時計

 小父の一日は67台の時計の時刻合わせとネジを巻くことから始まっていた。
 彼は世界中の時計を集めていて、オルゴール付きのものや人形様のもの、バスケットボールの選手のごとき背高のっぽの置時計もあれば、ダルマのような掛け時計もあり、そのひとつひとつを抱きとり、或るものは踏み台や梯子をつかってネジを巻いた。それは見るからに手間のかかる作業で、何よりも引き出しに収められた59台の懐中時計のゼンマイを巻くのが大変であった。

 いつだったか僕が「なんで全部巻くの?使っているのだけ動かせばいいのに」と言ったことがある。
 すると小父は「動いているものは命がある。人でも機械でも。動くことに意味があるんだよ。だからね、集めるだけ集めて眠らせているようではコレクターとは言えないんだ。動くものは動かし続ける。そのためには実際に動かして、調子をみて、手入れをする。そうすることで僕と時計たちは同じ時間を分かち合うことになるんだよ」と言った。
 小学生の僕には彼の言っている意味が理解できずに、そんなものなのかな、とだけ思った。
 僕はそんなことのために仕事に向かう3時間も前に早起きをする小父を、なんて変わった人なのだろう、と不思議に眺めていた。

 小父は狭いながらも拘りをもった喫茶店を経営していた。けれども営業のことはよくわからない子供の目から見てもお世辞にも流行っているとは言い難かった。
 何しろそこに居座っているのは、お煎餅をコーラに浸してしゃぶるように食べるひっつめ髪の老人やフリルのいっぱいついたブラウスを着ているオジさん、レンズの入っていない枠だけのトンボ眼鏡を掛けている自称デザイナーのおばさん、司法試験を目指していると言いながら少年ジャンプとマガジンを飽きるほど読み返しているお兄さん、学校嫌いで学校に行かなくなった女教師とこども嫌いだが仕方なく親の後をついでいる塾の先生。
 彼らは互いに話をするわけではなく、思い思いのことをしながら個別にいつまでも座を占めているだけだった。
 彼らが場を占拠すると、狭い店内にはもう他の人の座る場所はなくなってしまうので、常連さんが健全に営業を妨害していたような感じだった。
 それについて僕は一度忠告したことがある。
 「あんな人たちばかりいたら他のお客さんが来なくなっちゃうよ。全然もうからないじゃない。」
 世間を知らない子供にそんなことを言われても彼は、風が吹いたかな、という感じで、こともなげにこう答えた。
 「大人になるとね。行き場を失くしてしまう人たちがいるんだよ。どこに自分の身を置いていいのか探し回っている人っていうのがいるんだ。僕はね、自分がそうだったから、そんな人たちが集まれる場所を作れればいいんだよ。贅沢を言うならもっとたくさんの友達が来られる広さが欲しいけど出来ないものは仕方がない。」
 自由人の溜り場というには彼らはあまりにも不自由そうな人たちに見えたので、この時も、そんなものかな、と思った。そして僕から見て迷惑な常連さんを友達と呼ぶ彼を、やはり、不思議、に眺めた。

 僕の知っている彼は優しい人というよりは押しても引いても手ごたえのない人で、時折、周囲の人の口からこぼれ出るヤクザの押し売りごときバリバリのセールスマンだった姿はなく、本当にぼんやりとした靄のような人だった。その靄っぷりときたら人間であるかも怪しいくらいに。
 とはいうものの彼に筋が通っていなかったわけではない。それは毎朝、時計のネジを巻くという執心ぶりからも窺えるわけで、決めたことは譲らない頑固さはあった。ただその心情の強さが外との摩擦をうまなかっただけにすぎない。だから僕は彼を「実体がないような人」だと感じていたのだ。
 弁証法的な人間関係のなかでしか実感を得られなかった僕の方がよほど窮屈な病に罹っていた。今もまだ罹っている。

 彼は膵臓に腫瘍が見つかってからあっけなく世を去った。それは準備というものがなく、ページを一枚めくったら唐突に終わってしまった短編小説のようだった。連載漫画であれば予告のない打ち切り。
 そんな彼が残したのは、自宅兼用喫茶店と、銀行口座に残っていたわずかな預金、それから、67台の時計。
 結婚はしていなかったので親戚と呼ばれる人たちが集まってきて彼の遺跡を解体していった。
 最終的には誰も見向きもしない9台の懐中時計が置き去りにされた。
 つまり現在、僕が持っている時計だ。
 
 あれから41年が過ぎ、僕は毎朝、彼に代わって9台の懐中時計のネジを巻いている。
 そうしてわかったことがある。
 同じ時間を生きるということは、ただ同じ時代に同じ空間にいるということではなく、何らかの干渉を生み出すことなのだと。
 
 どんなにきつく耳を塞いでも消すことのできなかった一斉に鳴りだす時計の音は、その振動を通じて僕たちに「まだ生きている」ということを伝えたがっていたのだと思う。あの頃はただ煩わしく五月蠅いだけだったけれど。





 
 
 

 
 
 
 
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とても素敵なエピソードですね。
胸がふるえました。
美しく優しい人生を過ごされた方ですね…。

ぼくも幼い頃に祖父の懐中時計をみてから
その魅力にとりつかれていたことを思い出しました。
そういえば最後の一個は友人に譲ったけど
あれはいまも動いているかしら。

同じ時代、同じ時間…。
時というもの…。
考えさせられます。
世代はちがえども、
otosimonoさんと同じ時代に生まれてよかったです。

偕誠 様

> とても素敵なエピソードですね。
> 胸がふるえました。
> 美しく優しい人生を過ごされた方ですね…。

 きっと小父は罪悪感を抱きながら、それをどこかで償おうとしていたのではないかと今なら思えます。ですから人に対して空になれたのだろうと。

> ぼくも幼い頃に祖父の懐中時計をみてから
> その魅力にとりつかれていたことを思い出しました。
> そういえば最後の一個は友人に譲ったけど
> あれはいまも動いているかしら。

 アナログ時計の刻むコチコチという音は歴史の脈音なのでしょう。
 たとえ名前は刻まれなくても共に生きたことは消えてなくなりはしません。事実と共にそこにあるのですから。時計はそれを知っているのです。偕誠さんが贈られた時計は今も動くことができるはずです。
 
> 同じ時代、同じ時間…。
> 時というもの…。
> 考えさせられます。
> 世代はちがえども、
> otosimonoさんと同じ時代に生まれてよかったです。

 僕には過分な評価です。僕は何もできませんし、恐らく何の役にも立ちはしないのです。でもこうして支えてくださる方がいることにはいつも感謝しております。
 有難うございます。
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