高橋真琴先生のお姫様の絵(4)

書庫の中から

 先日、高橋先生から「花によせて」シリーズが、雑誌「こどもの光」に掲載されていたことを伺い、「そういえば書庫にそんな雑誌があったような?」と思い出し、さっそく探ってみました。
 ありました。「こどもの光 別冊 昭和39年12月号」。目次を確認するとP130~133に「花によせて (5)バラ」と。意識して所蔵していた雑誌ではありませんので、運の良さに感謝です。

 「こどもの光」は、家の光協会が1961年に創刊した小学生向けの学習雑誌。発行当初は「こども家の光」だったが、1963年に「こどもの光」に改名。地方の小学校リポート、伝記、学習記事を掲載し、藤子不二雄、桑田次郎、土田よしこなどが連載漫画を担当。1993年からは「ちゃぐりん」という誌名で発刊。母体雑誌の「家の光」とともに農協を拠点に販売を展開しています。ちなみに「ちゃぐりん」という少し変わった誌名は「Child(子ども)、Agricultuer(農業)、 Green(みどり・自然)」の合成語です。

花によせて バラ (1) 花によせて バラ (2)花によせて(5) バラ「こどもの光」表紙 「こどもの光」 


 ということで、今回は、蔵書の中にある高橋先生の作品が掲載された書籍とその関連書籍などを少しご紹介します。

 先ずは「少女クラブ」1962年(昭和37年)9月号付録の「とけいが3時をうつとき」(F・ディクソン原作)。武村志保さんが文を書いています。 
 「とけいが3時をうつとき」は、パール絵小説シリーズの第3集として発行されています。原作は、フランクリン.W.ディクソン。ディクソンは、少年少女向けミステリー作家として当時大人気でした。1927年に発表した「ハーディー・ボーイズ・シリーズ」が代表作。

 とけいが3時をうつとき 「とけいが3時をうつとき」

 「少女クラブ」は、「少女倶楽部」として大日本雄辯会講談社が1923年に創刊。1946年4月号より「少女クラブ」に改題し、1962年12月号をもって廃刊。その後は「週刊少女フレンド」に移行。日本の少女漫画雑誌の起源とも言える雑誌です。本誌の執筆陣は、小説は吉屋信子、川端康成、西條八十、サトウハチローなど、漫画では石森章太郎、手塚治虫、水野英子、ちばてつやなどが主筆をふるっていました。手塚治虫の「リボンの騎士」「火の鳥」は1957年前後に連載されていました。読者層は、小学校高学年から高等女学校くらいまでだったようです。付録には、別冊として歌集、小説、詩集などがあり人気を博していました。高橋先生は小説の挿絵のほか、1958年2月号に読み切り漫画「白鳥の小ぶね」を掲載しています。

「リナ…空と町と少女の物語(完結編)」 「リナ」(ちばてつや / 少女クラブ S36 12月号付録)

 参考までに「あなたの花物語集」と「銀の花びら」を載せておきます。

 「あなたの花物語集」は、1958年新年号の付録。「黒ユリ」(佐伯千秋・文、勝山ひろし・画)と「べにばら」(三木澄子・文、佐藤漾子・画)の2つの物語が掲載されています。表紙は、勝山ひろし。勝山ひろしさんは、昭和20年代から「少女クラブ」「少女」「少女の友」などで活躍した挿絵画家。

(表紙)勝山ひろし 「あなたの花物語集」(S33/1月号)

 「銀の花びら」は、同年11月号の付録。表紙画は表裏とも内藤ルネ。中の漫画は、水野英子・画、緑川圭子・原作です。
 内藤ルネさんは、中原淳一主宰の出版社「ひまわり社」に1952年入社し、中原に師事。雑誌「ひまわり」「それいゆ」の編集を補佐しながら挿絵を描き、後に日本を代表する人気挿絵画家に。一世風靡した「ルネパンダ」の作者。2001年に「内藤ルネ人形美術館」を開館。
 水野英子さんは、女性少女漫画家の草分けで、ときわ荘の住人のひとり。「少女クラブ」1955年8月号の挿絵でデビュー。代表作は「ファイヤー!」「ハニーハニーのすてきな冒険」など。2010年、日本漫画家協会賞、文部科学大臣賞を授与されています。

 銀の花びら(表紙)内藤ルネ「銀の花びら(表紙)」 銀の花びら(口絵)水野英子 (口絵)

 高橋先生は、「少女」で1957年に「悲しみの浜辺」を発表し、漫画家として正式にデビューしました。以後、4年間にわたり連載漫画を執筆しています。
 1957年12月号に「のろわれたコッペリア」を掲載。1958年1月号から「あらしをこえて」の連載を開始され、同年8月号から「パリ~東京」、1961年1月号から「プチ・ラ」の連載をされています。この時期は、バレエを主題にした漫画を精力的に発表されていました。しかし、残念なことに「プチ・ラ」を最後に、コマ割の漫画をお描きになられていません。これ以後は、作品は静止画、タブローの絵画が中心になっていかれます。
 現在、「パリ~東京」は、復刻版「桜並木」に収録され、「プチ・ラ」は画集「少女ロマンス」の中に1話のみ収録されています。

 あらしをこえて「あらしをこえて」 (少女クラブ1958年8月号)

 「少女」は、光文社が1949年に創刊。1963年2月号を最後に休刊となっています。花形子役だった松島トモ子が表紙を飾り、長谷川町子「仲良し手帳」(1949年から連載、それ以前は1942年まで少女倶楽部で連載)、倉金章介の「あんみつ姫」が人気でした。1957年には「星よ、またたけ」で、わたなべまさこがデビュー。1955年、横山光輝のはじめての連載作品「白ゆり行進曲」が掲載されたのもこの雑誌です。松本あきら(松本零士)も作品を掲載していました。

 「わかれのワルツ」(1958年8月号) 「わかれのワルツ」(松本あきら) 「少女」(1962年8月号) 「少女」(表紙)

 少女雑誌でのご活躍は広がりをみせ、「小説女学生コース」でも、「世界名作舞台絵本」などの挿絵を手がけていらっしゃいます。

 眠れる森の美女(小説女学生コース) 眠れる森の美女 (1968年5月号)

 「小説女学生コース」は、学習研究社が1967年に創刊。1970年3月号より立風書房へと移行し「女学生ロマン」と改称され、1971年4月号をもって廃刊。小説では、富島健夫、三木澄子、漫画では、福地泡介、みつはしちかこなどが執筆していました。花村えい子さんが「けがれなき慕情」を連載し話題に。

 丘の上の娘たち(花村えい子) けがれなき慕情 (花村えい子) 小説女学生コース(表紙)

 また同社は、当時、「美しき十代」という少女向けファッション情報誌も発行していました。ここでは、1962年から連載を開始した、みつはしちかこさんが描くチッチとサリーの「小さな恋のものがたり」が一躍人気になりました。

 「小さな恋のものがたり」&「美しい十代(S38 2月号)」 「小さな恋のものがたり」「美しい十代」(表紙)

 高橋先生の作品をご紹介していますと、1960年代からの少女雑誌の歴史を鳥瞰できます。それほどご活躍は多岐に及ばれ、また、そのシュチュエイションは非常に重要なものでした。1970年代に入って、ますます読者の支持は広がり、製作も多忙を極めていかれます。その代表的なものの一つが少女漫画雑誌の表紙です。

 デラックス マーガレット S48 冬 「オーストリアの少女」  冬のバラ (絵葉書) 「冬のバラ」(絵葉書)

 デラックスマーガレット1973年冬の号の表紙「オーストリアの少女」です。シンプルで上品な、とても美しい表紙絵で個人的には一番気に入っています。
 この号では、くらもちふさこさんが新人としてデラックスマーガレットに初掲載されています。他には同じく新人として、市川ジュンさん(代表作「陽の末裔」、夫は「紅い牙」の柴田昌弘)が紹介されています。

 くらもちふさこ 「わすれんぼう」(くらもちふさこ)

 デラックスマーガレットは、集英社が1967年に季刊誌として創刊。1978年9月号から隔月刊となり、2010年7月号をもって廃刊。同年9月から「別冊マーガレットSister」としてリニューアル。
 高橋先生は、ここで多くの表紙や口絵、綴じ込みピンナップなどを描かれています。先生が描かれた表紙絵のいくつかは画集に収録されています。
 
 少女ロマンス('99刊行) 「少女ロマンス」 71年秋の号 (71年秋の号) 72年夏の号 (72年夏の号)

 下は、「小学一年生」昭和56年11月号ふろくの「おひめさまえほん シンデレラひめ」です。これは両面の折りたたみ絵本になっています。片面は「白鳥のみずうみ」(いがらしゆみこ画)です。
 「小学一年生」は、小学館の学習雑誌として1925年に「セイガク一年生」として創刊。1941年、小学校が国民学校と改称したため「国民一年生」に変更。さらに1942年、戦時下の統制により「良い子の友」と「少国民の友」に統合。終戦後、1946年に「小学一年生」として復刊しました。
 高橋先生は、ふろくの絵本をはじめ、本誌中でも数多くの童話をここで掲載されています。古書店で丹念に探しますと雑誌自体は割と見つけやすいです。が、児童用雑誌ということもあり、書き込みや切り取りなどが多く、状態の良いものを見つけるのはやや難しいかも知れません。

 小学一年生ふろく 「シンデレラひめ」(表紙) 小学一年生ふろく 「シンデレラひめ」 「シンデレラひめ」 「シンデラ姫」の片面(いがらしゆみこ画) (白鳥のみずうみ)

 次は、急に年代が飛びますが、月刊「コーラス」の2011年4月号の付録冊子です。この冊子には表紙絵の他、高橋先生とくらもちふさこさんの対談が載っています。

 乙女コーラス(表紙) (表) 乙女コーラス(裏表紙) (裏)

 「コーラス」は、1992年、集英社「ザ・マーガレット」の特別編集2月増刊「コーラス」として発刊。1994年5月号より月刊誌として刊行。この時のキャッチコピーがちょっと洒落ていて「少女まんがもオトナになる」でした。この新創刊当時に20代~30代だった女性をターゲットに絞った、彼女たちが少女だった頃に夢中になった連載陣(一条ゆかり、くらもちふさこ等)を明確に打ち出していました。2005年に、同社の「ヤングユー」が休刊となり、同誌の連載の一部を移行し、現在に至ります。

 高橋先生と嶽本野バラさんのコラボレーションが話題になりました創作童話「うろこひめ」です。

 うろこひめ うろこ姫P09 「うろこひめ」(表紙&9頁)

 これは主婦と生活社から2004年に刊行された嶽本野ばらの創作童話。「小さな国のお姫さまは双子だったが、姉は美しく、妹は醜かった。姉の死後、妹は魔法で姉そっくりになり、その魔法が解けぬように6日毎に人間を殺して食べなければならない」という設定。高橋先生は、ここでもチャーミングなお姫様を描いています。
 この本の挿絵は、高橋真琴先生のお姫様が「なぜ理想的な可愛いお姫様なのか?」と更めて考えさせられます。ここでの「魔法で美しい姉と入れ替わる醜い妹」というのは、「女の子はお姫様になれる」という高橋先生のテーマをある意味でダイレクトに表現しているのではないかと思います。読後にじっと考えていると「女の子がお姫様になる」→「男の子は王子様になれる」という図式が今更ながら浮かんできます(おいそれとなれるものではありませんが)。もちろん、この本だけではなく、先生はずっとお姫様を描きながら、私たちにそれを伝えてきました。つきつめるところ、先生の絵が本心から可愛い、美しいと思えるのは、観ている側が自分に求めている自分の理想の姿に欠けているからなのではないかとも思えます。かつて室生犀星は「真実の純愛は小説の中にしかない」と言いましたが、それに近い憧憬があるのではないかと思えるのです。
 お姫様を見て、王子様になる努力をする。外見ではなく、内面の理想を磨くことによって変身できるのです。お姫様の瞳に凝視られても胸を張っていられるように。

 余談ですが、小学館から刊行された小説「鱗姫」(嶽本野ばら)とは全く別の話になっています。ストーリーを比較してみるのも面白いと思います。

 画集「あこがれ」 「あこがれ」(カバー)  「あこがれ」(裸表紙) (裸表紙)


 まだまだ挙げれば切りがなく、一度にはご紹介しきれません。まして私の所蔵している書籍などは、先生が描かれた作品数の何百分の1にしか過ぎません。この他にも単行本や「少女フレンド」「少女コミック」の表紙などもありますし、様々な書籍の装丁、挿絵など素晴らしい作品があります。美術出版などから高画質印刷の画集も刊行されていますので、ぜひ、手にとってご覧ください。私自身、これからも機会があれば収集して、今回載せきれなかったものと併せて、折々、ご紹介いたしたいと思います。

 最後に、美術出版から刊行されている画集「愛のおくりもの」と、今年5月21日から始まった「佐倉フラワーフェスタ」のポスターを載せさせていただきます。

 画集・愛のおくりもの 「愛のおくりもの」 佐倉フラワーフェスタ・ポスター佐倉フラワーフェスタ 2011」
  

(to be continued)

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