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“ The Fairy Book ” (Warwick Goble) - 20世紀初頭の挿絵 -

  “ The Fairy Book ” (1913年)
  ( Illustrated by Warwick Goble )

 goble fairy book 00 goble fairy book 01
 (Macmillan & Co.,Limited St.Martin's Street,London 1913)

 ワーウィック・ゴーブル(1862 - 1943)は、1890年代から1900年代初頭にかけて活躍した画家の中で、特筆すべき広範な分野で挿絵を手がけた画家です。その洗練されたデザインと流麗なダンスやバレエを思わせる動きをとらえた挿絵は、今日でも最高峰の作品群のうちに挙げられています。彼が残した「The Water Babies」(1909)、「Green Willow, and Other Japanese Fairy Tales」(1910)、「The Fairy Book」はその足跡を代表する作品です。
 「The Water Babies」と「Green Willow, and Other Japanese Fairy Tales」は後日改めてご紹介することにして、1913年に刊行された「The Fairy Book 」を取り上げます。
 初版は1913年に発行されました。1923年には表紙の装丁を赤のクロス張りに変え、挿絵を16枚に減らして再版されています。

 the fairy book 1923 reprint (Macmillan & Co. Ltd, London,1923) goble fairy book 12

 初版に綴じこまれている挿絵は口絵(赤ずきん)を含めて32枚です。収録されている童話1話ごとに1枚の挿絵となっています。各挿絵には薄い保護紙があり、そこにはその描かれている場面に対するキャプションが付されています。

 goble fairy book 02 "The Sleeping Beauty in the Wood"

 上の絵には、"A young girl of wonderful beauty lay asleep on a embroidered bed"(この世のものとは思えない美しい少女が飾り付けられたベッドで眠っていました)と言うキャプションが添えられています。

 goble fairy book 04 goble fairy book 08

 ゴーブルは日本やインドの美術、文化に早くから興味を持ち研究をしていました。従ってその挿絵もそれまでの一般的な挿絵のようにヨーロッパ的ではなく、どことなく東洋趣味が感じられるエキゾチックな雰囲気を持っているところに特徴があり、彼自身も積極的にそういった題材を扱っていました。ほぼ同時期か、やや遅れて登場するアーサー・ラッカムやエドマン・デユラックはゴーブルの影響を多分に受けています。

 goble fairy book 07 goble fairy book 09

 ワーウィック・ゴーブルは1862年10月22日、ロンドン北部のダルストンで生まれました。彼の父親は地方回りのセールスマンでした。
 ゴーブルはシティ・オブ・ロンドン・スクールに通う傍ら、ウエストミンスター・スクール・オブ・アートで美術を学びました。卒業後、彼は多色刷石版画を専門としている印刷会社に勤めます。そこで基本的な版画技法と商業デザインを実践において修得し、1890年代に入ってからはポール・モール・ガゼット、ウエストミンスター・ガゼットの発行に携わります。
 1893年、彼はハーフ・トーンのイラストをいくつかの月刊誌(ストランド・マガジン、ピアソンズ・マガジン、ボーイズ・オウン・ペーパーなど)に掲載しました。1896年にはロイヤル・アカデミーで開かれた展覧会に作品を出展しています。彼はそれを契機にして挿絵本の依頼を受けるようになります。1898年、 H・G・ウェルズの「宇宙戦争」の初めての挿絵本を手掛け、挿絵画家として好評を得ました。

 goble fairy book 10 goble fairy book 11 

 1909年にはマクミラン社が発行するギフト・ブックの主任画家となり、「The Water Babies」(1909)、「Green Willow, and Other Japanese Fairy Tales」(1910))、「Stories from the Pentamerone」(1911)、「The Complete Poetical Works of Geoffrey Chaucer」(1912)などの挿絵を製作しました。
 出版業界が一時停滞していた第一次世界大戦中、彼はウルリッチ・アーセナル・ドローイング・オフィスに雇われ、フランスで赤十字を支援するヴォランティアにも志願しています。またこの時期、彼はニューヨーク・マクミラン社の要請を受けて、スティーブンソンの「宝島」の発行にも協力していました。
 20世紀初頭の挿絵画家の中で最も器用な画風を持ち、広範な仕事をこなしたゴーブルでしたが、1943年1月22日、自宅であるサリー・ホームで80歳の生涯を閉じました。

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