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追伸、

 ここに何をどう書こうかと随分と長い時間思案していました。
 宛先のない君に向けて「お元気ですか」と書くのもわざとらしいですし、時候の挨拶など行儀めいたことはもっとそぐわない気がします。ですから、やはり独り言めいたものを書くことにしました。今までしていたのと同じように。

 僕が君からの最後の宿題を見つけられたのは本当に偶然だったのです。
 その瞬間まで君が手紙に書いていたものが詩の一部であったとは思いませんでしたし、置換したものであるとも考えていませんでした。
 ある古書店で棚から本を引き出そうとしたとき、その本に連れられて取り落としてしまったものが望月昶孝の「鏡面感覚」だったのです。
 普段であればただ拾い上げて棚に戻すだけですが、その装丁はとても特徴的で、建石修志の手になるものであることが一目でわかりました。
 そのことが僕に頁を開かせたのです。
 「闇の鏡」と題された巻頭の詩の一節目を読んだ時の僕の驚きを君は想像していたのでしょうか。
 徒好きの君のことだから十分に吟味して選び、その効果も予測していたかもしれませんね。
 僕はね、その本を抱えたまま崩れ落ちて座り込んでしまったのです。古書店の内でなければ泣き出していたかもしれません。
 へたり込んだ僕を見て店員が「気分でも悪いのですか」と声をかけてくれました。
 僕は「少し目眩がしまして。申し訳ありません」と短く謝罪しました。
 そして、「この本を」とお願いしたのです。
 神保町の喫茶店の薄暗がりの中で、ゆっくりと文字を拾いました。
 君が君自身の何をここに重ねようとしていたのかを探ろうと懸命に読みました。
 どれくらいの時間だったのでしょうか。
 淹れたてだった珈琲は息絶えてその体温を失い、隣の席の客はもう何組目かを数えていました。
 馴染みのマスターが僕の手元を覗き込みながら「淹れ直しましょうか」と言ってくれました。
 僕は死んだ珈琲を一気に喉に流し込んでから「すみません。もう一杯いただけますか」と答えたのです。

 僕は君に触れることができないくらい君に惹かれていました。
 僕たちは詩の断片を借りて、小説の一節に映して言葉を交わしました。
 僕にはその時間が充実して感じられ、交わす言葉が自分のものでなくても満足していられたのです。
 もちろん僕の知識では君が取り出すフレーズのすべてを理解することなんて不可能でしたし、それだからこその努力もできました。君の言葉を追いかけることが本当に好きだったのです。

 I miss you と簡単な三文字のあとにピリオドを打てば片が付いてしまうような感情であればよかったのにと思います。
 僕は君とともに恋愛に対する感情を失くしてしまったのです。これは過剰に表現しているわけでも、恋愛小説における定型句を引用しているわけでもありません。
 以後の僕はどこか芝居じみて、幾つかの恋も筋立てた物語のように過ごしました。どこにも恋愛はなかったのです。
 僕にはフィクションしか残されていない。
 僕そのものがフィクションであり、イミテーションであると信じ切って、それを強さとして支えとしなければなりませんでした。
 
 君の最後の手紙は僕が課題を解き明かすことを少しも疑っていませんでしたね。
 時間はいくらかかろうとも、何百万冊もある過去の出版物の中から、たったの一冊を必ず僕が見つけ出すことを何故君は疑わなかったのでしょう。
 僕にはそれが残念でなりません。
 君が最初から諦めていてくれていればと今でも思います。
 
 決して出会うことない人々の中に出会わなくてはならない大切な人がいる。
 再会する望みのない離れてしまった人々の中に真実に出会うべき人がいた。
 人はどうしたらそれを失わずに知ることができるのでしょう。
 いつになれば賢くなれるのでしょうか。
 僕の読書メモに記載された本がつい先日8千冊を数えました。僕が所蔵する約1万冊のなかの8千冊です。
 このメモは君と出会う前の中学1年の夏から始められました。数としては驚くほどではありません。一年に200冊読めばいいのです。読んだすべてが長編小説というわけでもありませんし、ただ追いつくためにだけ読み漁った本の集まりです。どれも僕の身についてはいません。
 こうしている今も、僕は君の言葉について行かれる自信がありません。どれほど読書量を増やすとも僕はまったく馬鹿のままです。

 僕は留まったまま人生を終わるのだろうと思います。

 君と歩いた小町通りにはかつての面影はありません。
 今は「今の時代」の顔をしています。それは当然の移り変わりです。懐古趣味のロマンチストには生活力がありませんから。
 もう数年も経てば僕は辿るべき何物も見出すことが出来なくなるかも知れません。
 ただ鎌倉という名の町があるだけで。
 それでも僕はそこに君を見るのでしょう。
 幻影であるか幽霊であるか。
 ひょっとしたら僕自身がそれらであるかも知れない。そうではないという根拠はどこにもない。
 見られているのは僕で、見ているのが君かも知れないのです。

 最後に僕がたった一冊の本を見つけた証拠に、君が投げかけた詩の後段を書き添えておきます。
 
 「少年はふと彼自身が闇のままであることに気が付いた。
 そして彼が真青の旅の途中であることにも思い当たった。
 今に至るまで少年は少年以外を受け入れず、
 少年は己れ自身が唯一の人間であると思っている。
 ギター弾きの少女は少年が無口になって突然姿を消したことを悲しんだ。

 少年は今どこに居るか?
 とある冷たい街角の小さなホテルや田舎の汚れた旅籠には、
 彼の足跡がかすかに残っている。
 少年は寒い北向きの暗い部屋で暮らしているであろう。
 彼は薄闇の中にほの白く光っている姿見の中に居る。
 その中で水彩画のように滲んで、
 喉仏をどもりどもり動かしつつ顔をしかめてうめいている。
 うめきながら彼の身体はうねうねとうねる。

 たまたま誰かがその姿見の前に立って自己の姿を見つめていると、
 知らない若者の顔がふいと現れて消えるという。」

 君と僕の短い物語において、僕の方がフィクションであったと誰かが教えてくれる日が、いつか来るでしょうか。
 願わくはそれが夢の終わりでありますことを。
 僕たちの同一性はあまりにも精神的に過ぎたのです。


 


 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
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