翠鳥、残影 ~ 鎌倉にて

 「どうだい、君、樫の新緑が白く光って綺麗じゃないか。」
 「え?何?新緑?」
 君の唐突さはいつも僕を慌てさせる。
 夏風渡る中に新緑など当てはまるはずはないから、どこかからの引用であると確信し、そのもとを探ろうとしてふためく僕に更に君は言葉を続ける。
 「空を見たまえ。空を。」
 どこか芝居がかったその台詞回しと、ツンツンと人差し指を天に向ける君の仕草につられて空を見上げる。
 「今朝の雨で濡れた葉へ雲が映るのさ。」
 と、そこまで小芝居じみたものが続いてやっと理解した。
 僕はこう答える。
 「自然はいつ見ても生き生きしているね。人間は駄目だ。」
 正しいはずの後の台詞を繋いだのに君はクスクスと笑い出す。それは次第に止まらなくなってしまったようで笑いながらこう言った。
 「あなたが言うと本当にダメに聞こえるわ。もう50も年を取った人みたいね。思わず同意しちゃって、次が出てこなくなっちゃう。」
 君から言い出しておいて、それはない、と言った顔をしている僕の頭を、まるで子猫か仔犬を撫でるように笑いながら君の手が動く。
 「えらい、えらい。」
 僕はどうリアクションを起こせばいいのかわからず、少しだけ不満を口にしてみた。
 「せめて人らしく撫でてくれないかな・・・。」
 「生き物であることに違いはないでしょ?それに私は撫で方を区別してるわけじゃないわ。あなたの受け取り方次第よ。」
 そして、またクスクス笑う。
 「子猫も仔犬も小鳥も同じよ。喜ぶし、迷うし、悲しみもするわ。生きるために努力しているのも同じ。人だけが特別なわけじゃないのよ。人間は努力する限り迷うものっていうのは、人間だけが特別な存在だとアピールしているわけではないでしょ。すべての生き物は迷いを持っているし、それらは良い方向へ進みたいという姿の表れ。さらに人であるならそれをきちんと思考として整理し、向き合うべきってことよ。」

 そして僕の日記にはこの後、君の意味不明な言葉が記されている。
 もしかしたら僕が聞き間違いをしたか、前後を省いたか、言葉の受け取りかたを誤ったのかも知れない。

 「自分の存在が不適切な孤独にしか裏付けられていないとしても、ね。」

 僕は少し時間をとってから先ほどの原作の台詞を引き出した。
 「人間だって生き生きしてるさ、じゃないの?」
 君は僅かに胸を反らすようにしてひとつだけ息を吸い、瞬きを二度ほどして会話を繋いだ。
 「そうねぇ、大分息抜きの方が優先してる人たちは生き生きしてるかもね。まあ、あなたも生き生きしてるわよ。眉間に皺ばかり寄せているけど。つまらなさそうにしてても、それなりにやりたいことやってるみたいですしね。」
 君は声を抑えるようにして笑う。
 その音は微風に揺らぐ葉擦れのさやめきに似ていた。
 もしかしたら君はもうここにいないのではないかと、そんな気持ちさえ僕に起こさせる音だった。

 (あなたはどこにおいでなのでせうか。)
 
 「不安のない夜のほうが不安に思えて眠れなくなってしまうの。負の感覚の方がきっと人を生かしている。私が生きているためには負の感覚が必要不可欠に思えてしまうの。小鳥のように生きることだけに懸命にはなれない。そうなれればずっといいのに。私は・・・。」
 風が死んでしまったかのように周囲の空気は動きを止め、君の言葉は消失した。
 「あれ?なんでこんな話になってるのかしら?ああ、そうね、翠鳥のせいだわ。私はたぶんこんな風に思っているの。」
 君は意識的とは思えない仕草で僕のワイシャツの袖に指先を触れさせながら、言った。
 「あなたがもう二度と翠鳥を見ませんように。さっきのが最初で最後でありますようにっ!」
 蝶が花弁から飛び立つごとくひらりとした笑みを一瞬浮かべ、指の先端で僕をツンとつつくようにして離れると、数歩先から振り向いて短歌を添えた。

 「旅の世にまた旅寝して草枕 夢のうちにぞ夢を見るかな。」

 そして君はこう言う。

 「鵠沼に行ってみましょう。」



 

 
 
 
 
 
 
 
 
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