キリギリス

 昔、昔のことです・・・。
 そう書いてしまうと本当にあったことでもなかったことのように響き、すべては遠い過去において終わってしまったかのように思えてきます。

 君は自分を「昔」に置いて話すことができますか。
 それは君にとってどんな意味をもつものなのでしょう。
 
 過去というアルバムにページの制限はありません。もちろん空白のページもありはしません。
 すべてのページに自分が綴られていて、それは存在した事実に他ならないのです。けれども残念なことにこのアルバムの最初から最後までを通してみることはできませんし、二度と開くことのできないページがあります。寧ろ開くことのできないページの方が多いのが真実です。
 開いてみるページは自分にとって傷になっていることか、都合の良いことが中心となります。
 そのどちらもが思い出になってしまった瞬間に、無意識に改ざんがなされてしまう。いなかったはずの人を自分の隣に座らせてしまうのです。
 難しいのは、自分にとって一番事実に近い傷になっていることが、自分が傷ついたことよりも、自分が背を向けてしまった過ちに対する傷であること、それに付きまとう悔恨なのです。

 球技大会の時に僕が壊してしまった君のカメラはどうしたのでしょう。せっかく撮ったフィルムが駄目になってしまい、僕は君の思い出を奪ったままで今日まで来てしまいました。
 なぜ、あの時、謝りに行かなかったのでしょう。起きてしまったことを恐れてその場から逃げることよりも、リフレインする過去の方がよほど辛いものだと、なぜ気づかなかったのでしょう。
 「ごめんね。大丈夫だった?」
 そんな簡単な言葉を言うことのできなかった僕が、あの時代の自分自身の悪意の象徴のように甦ってくるのです。
 そしてそれを誤魔化そうとしてあの魔法の言葉を冠頭に持ってくるのですが、自分のことである限りお伽噺にはなってくれはしないのです。

 君に昔話をします。面白くもない話で、興味もひかないでしょうけど。
 
 昔、昔のあるところに姑息な考えしか持たなかった貧弱なひとりの少年がいました。
 彼はいつも簡単な方が近道だと考え、地味で面倒で大切なことを避けて来たのです。
 何か問題が起こると、正面から向かい合うことはとても時間がかかるし疲れることなので、効率が良いという誤魔化しを使って先送りばかりを繰り返していました。
 彼は口がうまかったので周りの人たちもその時は何となく解決したかのように思えてしまったのです。
 でも、それは途方もない遠投の繰り返しのようなものでした。
 そう、足元の小石を拾って今の自分の位置からなるべく遠くへ投げるようなことだったのです。
 愚かなことに、自分の歩く速度があまりにも緩やかに思えていたので、道はすっかり平らかで邪魔なもののないように見えました。
 春から夏までは楽しいことが多くて、しかも夏休みは終わらないと思っていた彼は、間違いに気づかないまま、信じていたのです。
 「これが正解なんだよ。」
 けれど、その小さな塊たちは彼が見ていたよりもずっと先の方で積もって固まり、まったく別の大きな山になっていました。
 彼が呑気に歩いてそこまできた時には最初の元気は既になかったのものですから、山の斜面はきつく感じられますし、比較的新しく積もった小石たちは足を滑らせますし、何かに掴まろうとしてもしっかりした木の一本も生えてはいません。彼は小さな種を拾おうともしなかったので。
 彼はもう一度以前と同じことをしようとしました。
 けれど石をつまんで改めて遠くに投げようとしても肩はあがらなくなっていましたし、本当に道を塞いでいるものは掴むこともできない大地のように強靭な塊になっていたのです。
 彼は膝を折り地面に手をついた時、やっと自分の皺だらけになった手に気づきました。
 そこで力尽きたように座り込んだ彼は、アリとキリギリスの話を思い出していました。
 キリギリスがとても羨ましかったのです。
 同じように力尽き衰えるにしても、好きなことを力いっぱいやれたキリギリスは幸せだと思ったのです。
 冬の夕暮れが近づいてきました。
 「ああ、僕はこの山を越えることはできないな。冬の終わりをみることもない。」
 彼は最後に諦めて身を横たえ、これが自分を滅ぼすのだな、と思いながら目を閉じました。
 漸く彼はうっすらと自分の間違いに気づいたのです。
 彼を滅ぼした諦めが始まっていたのは、一番最初の小石を拾って投げた時だったことに。だからキリギリスを羨んだのだと。
 彼は誰も通りかからないその道で、誰の記憶にも残らないまま、自分の投げた小石のなかで塵のように溶けて行きました。
 そこでは冬はずっと冬のままで、花も咲きはしないのです。




 


 

 
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