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翠鳥 ~鎌倉にて~

 光明寺の池に翠鳥がやって来ると聞いた、と話した。すると君は、決まった日課をこなすように「それじゃあ、見せてあげるよ」ってあまりに気楽に言うので僕はちょっとだけ呆れて、それでも足を運ぶことにした。
 やって来るという事実は、会えるという事実を保証してはいない。けれど僕の、もうひとつの「会える」は翠鳥よりも幾分かはその確実性が担保されていたように思え、理由はそれで十分に満たされていたので、他のことはどうでもよかった。
 電話を切った後、光明寺を訪れるのはあの雪の日以来だな、と少し不思議な気持ちがした。
 そして、もう半年も経ってしまったのか、とも。

 僕たちは鎌倉駅で待ち合わせて珍しくバスで目的地に向かった。いつも通りに「歩いて」とは君は言わなかった。
 バスの揺れは時折触れる君の腕の柔らかさを伝えると同時に、僕を短時間の微睡へと誘った。
 「次、降りるわよ」という君の声で我に返った時、僕はすっかり寄りかかってしまっていたことに気づいた。さっと体を起こし、取り繕う言葉も不自然に感じられ、ただ「ごめん」とだけ言うのが精一杯。
 「夜中に漫画でも読みすぎたんじゃないの?それとも遠足が楽しみで寝られなかった?」と笑う。
 バスを降りると思いのほか爽やかな風が吹いていた。そう感じたのは公共の乗り物特有の澱んだ車内の空気のせいだったかもしれない。
 「あの雪の日以来だね」と僕が昨夜感じたことを口に出すと、「私は日課みたいに通っていたけど」とまた笑う。
 「まあ、それは冗談として、ひと月振りくらいかしらね。私もこっちにはあまり来ないし。」
 僕らは山門をくぐりまっすぐに池へ向かった。時間は正午に差し掛かろうとする頃。快晴の夏空。
 「ねえ、カワセミって川にある青い土の意味だって知ってた?」と君が話し出す。
 「青い土?セミが?」
 「そうセミはソ・ニが訛ったもので、ニはあなたも知っている通り土のこと。」
 「あっ、なるほど、青・丹か。美しくて、佳いものの枕詞。」
 光明寺は相変わらず数えもきれない五輪塔と苔むした墓石、朽ち果てた墓木が多い。こう数があると改めて見て回ろうとする気持ちも起きず、当たり前の添え物になってしまう。というかきちんと目に入っているかも怪しい。
 「さぁて、翠鳥が来るまでお弁当でも食べてましょうか。」
 君はさらりとカバンを広げて今日の献立を取り出した。
 山菜ご飯を詰めた小さな弁当箱がふたつ、おかずは大き目の折の中でバレンできちんと仕切られ行儀よくしていた。
 「あなたの嫌いな椎茸は入っていないから安心して。おかずは適当に摘まんでね。飲み物はいつもの通り」とご飯の入ったひとつを僕の膝上に置き、おかずの入った折と水筒を二人の真ん中に置いた。
 「ねえ、翠鳥が来るまでって何時まで待つ気?」
 「直に来るわよ。慌てることありません」と知り尽くしたかのように自然に答える。
 鳥寄せの術でもあるまいに、でも、まあ、いいか、と僕はランチに箸をつけることにした。
 七月も終わろうというのにこの爽やかさは何なのだろうと空を見上げていると君がぽつっと何かを言いこぼした。
 「うん?何か言った?」
 「あなたが言ってた、雪の日からの半年はどうだったの?って言ったのよ。」
 「え?どうっていうこともないけど。毎日じゃないけど学校に行って、バイトして、鎌倉に来たりして。でも取り上げるような特別なことなんてなかったな。」
 「露をなどあだなるものと思ひけん 我が身も草に置かぬばかりを、ってね。」
 「古今集?藤原の誰だけ?藤原の・・・。」
 「藤原惟幹。」
 「そっか。藤原惟幹ね。」
 「露に愛情を込めて呼ぶなんて素敵よね。露など、にしないところが歌人の素質なのかしら。」
 「それって格助詞の使い方を言ってるの?古典の授業みたいだね」と少し揶揄する。
 「そうじゃないけど。ただ露を愛おしむ気持ちはその落ちてゆく軌跡もきっと惜しんでいるんだろうなって思っただけ。」
 「残した後を辿るもののない虚しさ的なもの?」
 「墓木朽つべし、名滅せしむ可からず。ねえ、本当は皆、自分を残したがっているんじゃないかしら。でも誰しも思っていながら実行することは出来ないんでしょうね。在るものや、在ったものを残すということはどうしてこんなにも難しいのかしら。」
 君が蘆花の「寄生木」を思い受かべているのだと、僕が書棚から背表紙を見つけ出すのに時間を必要としている間に、池の葦の先に翠鳥が止まった。
 「ほら、あれ!あそこ!」
 君が僕を小突くように小さく叫ぶ。
 指を差したりはしない。
 僕は探すべくもなく、はっきりとその姿を捉えた。
 生まれて初めて見た本物の翠鳥だった。
 「ねえ、やっぱり特別なことなんてないって言う?」
 君が僕に問いかける。
 僕は答えるべき言葉を探せない。
 「自分の日常には何も変わったことがないなんて、そんなことはありえないのよ。」
 翠鳥は葦の先から水面をみているのだろうか。ピンと天を指す葦を不思議に思った。鳥の重さはどれほどのなのだろう。葦の茎が弛まないほどに軽いか、それともあの茎が意外に丈夫なのか。
 僕は彼女の問いから思考を少しだけ遠ざけて、戻る。
 「そうだね。目を塞いでいるのは自分自身なんだろうね。それじゃなければ見えていても見えていないふりをしていたいだけなのかもね。自分を知ることは怖いことだから。」
 「人は時間を材料にする盲目の職人。休むことなく何かをいつも作っているの。でもね、残念なことに作っているうちはそれを認識できないのよ。自分が何を作っているのかわからないの。やろうとしいてること、やりたいこと、やるべきこと、その三者にある微妙な違いにいつも戸惑いながら指先を動かして時間を紡ぐの。でも、確かにいつも何かを残しているのよ。それは書くべき人が書けば小説にだってなる。」
 君はきっと僕に苛立ちを覚えていた。僕があまりに自分を見ないようにしているから。
 「憶えていてもらおうとすることも、自分を残すことになるのかな。」
 君はそう言うとポイッと小さく切ったブロッコリーを口に放り込んだ。
 本当は誰しもが生きていながら自分の墓標が見えている。見えていなければならないんだろうな、と思う。けれど僕は過ぎるに任せて時間を溝に捨てている。
 僕は何を残せるのだろう。
 君は君が思っていたように自分を残すことができたのかはわからないけれど、僕の中にこの瞬間の君は確かに残ることになった。
 僕は止まっていた食事の箸を一口すすめる。
 翠鳥は隣の葦に飛び移るとひとつふたつ呼吸をする間を取ってから、呆気なく僕らの視界から飛び去った。
 

 
 
 
 
 
 
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