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掌の小説と金糸雀

 先日の「かなりや」ついでに川端康成の「掌の小説」と「金糸雀」について少し。
 
 掌の小説という呼称は、川端の「掌篇小説の流行」によると中河與一が冠したものであるようです。
 中川は嘗て「文藝春秋」に掲載された某氏の「掌に書いた小説」を元にこの名称を用いたらしいと川端は推測しています。
 この当該作品が誰の作であったのか不勉強のためわかりません。そのうち調べてみようかとも思っていますが。
 掌の小説は、よく知られているようにフランス文学に言う「コント」と呼ばれる小説形式を元にし、散文詩的な性質を持っていると言っても良いかもしれません。
 しかし、川端はこの形式の小説は日本独自で特殊な発展をするであろうとの予測と、かつ、コントとは極めて短い小説であるとは限らないし、その逆に極めて短かい小説の全てがコントの形式に収まるものではなく、従って「コント」と呼ぶには相応しくないと反論しています。
 主題、展開、材料などに制約のある仏流コントより、日本におけるそれらの小説は何らの条件をつけず自由形式で書かれたほうが良いという考えも基底にあったようです。
 また川端の言う「日本独自の発展」とは、非文筆家が小説を書くための契機となし、市井から優れた作品を生み出す土壌と成り得ることを指しています。

 川端康成がこれらの極短篇作品を最初にまとめたのは、大正15年金星堂出版刊行の「感情装飾」でした。

 感情装飾 「感情装飾(箱&表紙)」(金星堂出版、大正15年初版)

 その後、「僕の標本室」(昭和5年新潮社)を通じて「川端康成選集(改造社)」の第一巻において77篇を収録し、最初の掌の小説の集大成としました。
 以後、「掌の小説集」としては、昭和25年新潮社「川端康成全集第11巻」、昭和27年新潮社文庫「掌の小説百篇(上)(下)」と編纂収録されていきます。

 掌の小説百篇 「掌の小説百篇(上)」(新潮文庫、昭和29年第4刷)
 
 当初「選集」において川端は「私の旧作のうちで最もなつかしく最も愛し今も尚最も多くの人に贈りたいと思うのは実にこれらの掌の小説である」と第一巻あとがきに書いています。
 しかし、昭和25年「全集11巻」のあとがきでは「今度この全集のためにこれらの掌の小説を読み返してみて、私は『最も愛し』ていると言うことは躊躇われ、『若い日の詩精神はかなり生きている』ということにも疑いを持った。今はこれらの掌の小説に対する嫌悪が先立ってならないのである」と見解を改めています。
 ただ、この後の段落において「もっとも自作に対する愛憎は動きやすいものである…」とも綴っています。
 なぜこの様な変化がおきたのかは専門の研究をしている方々の論に譲りますが、川端康成は「掌の小説の集」を掲載した「文藝時代」の創刊当時「新しい生活に裏付けられない新しい文芸は、単なる末梢神経の痙攣に過ぎなかろう。新文芸の創造即ち真性は我等にとって無意義に近い」と述べています。
 更に「新感覚主義は、この感覚の発見を目的としているのではない。人間生活に於いて感覚が占めている位置に対して、従来とは違った考え方をしようと言うのである」と新感覚派の精神について説明しています。
 この考えに基づけば、掌の小説は書かれた当座に於いては新鮮な詩的感覚を満たしていたのでしょうが、後年「新感覚主義」の具体的表現に挫折した川端の目からすれば失敗作であったことも事実でしょう。

 川端康成選集第一巻 「選集第一巻」(愛蔵限定版、昭和13年初版)

 「選集」には77篇が収められています。そのうち後年の「全集」「文庫・百篇」に収録されていないのは「朝鮮人」「油」「化粧の天使達」「門松を焚く」「楽屋の乳房」「恐ろしい愛」「眉から」「舞踊靴」「藤の花と苺」の9編です。「油」については昭和39年、講談社から出されました「川端康成短篇全集」に再収録され、「全集」収録の78作品は全て「文庫・百篇」に収められています。 
 川端康成は昭和39年まで書いた小品のうち、講談社「短篇全集」を編纂するにあたり、掌の小説から53篇を載せています(その中に「金糸雀」はありません)。

 「髪」「金糸雀」「港」「写真」「白い花」「月」の6篇は、大正13年「文藝時代十月号」に発表されています。
 川端康成はこの6篇についてこう述べています。

 「同人雑誌『文藝時代』の私の最初の作品も掌の小説の集でもあった。その後『第二短編集』『第三短編集』という風に続けて、私は掌の小説の集を『文藝時代』『文藝春秋』などに発表して行った。『白い花』は全集では捨てた。『金糸雀』はつくりものではるが『写真』よりはましであろう。極短い小説というほどの意味の掌の小説では、思いつきの主題や、しゃれのような逆説になりがち、深い象徴となることはむづかしい。」
 
 僕個人としては「金糸雀」は好きな作品なのですが、川端康成の言う「深い象徴」を示すには具体的な背景や登場人物の描写に欠けているのは否めないでしょう。これは掌の小説そのものの短所であるとも言えます。
 が、それを考慮しても「金糸雀」は印象に残る作品です。
 飼育されているカナリヤと言う弱者を比喩として、愛の行く先を語る手法は川端康成独自のものであると思います。
 「飼えなくなった」と言う理由が「妻の死」であると言い、カナリヤ自身を「奥さんとの愛」に見立て、自分にその愛を継続させていたものが「妻」だと言う主人公。
 依存しなければ存続できない愛の形とその運命論的な破局。
 たぶん、どこにでもある一種の「甘え」が生み出した恋愛の幻想なのではないでしょうか。
 人は満たされていることに満足と実感を得ようとはしません。どこまで行っても自分は「欠けている」と思い込みたがり、それを補う術を求めます。
 非現実と非実生活とを夢見る結果の主と副の恋愛、或いは、生活。
 たとえば、「自分はなぜもっと激しい恋愛ができなかったのであろう」と言う悔恨。
 求めたのは過ぎた日々における自分が失った情熱の行方なのでしょう。
 それに気づいた時、ひとりでは生きられない現実、求めても得られるはずもない理想の形が容赦なく結論の選択を迫るのです。
 「金糸雀」では、「奥さん、この金糸雀は殺して妻の墓に埋めてもようございませうね」と言う結語を導き出します。
 放すことは逃げる弱さ、見捨てる卑怯さを示し、殺すことは破局を決定づける強さでもあると言えますし、逆に維持する事の苦しさからの完全な逃避とも言えます。
 しかし、放せばそこに希望が残されますが、自分で幕を降ろすために殺せば淡い期待は残りません。真の絶望はそこにあるのだと思います。

  川端康成全集第十一巻  「全集第十一巻」(昭和25年初版)


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