Walter Crane (3) - 19世紀末の挿絵 -

 Walter Crane (1845 - 1915)

 ウオルター・クレインは1845年8月15日、イギリスのリヴァプールで生まれました。
 肖像画家であり、すぐれたミニアチュール画家でもあった父、トーマスから絵や版画について手ほどきを受けました。
 1859年から1962年までの間、彼は木版彫刻家のウィリアム・J・リントンの工房に徒弟として入ります。ここでダンテ・G・ロセッティやジョン・E・ミレーの作品の彫版に携わり、その美術デザインのセンスや技法を実践を通して学びました。クレインはここでの3年間について「デザイン、素材、製作法との必然的な関係について理解し修得することができた」と後述しています。
 1864年から1876年にかけはエドムンド・エヴァンズとルートリッジ&サンと組んでトイ・ブックスを刊行し大きな成功を収めます。この時期の彼の絵には、「カエルの王子さま」(1874年)に見られるように、その平面構成やデフォルメの仕方には浮世絵の影響が強く現れています。
 その後、社会主義運動に関わり、さらに美術家同盟(Art Workers Guild)やクレインが設立したアーツ・アンド・クラフツ展示協会のために精力的に活動しました。
 クレインは「装飾芸術家はできるだけ自然から離れて、自身の経験によって選び抜かれた形態を学ぶべきだ」とフランス的なアール・ヌーヴォに対する批判を踏まえた主張と実践をし、1889年には王立芸術大学の学長に就任しています。

 「カエルの王子様」や「The First of May: A Fairy Masque 」については後日ご紹介することにして、今回は「PAN-PIPES」と「A Flower Wedding」「Flowers From Shakespeare's Garden」を取り上げます。

 “PAN-PIPES. A book of old songs” (1883年)
 (George Routledge and Sons, 1883)

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 初版は1880年に発行されています。
 大判のこの本の中には52枚のカラー挿絵で飾られた楽譜があり、装飾的に非常に凝ったものになっています。
 1877年に出版された子供向け音楽譜集「Baby's Opera」のやや大人向けにあたります。

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 クレインは楽譜を装飾の中に織り込むことでまるでタペスリーの様に仕上げています。
 
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 “A Flower wedding” (1905年)
 (Cassell & Company, London, 1905)

 a flower wedding a flower wedding 01

 「A Flower wedding」には、口絵を含む40枚のカラー挿絵が入っています。
 これは1888年の「Flower Feast」以来、クレインが取り組んできたデザイン構成の一連の作品のひとつです。
 花の3部作というと「Flower Feast」、「Queen Summer」(1889)、「Flowers From Shakespeare's Garden」が挙げられ,、見落とされがちになりますが、もう少し注目されても良い作品だと思います。

 a flower wedding 04 a flower wedding 15&28

 ここではトイブック・シリーズや「PAN-PIPES」で見られたような装飾は控えられて極めて簡素になり、言葉少なに語るような構成になっています。添えられたキャプションもクレインによるごく短い言葉のみで、後は読者側の歴史や文学などの知識と関心、それから想像力に委ねられた感があります。

 a flower wedding 34&37 a flower wedding 24&40

 ところで、アール・ヌーヴォと言えばフランスやユーゲントシュティールに代表されるオーストリアやチェコなどがあげられますが、その発祥はイギリスの新芸術の思想にありました。
 クレインにとってアール・ヌーヴォとは何だったのでしょう。なぜ、クレインはフランス的アール・ヌーヴォを批判したのでしょうか? 
 その答えの一部はこの作品の中に垣間見られます。
 アール・ヌーヴォは自然の曲線や自然物を取り入れることで装飾における自然回帰を促し、絵画や建築などを席巻した芸術運動ですが、イギリスにとってのアール・ヌーヴォの思想の原点は平面上の装飾、二次元の芸術ではなく、立体、特に建築を主眼に置いた三次元の芸術でした。
 フランス的アール・ヌーヴォに見られる無理に取り入れられた不自然な曲線は華麗にも見え目新しさを提供はしましたが、基本的な安定性に欠けていたのです。
 またクレインの目指す実践的な装飾芸術とは、美術としてばかりではなく実用性と耐用性をも具備していなくてはならないものでした。ですから絵本においても、文字、装飾を含めるのは当然として、そこに読者をも有機的に関連付けられるものでなくてはならなかったのだろうと思います。それ故の単純化、簡素化でした。
 そしてそのクレインの狙いは「Flowers From Shakespeare's Garden」で一応の集約を見たと言えます。


 “Flowers From Shakespeare's Garden” (1906年)
 (Cassell & Company, London, 1906)

 shakespere's garden  shakespere's garden 01

 「Flowers From Shakespeare's Garden」は次の献辞で始まっています。
 「ワーウィック侯爵夫人に捧げる。夫人の美しいイーストン・ロッジのイングリッシュ・ガーデンで、この本の想像力に満ちた構想が生まれたことに感謝を込めて。」

 shakspeare's garden 02-04 shakespere's garden 02&04  

 登場する花々の妖精は直接にはシェークスピアの物語に登場するわけではありません。
 シェークスピアの戯曲の中に隠喩として使用された花(或いは、花言葉)を重ね合わせることでクレインは独自の花の妖精の世界を創り上げました。
 本の構成も一連のストーリーがあってのものではなく、15の戯曲の場面をオムニバスで取り上げています。
 たとえば一番最初の絵は「ペルセポネの略奪」です。これは「冬物語」のワンシーン。
 19頁は「ハムレット」から、髪を乱して花に包まれたオフィーリアです。
 
 shakespere's garden 31&36 shakespere's garden 37&40

 31頁に描かれているのは麦撫子。「恋の骨折り損」第4幕第3場からとなっています。キャプションは「さあ、行きましょう!麦撫子を撒いても麦は収穫できません。」
 36頁は「ヘンリー五世」から「苺はイラクサの下で良く育つ。上等な果実は下等なものと植えると良く育ち、実も熟す。」
 37頁は「ヘンリー六世」、最後の40頁目は「トロイダスとクレシダ」です。

 これら一連のクレインの作品と表現は、チャールズ・H・ロビンソン、カイ・ニールセン、ウィルビーク・ル・メールなどに大きな影響を与えました。その影響は今日まで続いていると言っても決して過言ではありません。

 すみません、体調が悪く、かなりあっさりした回になってしまいました。
 とりあえずここで19世紀末の挿絵には区切りをつけます。クレインについては別の本を取り上げるときに改めて補足したいと思います。

 2006年にマール社から刊行された「シェイクスピアの花園」は原本の魅力を損なわない配慮がなされていて良い本だと思います。巻末に収録されている作品解説やクレインに関する説明も非常にわかりやすいです。
 シェイクスピアの花園(マール社)
 「シェイクスピアの花園」(マール社)

 

 



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