スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

滑川 ~ 鎌倉にて

 近づく台風の影響か、暑さが一息ついたこの日、僕は公園で朝食代わりのメロンパンを齧っていた。
 鞄に入っていた大原富江の文庫本を取り出し、パンを食べながらそれに目を落としていると、風に絡んだ新聞紙のように三人の子供が走り出てきた。
 「スベリ台までだからね。とんだりするのはズルだから。いい?」
 三人のうちで少し年長に見える女の子がそう音頭をとると、「いいよぉ」と一番年下に見える男の子が答える。
 「じゃーんけーん、ぽん!」
 「私の勝ちぃ!」
 そう言って年長の少女は手を二人に確認させるように胸の前でチョキの形でとめた。
 そして、「ち」「よ」「こ」「れ」「い」「と」。
 やや大きく足を差し出して滑り台に向かう少女の姿を見ていた僕は、こんな遊びが今も残っていたのか、と少し驚いた。もう誰もやらないと思っていたから。
 グ・リ・コ、チ・ヨ・コ・レ・イ・ト、・・・。
 子供たちのゲームは続いてゆく、僕はそれを目で追う。

 「ぱ・い・な・つ・ぷ・る。」
 勝ったことを誇るように陽気な声が耳に届く。
 「全然、進んでないじゃない?ジャンケン、弱すぎ。」
 パーを天に差し出すように声をだす。
 君が勝ちっぱなしなのは、僕の勝負弱さに起因するものではなく、このゲームに対するヤル気の問題だよ、と胸中の言葉を別のセリフに置き換える。
 「気合い負けかな。」
 「元気がないぞ!こんな気持ちのいい日に!」
 滑川沿いを由比ガ浜に向かって僕たちはジャンケンをしながら進んだ。もっとも進んでいるのは彼女だけで、僕はほとんど止まっている。もうかなり大きな声を出さないとジャンケンが成立しないくらいに離れていた。
 僕は周囲を気づかいながら、遠慮深く声を出す。君はまるで二人きりの世界のごとく声を挙げる。この単純な遊びを心底楽しんでいるようだった。僕にはそれがわからない。
 最後の勝負に僕がパーで負けて、君が着地を決めた体操選手のように空に手を広げてゴールを宣言する。
 やっと終わったかとの思いを持つ僕は、リリースされた魚のようにヨロリと走りだし、徐々に速度を上げて君に近づく。
 けれど君は既に終わったゲームから心を離していて、見つけた何かを確かめようと立ち止まっていた。
 「ねえ、あそこ。わかる?鳥が集まっているでしょう?」
 示された指の先を僕は探りながら視線を伸ばした。すると十羽ほどの烏が集まっていた。
 「魚でも打ち上げられたか、捨てられているのかな。」
 君は視線を動かさずに答える。
 「あんなに沢山の鳥が食べ続けられるような魚が捨てられているわけないでしょう?あれは死体を食べているのよ。猫か、犬かもしれない。」
 「行ってみる?」
 君は僕の目を見返して、その実、さらに先にあるものを覗き込むように、こう言った。
 「女の子の死体だったらどうする?」
 「それはないだろ。」
 「女の子は親の進めた結婚が嫌で、最後の抵抗として海に身を投げたとしたら?」
 僕は君の少ない言葉を整理するためにやや時間を取った。
 そして君とは別の死を思っていた。それはアンデルセンの「寂しきヴァイオリン弾き」にあった鸛のことだった。
 彼は作中に、渡りの前の鸛たちは、旅に耐えられそうもない弱い仲間を突きあって殺し、一斉に飛び立った後には死体が置き去りにされていると書いている。
 君がまたいつものように何かを思い描いて口ずさんだ。
 「かくばかり、こがれしたえどつれなくも、そなたのそらになびくなる、けふりににたり我がこひは、形もあらず影もなし。」
 「片戀?田沢稲舟だったっけ?」
 君は頷首する。
 そして僕は「しろばら」に行き当たる。

…柏崎の荒磯に、波に着物もはぎ取られて、髪はさながらつくもの如く、あはれに亂れし少女の死屍、風のまにまに打ちよりしを、目さとく見つけし濱烏、早容赦なく飛び来たりぬ。…

 打ち上げられた少女の死体に群がる鳥の映像が僕の脳裏に浮かんだ。

 「一葉の創作ノートの端にね、田沢、田沢、田沢、稲舟、稲舟って落書きがあったらしいの。どう思う?」
 明治の女流文学の双璧であった二人に交流があったか僕は知らない。だが、二人が同じように恋禍に身を投じ、異なったカタストロフに行き着いたことはなんとなくは知っていた。しかしこの時の僕にはそれを結び付けることができなかった。
 「ライバル的な認識、かな。」
 君はこういう時、いつも本当に優しい微笑を浮かべる。
 「そう思うのは文壇を真ん中に置くからね。一葉にはライバルなんていなかった。彼女は自分の生涯自体がライバルだったのよ。一葉が羨むように稲舟の名を刻んだのは、稲舟の恋愛が一瞬でも夫婦という形を作れたからよ。一葉には叶えられなかったことだわ。」
 視線の先では相も変わらず鳥たちが何かに群がっている。
 君は波で洗われて角が落ちた小石を拾い上げて、鳥たちの方に向かって思い切り投げつけた。
 けれど石は、その目標地点には届かず、遥か手前に落ちた。


 
 

 

 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。