もそうしたいと思いました。」
 赤ペンで「書き直し」と書かれ突き返された原稿用紙が再び学級担任の手にもどることはなかった。
 「あと一行足りなかった」とそれを思い返して悔しがるのは、僕もやや「つむじ曲がり」の質があるせいだろうと思う。

・「第三半球物語」稲垣足穂 昭和2年 金星堂(初版)
 


 
 

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書斎机の一冊目、「高瀬舟」森鴎外

 雨の日が続いている。陽光の届かない窓辺は静まりかえり、僕は屋根に区切られた空を見上げる。
 体調の悪さも手伝って僕はすっかり引きこもったようになり、手を動かすだけで済む仕事に没頭する。突然、携帯電話のバイブが震え、画面を拾い上げると「佐伯」という名前が表示されていた。
 一瞬、切断の文字が脳裏を掠めたが、ろくでもない用件だとは予測しながらも僕は待ち受け時間を十分に使い切って通話を選択した。
 「よう、元気か?って元気なわけないか。そろそろ手術だっけ?まあ天命は医者が握るもんだから諦めてじっと寝てればいいよ。」
 彼はいつもテンションが高い。その元気の半分でも分けてもらったら僕はきっと早死にする。
 「何か用?」
 「ああ、お前にやってもらいたいことがあるんだよ。」
 「ノーとは言わせない口調だな。面倒なことは御免だよ。」
 「簡単なことさ、お前にとっては。」
 誰かの言う簡単なことが事実簡単であったケースはごく稀で、現実は他人の目に映っているほど易しくはない。
 はぁっと僕はひとつ息を吐く。
 「それで僕に何をしろと?」
 「お前のライティング・デスクの話を書いてくれ。」
 「意味がわからないんだけど。」
 「お前の書斎机の物語を子供たちにしてほしいんだよ。内容はお任せするから、じゃあ、頼んだよ。来週、鎌倉で会おう!それじゃ、また。」
 彼らしい無駄なテキストのない簡潔な会話はパツッと絶ち切れ、音のなくなった携帯電話を耳に当てていた僕は途方に暮れた。
 何を勝手なことを言ってるんだと、徹夜仕事の気を削がれた僕はやおらに席を外し休憩をすることに決めて、書棚からあれやこれや本を抜き出して数行読んでは閉じて元に戻すという無意味な作業を2時間半ほど繰り返し、ライティング・デスクに置かれていた鴎外の「高瀬舟」に落ち着いた。気持ちが求めている作品を探すのはいつも難しい。
 本を読みながらあいつの言ったことを反芻する。どうも腑に落ちない。
 僕は古色ある頁を捲り、美しいエッジのたった活版の文字を追いかける。
 …人は身に病があると、此病がなかつたらと思ふ。其日其日の食がないと、食つて行かれたと思ふ。萬一の時に備える蓄がないと、少しでも蓄があつたらと思ふ。…とそこまで読んだところで、そういうことか、と奴の言った意味が分かり掛け、仕方なしに指を動かし始めた。

 書斎机

 「鴎外は苦手なんだよ。読み難くて。」
 「読みやすくはないわね。流行りの文体ではないし、何よりも私たちは言葉を知らなすぎるから。」
 高瀬舟を開いている彼女の向かい側で僕は彼女の指先に気を取られる。
 「こんな短い話を読むのに大量のエネルギーが必要になるって尊敬に値するわね。頭が焼け付きそうだわ。ねえ、鴎外の鴎外たる所以がそこにあると思わない?」
 文体が読むことを忌避する理由にはあたらない、読み難いのは読みなれていないということだけで、彼の文章が「古い」からでは決してない。僕が軽すぎるのだ。
 鴎外の作品が難しいのは思想的に捉えられないからではなく、読む側が鴎外の注意力に追いつかないからで、それは確かに彼女の指摘する通りに僕が言葉を知らなさすぎるのと、文の途中で躓くことがあるとそこで読む意識が散漫になってしまうからだ。つまり僕には鴎外を読み切るための緊張感が顕かに欠如している。
 鴎外は戦場で職場で多くの命の行き着く先を見届けてきた。それが「翁草」の数十行にしかないこの話に彼の眼を止めさせ、こうして短編小説として仕立て上げさせた。偶然は常に必然の呼び声に引き寄せられている。物語は書いているのではなく、書かされているのだろう。何によってなのかは誰にもわからない。

 「ねえ、私が死ぬほどに重篤になったらあなたは私を助けてくれるかしら?それが疾病や怪我によらない他のものであっても。」

 僕には彼女の望んでいることが理解できなかった。ただ、重苦から救うと言うことは何をして是とするのか、道徳は一通りならず、鬼手仏心はここにこそあるとだけ思った。
 頁を捉える彼女の指先は秋映えの光のためか妙に艶めいて見えて、爪を磨いたのか、マニキュアを塗ったのか、僕には判断がつかず光沢を返す撓やかな指先の玻璃を凝っと見つめていた。
 彼女は外の光を追う如くに呟く。
 「そのどちらであっても・・・。」
 この時、明け放した窓から入り込んでくる木犀の香りを孕んだ風を受けながら、何を指しているのか自分でも解らないまま、そのどちらであっても恐らく間違ってはいないのだろうと僕は感じていた。
 
・「高瀬舟」森鴎外 大正7年 春陽堂(初版)

 

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木原孝一

 木原孝一の詩集(「木原孝一詩集 1946-1956」)を開いた。


 「魔 術」

   わたしはたましいの魔術師です
   お望みなら すべてを「無」に變えてあげます

 ごらんなさい!
 若い母親の押しあるく乳母車も
 悲劇的な教会の窓も 酒壜も パン籠も
 すべてはからつぽです
 人間のいない世界がある ここにある
 あなたの住んでいる都市のなかの出來事です

   わたしは翼のない天使です
   お望みなら 過去を未來にいたします

 お聽きなさい!
 十年前の戦争の 鐵と火薬の音を
 百年前の革命の血と飢えの叫びを
 それは
 一億光年前の 引き裂かれる星の痛みとともに
 あなたの未來の地平線からきこえてくる


 「彼 方」

 あなたは知つていた
 星と星との距りのなかに
 いちまいの鏡がひかつているのを
  
  ふいに あなたはそれをすりぬけた
  まだ血のあたたかいふたつの手をさしのべて

 あなたは知つている
 今日という日も あなたたにとつては
 過ぎ去つた昨日にひとしいことを
 
  あなたは石に刻まれた眼で
  鳥のはばたきのなかの 過ぎてゆく未來をみつめている

 あなたはいま 見ることができる
 生あるものの知りえぬ價値
 熟れた果實と燃える星の行方

  そのなかにあなたが書かなかつた詩の
  最後の言葉が刻まれているか?


 
 高校生の頃、僕は彼の詩が嫌いだった。
 彼が描写するその場所は常に戦場に満ちていて、火薬の、死体の、鉄の匂いがし、想像されるすべての音は孤独の、恐怖の、死の嗚咽だった。そのすべてを僕は嫌った。彼の詩を読むたびに自分の未来が不安に侵され閉ざされて行く気がしていた。


 「女の聲」

 鹽水についた頭のなかに罪はない
 泥のなかに埋まつた胸のなかには愛がない
 あなたは「死」のほかには何も残さなかつた
 爪も 髪も 言葉も
 
 残されたものには日々が罪であり その日々が愛です
 あなたの倒れたあかい砂 あかい鹽の海
 わたしには見えないのでせうか
 「死」がわたしを満たす日まで 「時」が空の高さに達する日まで

 
 
 戦争が生きている者の人生を仮死状態にした。その事実の衝撃によって自覚させられる自分の軟弱さを、厳格な不安の前に晒したくなかった。自分の正体を認めたくはなかった。彼の詩はそれらを突き付けてくる。
 二度と開くまいと思って閉じた詩集は、作者の名前を刻みつけた。
 今、改めて木原孝一の詩を紐解けば、意志を見失っている僕は未だに仮死の物体であって不安が将来を侵し続けていると知らされる。あの頃と何も変わってはいない。だから安易に最後の言葉を口にすべきではない。

 僕がなぜ彼の詩集を手にとったのだったか、それがどうしても思い出せない。


 
 
   

 

  

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