平凡

 「俺が死んだらお前はどうする?」
 真向いの椅子をひき、腰を下ろすと同時に谷山が言った。
 「いきなりなんだ?悩みでもあるのか?」
 僕は彼の方を見ずに相手をする。
 「そうじゃねえよ。もし俺が突然死んだら周りの奴らはどうするのかなって思ったんだよ。」
 「それはお前の家族以外でってことか?それなら取りあえずは弔問には行くよ。通夜と告別式。」
 「いや、そういうことじゃなくて。」
 谷山はやや小声になって言葉を継ぐ。
 「寂しいとか、悲しいとか、ないのかなってさ。」
 僕は彼の質問の意図を全くつかまないままに答える。
 「そうだなぁ…、死に方にもよるけど、知らせを受けた直後は実感なんてこれっぽちもないかもしれないな。そして2か月とか、半年とか経って、お前に話したいことが見つかったとき、初めて実感するんだろうな。お前がいないって。」
 ほんの少し考え込む素振りをして「そんなものかな」と彼は言った。
 「そんなものだよ。わからないけどな。」
 彼は尚も僕の向かいに座り続ける。
 「変化って何なんだろうな。」
 「はぁ?」
 僕は頭に入らない文字を恨みながら、邪魔するな、早くあっちへ行けと心で呟く。
 「お前が読んでた本、凡庸だっけ?あれって特別なことはないのか?」
 「言っている意味がわからん。それから凡庸じゃなくて、もしかして平凡のことか?」
 「そうそう平凡。夏目漱石だっけ?」
 「二葉亭四迷。」
 「そんな奴は知らん。どっちだっていいよ。」
 「まあ、読まない人間にはかかわりのないことだから。」
 彼は恐らく僕と会話をしていない。自分の言いたいことを言ってるだけなのだ。
 「特別なことのない人間でも小説にはなるのかな?」
 僕は読み終えたはずのページをもう一度捲り直しながら彼に質問をした。
 「小説の主人公になりたいのか?」
 「そういうことじゃないけど、俺の毎日ってつまらないよな。何にもない。どうしたら面白くなるのかな?」
 「今朝、僕は5時半に合わせておいた目覚ましにたたき起こされ、目をこすりながら普段通りの一日を始めた。朝食は豆腐となめこの味噌汁にキューリのキューちゃん、納豆を32回かき回してからご飯にかけた。納豆は匂いが目立つので食後に濃い緑茶を2杯飲み、更に歯磨きをしてから家を出た。」
 「なんだそれ?」
 「今日の自伝の書き出しだよ。どう思う?」
 「普通?どこの家でも朝はそんなもんだろ。食べない奴もいるけど。それにしても早起きだな。お前、学校好きなのか?」
 「僕の事情は放っておくとして、まぁ、こういった日常から考えれば四迷は十分に特別な隣の芝生だよ。平凡なのは小説のタイトルだけ。どこまでが本当かは知らないけど、あの小説に書かれていたのが四迷にとっての日常だったってこと。」
 「よくわからないな。俺は何をすればいいんだろう?」
 彼の「よくわからない」と「何をすればいいのか」という言葉の距離の飛躍に僕は些か苛立ちを強めた。
 「僕に訊くな。僕はお前じゃない。ただ高村光太郎が面白いことを言ってるよ。この世は人生というより娑婆であるって。」
 「人生を生きていないってことか?」
 「意識しているかどうかってことだね。」
 「どうすれば意識できるのかな?」
 僕は本を読むのをついに諦めて彼に向かい合った。
 「お前は変えたいって思っているんだろう?それが意識するってことだよ。あとはその自覚をどれだけ維持できるかってこと。大抵の場合、意識は一時的な思い付きで終わってしまうからね。」
 「じゃあ、俺は成長してるのかな?」
 僕は仕方のない溜息をついてから答えた。
 「身長は伸びていると思うよ。」

 彼にあてた年賀状が「あて先に訪ねどころがありません」の印が押されて戻ってきたのは卒業後3~4年してからのこと。それ以来、音信はない。彼が人生の変革を試みたか否かはわからないが元気でいることだろうとは思っている。
 あの健全な短絡さが持続しているのであるなら、彼の「平凡」における笑いあう時間の比率は僕の日常より高いはずだ。
 そして僕にはあの時言おうとしたけれど言えなかったことがある。それには気恥ずかしさもあったのだけれど、言葉にする必要もないとあの時思ったことを覚えている。
 「一個人は大衆に対して特別である必要はない。自分が特別だと思えるごく少数の人が傍に居てくれるなら、それこそが最高の平凡だと思う。」

 平凡


 ☆ ☆ 「平凡」二葉亭四迷 ☆ ☆

 四迷が作品冒頭で述べるように「題は平凡、書き方は牛の涎」。
 当時、主流を主張した自然主義小説を皮肉って世に出した作品。
 明治41年3月28日、如山堂書店から発行。装丁・挿画は、河合秀忠と名取春川。

 平凡(如山堂書店刊)



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