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蛭田さんの物語、開幕?

 「どうやら蛭田という男性社員が送り込まれてくるらしい」と言う。
 その季節外れの人事異動は、部内のほぼ全員を震撼させるに充分な影響力を持っていた。
 
 最初に断っておくが僕はこの会社の社員ではない。
 しかしながらこの日は大多数の社員よりも職場に早く着いていた。
 正確には、前日からの企画会議が紛糾し、ついには雑談と化し、摂津、真田、園田各氏と夜明けを迎えたに過ぎない。この実りが全くない不毛な打ち合わせに疲れ果てているところに、先にあげたニュースが飛び込んできた。
 摂津氏曰く、「欠員が生じた訳でもなく、事業を拡大、補強すると言った方針が打ち出されたとの噂も浮上してはいない。はっきり言えばリストラはあっても補充は考えられない部署」である。
 異動の理由は見当もつかない。が、何らかの事情があったことは確かだ。いかに人事部が無責任な「ひとごと」を扱う部署であっても、意味のないことをするとは思えない。それゆえに、部内にいる大多数が戸惑いを感じたのだ。
 蛭田という社員については、直接彼との面識を持たない、部外者である僕でさえも名前は聞いたことがある。何でも劇的な人物らしい。
 摂津氏によれば、「その奇人怪人振りはどこまでが本当なのかわからないが、かなり誇張されて伝わっている、と思う。いや、思いたい。思わせて欲しい。思ったらダメかな?思わせてください」というレベルに達しているらしい。
 始業の予鈴が鳴り、期待(何の期待かは各々異なるが)と不安(こちらは純粋な不安である)の入り混じる中、部長の松田さんから当該人物が紹介された。
 「今日から一緒に仕事をすることになった蛭田君だ。彼にとっては不慣れな部署ではあるが持ち前のバイタリティでこの部の推進力となってくれるだろう。取り敢えずは真田君の班に所属してもらうことになる。共に働く同志として、皆、宜しく頼む。では、蛭田君、自己紹介を。」
 蛭田と言う人物、外見上は特に変わったオプションは見受けられないごく普通の男性社員である。
 彼は颯爽と(この表現以外に思い浮かばない身のこなしで)松田さんの前に立った。
 「諸君!諸君は本当のコミニュケーションを体感したことがありますか?」
 何をか言い出さん哉。
 まずは「蛭田です」じゃないのか?との動揺が職場内に走った。
 部内は鳩が豆鉄砲で気絶させられたように静まり返った。しかし、その驚嘆は序説に過ぎないことを僕たちは直ぐに知ることになる。いっそ気絶してしまえれば幸いだっただろう。
 「私たちは一顧の存在として自身の主義主張を唱え、決して企業の部品となることなく、その生命エネルギーを昇華するために、労働を通じ共通の成果としての喜びを体感するために今ここに存在しているのではありませんか?この部内において真実の人間交流というものがありますか?そこの貴方、そう君です。永嶋さん。君には友と、親友と呼べる人物が部内に、社内に存在しますか?」と彼は良く通る声で、まるで怪しげな新興宗教か、マルチ商法のセミナーでの演説のように声高に話した。
 永嶋君(不幸にも彼が蛭田さんの同期であったことは後で知った)は沈黙した。視線を外し、ただただ沈黙した。それは企業人として正解だったと思う。
 「答えられませんか。そうでしょうね。君は自己の仕事の芸術性を高めるための自己否定というものを知らない。いや、その困難な改革から逃避しているのです。人間は盲目の意識に囚われている苦痛の器であります。」
 (ちょっと待ってくれ、ここでショーペンハウエルをご高説いただかなくとも)と不満を心内に漏らす間も与えず彼は激を飛ばす。
 「我々は自己の利益、エゴイズムと言ったものに執着し個々本来の姿を見失っているのです。自己の利益、欲望、確執と言ったものを全否定し、ひとりひとりが真の人間として芸術家として存在の真価を発揮せねばならないのです。」
 (松田さん、演説を止めないのですか?)と目をやれば、どうしたことか見当たらない。いつの間にか姿を消してしまっている。
 この時になって冷静に思い返すと、松田さんは「彼にとっては云々~宜しく頼む」と言った。
 それは本来なら自己紹介が終わって後の言葉ではなかったか?あの人は初めから僕たちを囮にして退室する算段だったのだ。
 蛭田さんの話は続いている。
 「僕は思うのです。自己否定によってより純粋な認識を生み出し、心の真実を語り合うための会話を、コミニュケーションをしようではありませんか。言葉と言葉、本心と本心を理解しあうため、真心のキャッチボールとするべきなのです。僕はそのための礎石となりましょう」と聴衆?を抱くように両腕を大きく広げるジェスチュアをして、ここで言葉が切れた。
 聞いているだけで疲れた。本当にもうどうでもいい。
 確かに「劇的な人物」ではあるようだ。
 どうせなら、そのまま劇中に収まっていてくれたほうが良かったと思わせるほどに劇的ではあった。
 (終わったの?)そんな戸惑いが部内に蔓延していた。誰も何もリアクションをしない。
 蛭田さんは自から拍手を始めた。それは明らかに僕たちに催促するものであり、仕方なしに憂鬱そうな拍手が遅れて起こった。

 不幸なめぐり合わせは重なるもので、蛭田さんを預かることになった真田さんの仕事を僕は手伝っている。
 彼は改めて名乗り、握手をし、用意されていた(空席になっていた)デスクについた。
 「Tさんはうちの仕事を専属で手伝うんですか?」と蛭田。
 「専属ではないですね。お呼びがかかればという感じです」と僕。
 「そういえば真田さん、真田さんとは以前、社内懇親会で一緒のテーブルについたことがあります」と蛭田。
 「そうでしたか?憶えてないですね、申し訳ない。その頃から蛭田さんは宣伝にいたんですか?」と真田。
 蛭田さんは机の引き出しの中のものを確認しながら、「製図用具が入ってないですね。手配してもらえますか?」と向かいに座る、女子社員の梨木さんにリクエストした。それから続けて「摂津さんはご結婚されているんですか?」と。
 「え?僕ですか?まだ未婚ですけど?」
 急に話題を振られることが苦手な摂津さんは少し慌てる感じで答えた。
 「蛭田さんは確かお子さんがいるんですよね?運動会でお嬢さんと走っていましたね」と攝津。
 蛭田さんは「福島が実家でね。今、大変なんですよ。米農家ですからね。皆さんは米食派?パン食派ですか?」
 真田さんと僕は顔を見合わせて「米かな?」と答えた。
 摂津さんが「蛭田さんはやっぱりお米派でしょうね?」と言うと、彼は「台風の影響で果物農家も収穫に被害がでましたよ。果物食べますか?」と言う。
 「果物は好きですよ」と僕。
 「真田さん、今、抱えている企画のリストってこれだけですか?他に何かありますか?」と蛭田。
 「今朝まで打ち合わせていた企画があるけど、まだ未定だから」と言った後で、「でも見ておいてもらったほうがいいかな」と付け足した。
 梨木さんに企画書のコピーを依頼し、そのコピーを蛭田さんに渡した。
 「これは急ぎの企画ではないけど、やってみたら面白いかなと思って検討してるんですよ。概要は最初のページにあるので目を通してもらえば大体の内容はわかると思います」と真田。
 蛭田さんはその書類を受け取ると無造作に机の書類棚に差し込んだ。
 そして「申し訳ないけど今日の夜は都合が悪いので歓迎会とかには出られませんから」と言った。
 突然の異動で誰もそんな催しの企画などしていないし、さっきから聞いていれば真心のキャッチボールどころか、バッティングセンターのようだぞ、と僕が呆れ果てた顔をしていると、その表情を見て取ったのか真田さんが「それぞれの仕事に戻ろうか」とその場を締めた。

 劇的な男・蛭田さんの物語は始まったばかりだ。
 これからどんな活躍をみせてくれるのか?できれば僕は関わりたくないと心から念じた。

 *人物の名前は仮称で表記させていただきました。 

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