ピカデリー7時

          ― オレンジとレモン ―
 
 陽気に鳴らせ、陽気に響け、ロンドン中の鐘の音
 「急所と標的」と鐘を鳴らすよ、セント・マーガレット
 「レンガの弾とタイルの弾」と鐘を鳴らすよ、セント・ジャイルズ

 時に退屈は自分でも思いもよらない大胆なことをさせる。

 1972年「すきとおった銀の髪」、そして、1975年「ピカデリー7時」。
 
 僕がそいつを初めて知ったのは少女マンガの中でだった。
 その頃の僕ときたら物を知らないことについて右に出る者がいないくらいに無知だったんだ。
 そう、常識を含めてね。
 やることもないし、何についても飽き始めていた頃だった。少年マンガも読み飽きて、テレビも不自由に思えてた頃。
 特にテレビってやつは邪魔なコマーシャルばかりが入るしね。何よりも見たい番組が終わるまで僕は時間をつきあわせていなくちゃならない。
 いらないシーンは飛ばして欲しかったし、肝心の続きをそこで切るなよって言いたかったね。
 番組は視聴者のためにあるのではなく、企業の宣伝のためにあるんだって気付いたのもその頃だった。
 現在のようにVTRの機械やストリーミング・ソフトが充実していて、Adobe® Premiere搭載PCがあったなら独自に編集しちゃっただろうね。
 やらなければならないことは山ほどあったはずだけど、どういうわけか暇を持て余してたから。
 僕って我儘勝手な性格で、自分の自由にならない時間ってのが窮屈で仕方なかったんだ。そのくせ人の前ではおとなしくしてみせて、いつも返事は「はい」だったけど。
 
 「オレンジあるよ、レモンもね」と鐘を鳴らすよ、セント・クレメント
 「パンケーキとフリッター」と鐘を鳴らすよ、セント・ピーター
 「棒キャンディ2本とリンゴを1個」と鐘を鳴らすよ、ホワイト・チャペル
 
 自分が少女マンガを読むなんて想像もできなかったし、そんなところを想像したくもなかった。
 だって友達にばれてごらん。
 「オンナオトコ」って確実に馬鹿にされる。
 だから別冊少女コミックに載っていた「ポーの一族」を読んだ時、姉貴にも内緒にしておいたんだ。
 どうしてそれを選んだか?って、理由は簡単さ。絵が綺麗だったから、それだけのことだった。
 家族を含め人に見られていないことは当然だったし、読んだことがばれないようにページを捲るのにも気をつけて、置いてあった場所に寸分たがわず戻せるように細心の注意を払った。
 チキンの僕にとってはトイレを覗かれることに匹敵するくらい恥ずかしいことだったからね。
 そいつを読むまで、正直、少女マンガなんて大したことないと見下してた。好きとか嫌いとか、花弁占いみたいな繰り返しばかりで、「どこを切っても金太郎」ってな感じだと思ってたんだ。
 でも、こいつは違った。
 「やられたっ!」て心底思ったね。
 その雑誌が発売された翌日、女の子の話題は「エドガーとアランとマザー・グース」のことで持ちきりさ。
 「僕も知ってるよ」と言いたかったけど、それを少し離れたところで聴きながら言いたいことを押さえてた。さっきも言ったけど、同性の目が気になったし、何よりもそれが怖かったからね。
 ところが、隣のクラスのアホな男が彼女たちのおしゃべりを聞きつけて、得意そうなツラで割り込んでいった。 
 僕はそいつを見て思ったね。
 「なんてみっともないピエロだ。誰もお前に関心なんて払っちゃくれない。彼女たちの迷惑顔がわからないのか?不細工な顔に無駄な陽気さを纏ってみても、気味の悪いお調子者にしか見えないんだよ。明るすぎる便所はグロテスクなものを際立たせる。お前の頭の中はゲロがつまってるのかよ」って。
 でも驚いたことに僕の思惑を大きく外れて、彼女たちは奴を大歓迎。話は大いに盛り上がった。まったく信じられなかったね。

 「ハゲ頭のよぼよぼ神父」と鐘を鳴らすよ、オールド・ゲート
 「白エプロンのメイドさん」と鐘を鳴らすよ、セント・キャサリン

 僕だったらもっと気のきいたことを言えるのに。
 「お前のは話をなぞってるだけだろう」と。
 だからと言って今更、二番煎じで割り込んでみても、やきもち焼きの便乗家にしか見えない。
 僕は機を見るに疎い、チャンスに弱いって、あの時、確信したね。
 話したいことは山ほどあったし、僕は少なくとも話下手ではなかったから、内心、すごくがっかりして後悔もした。
 誤解されると困るけど、僕は女の子たちと話がしたかったわけじゃない。「ポーの一族」と「マザー・グース」について話たかったんだ。
 仮に僕の仲間の間でそんな話ができたとしたなら、それはそれで満足できたと思う。
 しかし、僕のまわりは僕以上に物を知らない奴らばかりでね。そう言う点で彼らは僕の期待を裏切ることは一度も無かった。

 「火かき棒と火かき鋏」と鐘を鳴らすよ、セント・ジョン
 「薬缶とお鍋」と鐘を鳴らすよ、セント・アン

 大袈裟な物言いをすれば、少女マンガとの邂逅。
 自分の少女趣味じみた面を発見して悪寒を覚えたのもそれが最初だったし、何よりも僕が「おしゃべり」だった事に気付かされたのもこの時だった。
 それまで僕は自分のことを「思ったことをその場で口に出すのには向いていない方だ」とばかり信じていたんだ。
 下書きのあるもの以外を流暢に話したり、よしなし事を見切り発車でしゃべるなんて、能力的に出来ないと思ってた。
 ところが僕はかしましい女の子たちよりも話たがりだったんだよ、本質は。
 まるでオカマのひとり漫才みたいにね。

 「半ペンス銅貨とファージング銅貨」と鐘を鳴らすよ、セント・マーチン
 「お前には10シーリングの貸しがあるんだ」と鐘を鳴らすよ、セント・ヘレン
 「いつ返してくれるのさ」と鐘を鳴らすよ、オールド・ベイリー

 僕は不安だった。
 もしかしたら自分は「オカマなんじゃないか?」ってね。
 性同一性障害の種が自分の中にあって、年を重ねるたびに現実から乖離して、ついにはそっちの道に進むのではないかって。
 そしたら整形手術をしなくちゃいけないんだって。
 杞憂だと笑っちゃうよね。
 僕は本気で自分は異常だと思ってたんだよ。
 なのにさ、高校に入ったら僕と同じ「隠れ少女マンガ・ファン」の男って案外多いってことを知った。
 その仲間うちでは大っぴらに話題にできるようになったし、いつの間にかそこに女の子も混じって来て話ができてた。
 言っておくけど「女の子に混じって」じゃないからね。僕は出演したがりのコメディアンじゃない。
 そうして僕は「少女マンガの公然としたファン」になった。
 でも、思い返してみるとそれは必然だった気がする。
 あの時代のマンガのレベルは少女マンガの方が遥かに上だった。
 洗練されたストーリーも、コマ割の複雑さも、キャラクターのデザインも、全てに関して少女マンガ全体が平均を上回っていたのだと思う。もちろん少女マンガ空前の量産時代でもあったけれど。
 少年マンガの殴りあって握手をすれば仲間みたいな、悪の組織と戦うヒーローの一本調子な展開に心理的な機微や深みが見てとれなかったのに対し、微妙な心理描写と虚実を織り込んでのシナリオを史実と錯覚させる巧みさがあの頃の少女マンガには確かにあったと思う。
 「ポーの一族」は僕に「少女マンガ」と「マザー・グース」をくれた。
 それから、行動力のなかった僕に、知的好奇心をもとにして旅に出ることことを教えてくれた。
 ロンドンで古地図をなぞって鐘を渡り歩くことの何と楽しいことか!
 そして僕はピカデリー・サーカスでエドガーとアランを見つける。ポリスター卿が乗りそこなったラットランド・オーカム行きの列車もね。
 「そうだ、丁度、この辺り。じゃあ、ここから汽車に乗ってみよう」ってさ。

 「お金持ちになったらね」と鐘を鳴らすよ、ショーディッチ
 「それはいつのことなのさ」と鐘を鳴らすよ、ステップニー
 「僕にはわからないよ」とボウの立派な鐘が鳴る
 「いつか年をとったらね」と鐘を鳴らすよ、セント・ポール

 でも、忘れちゃいけないね。
 いつまでも高校生気分でそこに留まっていると「少女病」と蔑まれ、社会に首を刎ねられるから。
 「正気」は統計じゃ測れないけど、「異端」や「奇異」は統計から生み出される。
 常識というには、僕は大分年を取り過ぎたからね。

 ベッドまで、君に火をつけにくるよ、蝋燭が
 君の首を、落としに来るよ、首切りが


  ポーの一族 第1巻 ポーの一族 第5巻 「ポーの一族」(萩尾望都)


                       
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR