翠鳥、その後 ~鎌倉にて

 翠鳥が飛び去ったあと僕たちはゆっくりと昼食の続きを摂った。
 「ええと、あの・・・怒ってるよね?何となく。」
 僕がそう口にすると君はそんなの決まってるでしょうと言った顔で僕を見る。
 「怒ってるわけじゃないけど不機嫌になっていることは確か、です。」
 いつもと同じようにはっきりとした口調でそう答える。
 僕がまた、ごめん、と言いかけるとそれを予期して君が言葉を遮った。
 「あのね、私にとって今こうしていることは日課と比較すれば極めて特別なの。わかってる?あの雪の日から何回あなたと会ったかしら?その全部を、特に何もなかったって言われたら気分を害して当然です。お世辞を言ってほしいわけではないけど返答にもう少し配慮してほしかったわけです。」
 年下に諭すような口調で君は続ける。
 「確かに彼女でも彼氏でもないけど、友達っていうにはもう少し特別なのかなって思ってたのに。照れ隠しならまだしも、さっきのあなたは全部忘れてしまった顔をしてたわ。それも本気で。」
 僕は自分の失言の理由がどうしてもつかめなかったので弁解のしようがなかった。確かにあの時は「特に何もなかった」という言葉に嘘はなかったと思うのだけど、本当に何もなかったわけではないのは事実。僕にとって君に会うことも、鎌倉を訪れることも確かに特別な行動に他ならないのだから。僕は行き詰って当惑する。
 君は突然面白そうに小さく笑った。それは秘密の宝箱が案外簡単な場所に隠されていたのを見つけた時みたいに。
 「許してあげます!」
 僕は知らずに地面に落としていた視線を君に向けた。
 「言い訳をしないところをみると、ちょっとは反省すべき点に気づいたみたいだから、許してあげます。」
 君はてきぱきとランチの後片付けをする。
 僕には何も手伝うべきものがない。
 Box and Cox arrangement .
 僕には君が歌うようにそう呟いた声が聞こえた。
 けれど本当は君はそんなことは言わずに、僕の空耳だったのかもしれない。僕にはそれを確かめる勇気がなかった。
 「あなたはどこにおいでなのでしょうか。知ってる?」
 君は猫のような目に逆光を反射させて僕を見た。
 僕は暫時黙考、慌てて記憶の蔵書に検索を掛ける。
 「反橋?川端康成の住吉の連作、かな?」
 「反橋の中で主人公が古美術を手に取っているときの生の心境を述べるところがあるでしょう。思い出せる?」
 「ちょっと待ってね・・・。ええと、骨董を手に取っていないときは自分は汚辱と悪逆の中にいて、死のなかから微かに死に逆らっていたいに過ぎない、とか言うところ。」
 「要点としては合ってます。5点中3点くらいかしら」と笑う。
 それは採点が辛すぎると思いながら、次の言葉を僕は待つ。それはいつものことなので。
 「あんなに寂しい川端康成はほかにないと思うの。傷心というものが形をとったのなら、当に住吉連作に見られる川端康成になると感じてしまうくらいに。」
 そして、あなたも骨董が好きだったわね、と目で問いかけてきた。
 「僕は、わかる気がする。古美術品は時を経てきたという事実があって、それを手にした時、見も知らぬ記憶が連想されるような感じに襲われることがあるから。それって今の自分の不確かさを自覚させられるからなんだと思う。時を経てきたものの強さと、置き去りにされていると感じる自分の気弱さが突きつけられてしまう感じ。過去への憧憬ではなく、寂寥にある美しさとでも言うのかな。救い、かも知れない。」
 「網野菊の小説『海邊』にこんなくだりがあるの。『唯血を吐く為だけに生まれてくる。そういう子が実際にあるのだ。そうして又、そういう子の親達が実際にあるのだ』って。主人公の女学生が訪れたサナトリウムでの出来事なんだけど、どう思う?」
 僕はその作品を読んだことはなかった。
 そして君の質問を正しく理解することも出来なかった。
 君は言葉を閉じる。
 葦の合間から蝉の声が聞こえた。
 僕は、あんなところにも蝉は止まるのか、単純にそう思って繁みの中を目で探っていた。
 すると君は自然な眠りから覚めるように言葉を繋いだ。
 「私はね、見たことはないのだけれど、番の菊戴という小鳥は眠るときに互いに相手の羽毛に自分の頭を埋めて、まるで一塊の毛糸の毬のようになるらしいの。想像するとすごく可愛いでしょう。ボタンインコや十姉妹の雛が寄り添っているみたいな感じなのかしら。川端はそれを見てこう思ったの。人間でも初戀人ならば、こんなきれいな感じに眠つてゐるのが、どこかの國に一組くらゐはゐてくれるだらうか、ってね。」
 それは先の話とまったく異なる話題のようでもあり、また関係があるかのようにも感じられた。
 僕はしばらくの間、後に続く言葉を待ったのだけれど、君の話はそこで途絶えてしまった。
 バサバサっと何かが飛び立つ音につられて池を見た。しかしその正体はつかめずに、風のためか、飛び立った何かのせいなのか、判別のできかねる葦の繁みの大きな揺れが残されていた。その揺れは、飛び立った瞬間の翠鳥の瑠璃色の羽の輝きを思い出させ、その記憶に残る映像は、動き有るものの美しさのすべてを翠鳥に凝縮させていたのではないかと僕に思わせた。


 


 

 

 
 
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