ダビデ

 ダビデと子たち

 「エホバ神は人間ほどにも愛をもっていない。」

 ダビデの物語を読み終わった僕に残ったのはそんな言葉だった。
 人間不信のエホバ神は人に斯くも厳しい試練を与え、苦しむ様をみてその忠誠を誠実を測っている。
 始祖の二人が犯した罪を原罪として永劫に宿らせ、その贖罪を求め続ける。それは解かれることのことのない呪い。
 僕たちはその呪いの真っ只中にいる。
 ならば争うことも殺し合うことも当たり前のことではないのか。
 けれども、そうした殺伐とした世界においても人間は人間を求め愛することができる。それは真実の愛ではなく、自分を孤独から救うための欺瞞だとしても、子供に恋人に飼っている動物にさえ愛情を注ぎ、その死に涙する。
 エホバ神の行いこそが自分を裏切った人間に対する復讐そのものではないか。全知全能を持っていながら導くことをしない神は既に悪魔と同義。それよりも最悪の存在であり、同一だと考えればむしろ納得が行く気がした。
 読後に違和感を覚えた僕は本を書棚に返却しながら、自分にはキリスト教は無理だなと確信した。つまり僕は合理的ではないのだ。

 喉が少し渇いた、と感じたのは乾燥した図書館の空気のせいだったかもしれない。
 階下に自動販売機があったのを思い出す。
 階段を下りたエントランスにある公衆電話を見たら、何となく君の声が聞きたくなった。
 コインを一枚落とす。
 発信音が思っていたより長く繰り返され、諦めかけた時、カチャンと音がして君の声が聞こえた。
 僕はとりとめのない話をする。
 君が相槌を打ってくれている。
 もう一枚、コインを落とす。
 あと3分。
 気づくと僕の後ろに人がいて、電話が空くのを待っている。
 「後ろに人がいるから切るね。ごめん」と伝える。
 もちろん君に用事はなかったのだから、「じゃぁ、またね」と明るく笑う。
 追加したコインは大部分の時間を残したまま電話機の中に消えた。
 耳の中でツーツーという電信音の余韻が消えない。
 僕は即座に行動を起こす。
 今から走れば何時に着くだろう。7時か、8時か。
 鎌倉駅から電話をしたら君は驚くだろうか。
 呼び出せなくてもいい。同じ町にいたい。
 君に理由を聞かれた時のことを考えて答えを用意する。
 「ミルクホールのプリン・ア・ラ・モードが食べたくなったんだよ。」
 きっと君は子供をあやすみたいに笑うだろう。
 もどかしさが募る。
 バスの到着がひどく遅れているように感じられる。
 既に僕の心はホームで久里浜行の電車を待っている。

 「エホバ神様、あなたはこんな風に誰かに会いたいという強い衝動に駆られることはありますか?」

 僕は帰りのことなど考えなかった。電車がなくなれば鎌倉から歩いて帰る気でいた。
 幸いに明日は日曜日。肌寒さはあるがまだ蚊もでていない。どこかで野宿をしても構わないだろう。
 いや授業があったとしても僕に些かの影響も与えない。
 改札を走り抜け、階段を駆け上がり、滑り込んでくる電車に「久里浜」の文字を確認する。
 もう僕には戻る気はなかった。


 ☆ ☆ 「ダビデと子だち」吉田玄二郎 ☆ ☆

 老臣バルジライに、人としての生を取り戻すために王位を捨てて野に戻ることを勧められるが、権力を捨てることができず、「神の呪いは今にかかったものではない。生まれ落ちた時からかかっていたのだ」と目を血走らせながら殺戮のなかに身を躍らせる晩年のダビデとその子供たちの顛末を描いた短篇。発刊は、大正11年9月9日、改造社。

 ダビデと子たち(吉田玄二郎))

 
 
 
 

 

 
 
 

 
 
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