11月の青空

 僕は習慣通りに高校の乗り場から少し離れた停留所で、目的地は同じだが経路の違うバスを待っていた。
 鞄から文庫本を取り出そうとしたその時、「せんぱーい、暇ならコーヒーでも飲みにいきませんかー?」と通りの向う側から声をかけられた。
 僕は聞きなれた声に当惑を覚え周囲を憚ったけれど、誰もその声に特別な反応を見せてはいなかった。
 たぶん学校の近いところでは、こうしたことはそう珍しいことではなかったのだろう。
 信号が変わると同時にトトトっと駆け寄ってきたKさんには連れがいた。
 「普通、女子に声をかけられたら男子のほうが走るんですよ。先輩は冷たい人ですね。」
 皮肉をこめた口調で彼女が言う。
 「まだ行くとも言ってないんだけど?」
 その短い台詞を皆まで聞かずに彼女は穂を継ぐ。
 「先輩、暇ですよね?それとも誰かと約束でもあるんですか?」
 「いや、特別なことはいつもないんだけどね。僕に何か用でもあるの?」
 「マミちゃんを紹介しようかと思って」と笑う。
 そのマミちゃんをみると多少迷惑そうな表情が浮かんでいた。
 「お連れ様はあまり気がのらないみたいだけど?」
 僕がそう言うと、
 「そんなことないですよ。先輩は見た目通りに変な人で、それよりも面白いって話してたんですから。」
 Kさんは笑う。
 それをどう受け取っていいのか僕にはわからなかった。けれども彼女には調子を狂わされてしまう傾向にあるようで、仕方なくいつもの溜り場へ向かうことにした。
 僕たちは表通りの見える大きなガラス窓のある席に落ち着いた。
 Kさんは連れの子を僕に紹介し、誇張した僕に関するエピソードを彼女に披露していた。
 僕には話すことが何もない。その会話に割り込むほどの関心もなかった。
 葉の落ちた街路樹を眺め、幾度か信号が変わるのを見ていた。
 「先輩、話を聞いてますか?何を見てるんです?」
 そういわれて改めて二人に注意を振り分けた。
 「葉の落ちた枝がしっかりしているので感心していたところ。あんな風に葉を散らせてしまえることを羨ましく思っていただけだよ。」
 僕はティーカップに口をつけた後、そう言った。
 途端にマミちゃんと呼ばれていた子が反応を示した。
 「それってもしかして千家元麿ですか?」
 正直、僕は吃驚して彼女の顔を見た。
 僕が声もなく頷くと、彼女は千家元麿の詩について話し出した。
 その様子があまりにも楽しそうだったので、つい僕も「十一月の青空」と題された詩を暗唱してみたくなってしまった。

 十一月の青空に
 透きとほるやうに
 樹木は優しい枝を開いてゐる
 花や葉の飾りを捨てて
 さっぱりした髪となつて
 彼女は静かに休んでゐる
 彼女は意気揚々としてゐる
 どの枝も丈夫さうで
 來年まで大丈夫折れる気遣ひはない。

 今思うと高校生という僕の若さがその詩を選び出していたのだと思う。
 あの時期に見栄や照れ、嘘、外部の評価、そういったものを散らせてしまうことができていたなら、僕はもっとマシな人間になっていたかもしれない。
 
☆ ☆ 「夜の河」 千家元麿 ☆ ☆

 夜の河 初版

 「夜の河は千家元麿の5冊目の詩集になる。
 大正11年7月1日に曠野社から発刊。装丁は清宮彬。表紙、見返しともに木版刷り。
 千家元麿は白樺派の理想主義のもと、ホイットマンやヴェルハーレンなどに傾倒した。
 その作品の中核には生の神秘があり、自然の美しさを賛美した詩を生涯書き続けた。
 昭和4年、精神に異常をきたし半年もの間、松沢病院で療養を余儀なくされ、その後、10余年にわたって世俗との交渉を絶ち、外出もほとんどしなかった。
 けれど詩作に対する旺盛さは欠くことなく、昭和23年に肺炎で死去するまで書き続けた。
 彼の詩は朗らかな言葉に縁どられており、ともすると楽天的に捉えられがちだが、素の姿に対する視線は厳格であり、虚構を排した理想世界を見続けようとした意志の強さに満ち溢れている。
 それは受け手によってはただの綺麗事、欺瞞にも見えるかもしれないし、実際、僕もそう捉えていた時期がある。けれどそれらは固より同一線上のものであり、理想は欺瞞を超えた先にあるのではないかと丁度このころ思い始めていた。
 
 
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