最近、思うこと。

 ここ数日、体調を崩し絶不調です。
 かといって寝込むわけにもいきませんし、周囲に当たり散らすわけにもいかないですね。ましてや「つらい、つらい」と言いふらして憐憫を徴収しても意味のないことだし、みじめです。
 もともとそう丈夫なほうではないので「仕方ない」と諦めてみるのも自分らしいかな。

 挿絵の話題にひとまず区切りをつけて、次は鎌倉の話をしたいなと思っています(まとまった話にはなるはずもありませんが)。
 鎌倉は、僕にとっては非常に特別な場所です。高校時代のすべてと言えば大袈裟に過ぎますが、大部分は鎌倉にあると言ってもよいでしょう。
 小学校や中学校の時に鎌倉遠足というのがあったのですが、僕は非常に虚弱でして、一度も遠足に参加したことがありません。長い時間を乗り物の中で過ごすこともできなければ、一週間の学校生活を続けるのもままなりませんでした。
 低学年の頃は下校してくると自分で布団を敷いて寝ているのが普通の状態で、外で遊ぶなんて体調がかなり良くなければできませんでした。僕の両親が昔話で「お前は二〇歳まで生きられないと生まれたとき医者に言われた」と良く言います。それを考えれば成人式以降は余生みたいなものです。その余生で僕は自分の世界を作ってこられたわけですから幸せなのかもしれないです。
 
 そんなくだらないことを思い出しながら、最近、思うのです。
 ケリは自分でつけても良いのではないかと。
 体調が悪いと辛いです。病院にかかり投薬や治療を受けると少し楽になりますよね。でも、そこまでする意味があるのかな?と思う時があります。
 思ったこと、願っていること全てをできるはずはありません。自分のできることには限界があります。どんな生き方をしても「時間切れ」になってしまうのです。しかし、その限界、精一杯を僕は真摯に捉えてはいないですね。そこまで追い詰められてもいませんし、気迫も欠けています。
 生まれ落ちた始まりは自分の意志ではありません。まさに産み落とされたわけです。でも、終わりは自分で選択できるはずです。もちろん自殺願望ではありません。命を無駄にすることはありませんから。
 一端、もう治療は受けないと死ぬことに決めてしまえば、その限られた時間の中で自分の精一杯を真剣に考えることができるような気がします。如何に生きても死するは理。ならばエンディングは自分で演出してみたいものです。

 自分の命の物差しは自分で作り出す。このまま終わるのもわるくはない。

 そんな気がする今日この頃です。


 
 
 
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