Charles Heath Robinson (1870 - 1937) (鉛筆)
何事にも始まりと言うものがあります。
僕の古書は洋書だけでも現在1000冊を優に超え、家中の邪魔者(特に僕の寝室と書斎を中心に)になっています。しかし、この邪魔者たちは、ある日突然に庭から発掘されたわけでも、異次元から湧き出したわけでもありません。僕が洋書にはまりこんだ理由が必然的にあるわけです。その話をしましょう。
27歳の時にチェコ、ハンガリー、ベルギー、イギリスと3週間ほどかけて仕事で周りました。その最後の都市、ロンドンでの仕事帰りに通りがかった古書店の店先に、一枚のドローイングが飾られていました。鉛筆描きの地味な秋の妖精の絵。当然、当時は“Charles Heath Robinson”と言う名前は知りませんし、ケント紙の隅に書かれた擦れた文字など読みもしません。 ちょっと立ち止まって見はしましたが、その時の印象は「変わった絵だな」の一言でした。翌日の帰り(すでに夜)も同じ道を通りまして、明るく照らし出されたそのウィンドウの中にある絵を再度眺め入りました。と、急に「この絵、いいかも?」という感情が沸き起こり、古書店の扉を押して中に入りました。
「すみません、外にある妖精のドローイングがほしいのですが」と中にいた青年に声をかけました。彼は鍵をもってきてウィンドウを開け絵を取り出しました。そして、僕の正面に絵をかざして話しかけてきました。
「あなたはこの絵が誰のものだか知っていますか?」
「いいえ、知りません。」
「これはチャールズ・ヒース・ロビンソンといって20世紀初頭に活躍した挿絵画家のものです。チャールズの名を聞いたことは?」
「まったくないです。チャップリンなら知っていますけど。」
彼はきっとくだらない冗談が嫌いな性質だったのでしょう。眉をひそめて語気を強めながら会話を進めました。
「センシティブ・プラントや秘密の花園の挿絵を見たことはないのですか?」
「誰のですか?」
「チャールズのです。」
「たぶん、見たことはないと思います。」
彼は呆れたようにため息をつくと、力を込めてさらに話します。
「彼の弟はウィリアム・ヒース・ロビンソンです。多くの名作を作り出しました。ウィリアムならわかるでしょう?非常に有名ですから。」
「ごめんなさい、まったく知りません。そんなに有名なんですか?」
彼は両手を軽く天に向かって広げた後、僕に向かって「あなたはチャールズもウィリアムも知らない。それでもあなたはこの絵を買うのですか?」と詰問してきました。
「ええ、できれば。」
青年はしばらく黙りこんで絵を自分の方に向けて見つめていました。
「あなたがいつか挿絵に興味をもった時に、この絵の価値がわかります。私はその日が一日も早く来るよう神に祈っておきます。」
(あはは、それはお世話様です。お心遣いに感謝します…)と僕は胸中で呟きました。
と、まあ、こんな経緯でドローイングを手に入れたわけです。決して安い買い物ではありませんでしたが、僕が過去に購入した品物のなかで満足の行くものの一つです。これを契機に挿絵本に興味をもち、陶磁器や音楽以外に、新たに収集品目を増やすことになりました。
“ CHILD'S GARDEN OF VERSES ”
(John Lane the Bodley Head, 1899)
チャールズの経歴は後にして2冊の本を先にご紹介します。
“ THE HAPPY PRINCE And Other Stories ”(1913年) (DUCKWORTH & CO., COVENT GARDEN, LONDON)
「THE HAPPY PRINCE 」は、オスカー・ワイルドの創作童話です。初版は1888年。チャールズが挿絵を施したNew Editinが発行されたのは1913年です。新版の初版には“ New Edition, reset. With illustration by Charles Robinson, published by arrengement with David Nutt by Duckyworth & Co.,1913 ”と扉裏に記載されています。
収録されているのは「幸福の王子」のほか、「ナイチンゲールとバラの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」です。ワイルドには「若い王」「王女の誕生日」「漁師と魂」「星の子」と言う童話もありますがここには収録されてはいません。
オスカー・ワイルドと言えば「サロメ」「ドリアン・グレイの肖像」「スフインクス」などが有名ですが、児童文学作家としても名作を残しています。
「幸福の王子」はその代表でしょう。
2006年に曽野綾子さんが建石修志さんの挿絵で新訳版を出しています。そのあとがきで「どの作家にも、この一作を書き終えたら死んでもいい、と思う作品があるはずである。もし私が、オスカー・ワイルドなら『幸福の王子』はその作品だ。もっともいい加減な作家ほど、生涯にこの作品を完成させたら死んでもいいと思う小説が、四編も五編もできるという甘さがあるし、私はオスカー・ワイルドの研究家ではないので、何も言い切ることはできないが、この作品は世界の文学史のなかできらりと光る頂点に立つ短編であることは間違いない」と書いています。
僕にはそこまでの評価が「幸福の王子」にあるかどうかはわかりません。「わがままな大男」も好きですし、ちょっとダークですが「王女の誕生日」も面白いと思います。
もし「サロメ」以外に知らない方がいましたら、ぜひ、読んでみてください。新潮文庫「幸福な王子」にはワイルドの9編の創作童話すべてが収められています。翻訳で意味が少し伝わりにくいところもありますけれどお手軽です。
“ The CHILDREN'S GARLAND of VERSE ”(1921年) (1921 LONDON AND TORONT J.M.DENT & SONS LTD NEW YORK:E.P.DUTTON & CO,) 「The CHILDREN'S GARLAND of VERSE 」(子供たちの花輪)と題されたこの本はグレイス・リースの韻律詩集です。グレイス・リースと言っても馴染みがない人も多いと思いますので簡単に説明をします。
グレイス・リースは1865年にアイルランドに生まれました。彼女の父親は資産家でしたがギャンブル好きが高じて破産し、彼女は妹とともにロンドンに渡ります。ウィリアム・バトラー・イェイツの園遊会に招かれ、そこでアーネスト・パーシバル・リースと出会い、1891年に結婚しました。
グレイスは非常に高い教養を備えており、執筆活動に力を入れました。彼女の最初の小説「メアリー・ドミニク」は、1898年に発表され、その後もエッセイや短編集などを出版し、それらは批評家の間で一風変わった面白い作品として好評価を得ていました。しかし1929年、彼女は夫とのアメリカの講義旅行の同行中にワシントンD.C.で死去しました。
グレイスは自分の子供たち(息子と2人の娘)のために作った詩と優れた韻律詩とをまとめた本を出版しました。それが「The CHILDREN'S GARLAND of VERSE 」です。
「愛しい小川に その素足を踏み入れることを恐れないで
ヒルや、イモリや、ヒキガルのことを考えないで
考えれば彼らは足を噛むでしょう
激しい流れはあなたを悲しませたり、泣かせたりはしません
私とともに生きていると感じてください
波は木を悩ませたりはしないのです」(川の神の歌)
次はチャールズの代表作である「センシティブ・プラント」と「秘密の花園」を取り上げたいと思います。
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