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鬼手仏心ー北鎌倉・圓應寺 

 仏経典の中に「鬼手仏心」という言葉があるそうです。
 その意味は、「仏心を以って敢えて鬼となり衆生を救う、誰かを救うために自身を鬼と化して行動を起こさねばならないとしても、心の真は仏の慈悲を以ってなさねばならない」ことです。
 外科手術において、「手術は鬼の仕業の如く体を切り開き一見残酷に見えるが、その手は患者を救おうとする仏の慈悲心に基づいて揮われねばならない」と言う意味に転換され外科医の座右の銘とされることもあるようです。
 最近、読み返す機会があった横溝正史の作品。彼がこの言葉を好んで使っていました。
 小説中の彼の鬼手は「推理」(或いは「探偵」)であり、仏心は真実を見出すことによって加害者、被害者、その周囲の人間を救うことにありました。
 犯罪への報復、応報として暴くのではなく、救うために暴く。しかし、その慈悲心が通じることは少なく、事件の結末は常に悲しみしか残しません。

 夜歩く 「夜歩く」(東京文藝社、昭和32年初版)

 角川の商業戦略の渦中で精力的に驚異的な執筆量をこなしていた横溝正史。
 「犬神家の一族」「八つ墓村」などの実写化、元の小説のヒットの中で、彼は「赤くならぬ ほほずき哀れ 我に似て」という句を残しています。
 作家としての鬼手は小説。
 自身納得づくの作家活動の中で、青いままに終わる酸漿の報われなさの悲哀、落胆の真意はどこにあったのでしょう。
 ファッションとして流行のうちに読まれ、読み取られずに終わる物語の真意に対する我々読者への失望なのでしょうか。
 それとも作家としての仏心を伝えきれずに終わるかもしれない彼自身の小説家としての生き様だったのでしょうか。
 鎌倉へ向かう総武本線の車中で、彼の文庫を手にしながら、今改めてそんなことを思い浮かべていました。

 一年振りの鎌倉行きとなるこの日、東慶寺、圓應寺、建長寺、海蔵寺、長谷寺、報国寺とまわる予定。
 何度も足を運んでいるお馴染の場所ではありますが、その時々心境によって感じ方が異なります。特に今回は圓應寺の閻魔様をご拝顔したいという気持ちが強くありました。冒頭にあげた「鬼手仏心」という言葉と閻魔様が重なり僕に足を向けさせたのです。

 八つ墓村/犬神家の一族 「八つ墓村/犬神家の一族」(大日本雄辦会講談社、昭和26年初版)

 圓應寺の縁起などについては旅行ガイドや趣味のサイトなどにあげられているので重複することは避けたいと思います。
 しかし、何も書かないのでは不親切過ぎるという気持ちもあるので、同寺のリーフレットから抜粋させていただきます。

 宗派は臨済宗建長寺派。山号を新居山・圓應寺。本尊は閻魔大王。智覚禅師により建長2年(1250年)に創建。
 閻魔堂には、秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔大王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王の十王が鎮座し、その他、智覚禅師像、奪衣婆、地蔵菩薩が安置されています。本尊・閻魔大王像は、鎌倉時代の仏師・運慶の作とされ、国の重要文化財に指定。
 ここの閻魔大王像についての逸話は、様々なところで紹介されていますが書き添えておきます。
 運慶が頓死して閻魔大王の前に引き出された折、「もし汝が我が姿を彫像し、その像を見た人が悪行を為さず、善縁に趣くのであれば娑婆に戻そう」との慈悲から現世に返され、その後に彫像したと言われています。
 運慶は蘇生した喜びから笑いながら彫刻した為、本尊・閻魔大王像の顔もどことなく笑っているように見えることから「笑い閻魔」と古来から呼ばれているとのことです。
 堂内の説明書き、並びに、リーフレットには十王の裁判についての詳細がありますので、お立ち寄りの際は是非目をお通しください。

 この圓應寺を初めて訪れたのは30年程前の初夏の事。
 高校生活が何となくしっくり行かず、勉学ともに身が入らずの頃、乗り継ぐ当ても、目的もないまま降り立っていた駅が北鎌倉でした。
 僕にとっての初めて鎌倉がこの瞬間だったのです。
 円覚寺、東慶寺、淨智寺、明月院、長寿寺、建長寺と街道筋の古刹を回っていて、ふらっと立ち寄ったのが圓應寺です。
 当時は拝観料はなく、急傾斜の階段を登って解放された小さな山門をくぐり、真っ直ぐにある堂へと向かいました。
 紫陽花も終わり、平日の北鎌倉は道行く人も多くはありませんでしたが、それでも建長寺などは賑わっていました。
 圓應寺は他の観光名所となっている大寺とは異なり参詣する人の姿も更にすくなく、それだけで僕には充分でしたし、とにかく人目につかずに休める場所だけで良かったのです。
 暑い初夏の日差しを避けて閻魔堂に入り、中に置かれた床几台に腰かけ、じっと座っていました。
 堂を入って直ぐ左手の奪衣婆像の印象的な醜い姿がさっと目に入った他は、正面に据えられたユーモラスに見える閻魔大王像の赤ら顔。
 その頃は、安置されている像の説明などもありませんでしたから、どの像が何を意味しているのかもわかりませんでした(辛うじて十王の名前のみ書いた手書きの紙が、置かれた像の前に貼られていました)から、正直に言えば、最初の印象はそれのみだったのです。
 お寺の名前さえ覚えてはいませんでした。
 それが日数が経つうちに「あの閻魔様のお寺はどこだっけかな?」と気にかかり、再度、足を運びましたが、実を言うと建長寺の近くであったことも忘れていました。
 右だったか左だったか、とにかく歩きまわり、その日は見つけられませんでした。
 数日後、再度、鎌倉に足を運び北鎌倉駅から建長寺へ辿り直し、もっと先だったかな?という印象を頼りに建長寺側とは反対へと通りを渡った時、ブロックで固められた急斜面の間にある階段を見て「ここかも?」という思いで入りました。
 まだ昼前だったと思います。やっと着いたという安堵感もあって、堂の床几に腰かけぼーっとしていました。
 学生服で、分厚い皮鞄をもった僕の姿を訝しく思ったのでしょう。
 「今日は修学旅行か、遠足かい?」と庭を掃き清めていたお寺の方に声をかけられました。
 僕は正直に「いえ、さぼっています」と答えました。
 説教でもされるかな、とも思いましたが、その時はその時で立ち去ればいいと考えていたのです。
 しかし、お寺の方はそれ以上問うこともなく、「人は死んだ後、7日毎に裁判を受け、七・七・四十九日後には全ての人は生まれ変われるって聞いたことあるかい?」と話しかけてきました。
 僕は仏教の教えなど興味も知識もありませんでしたから、極めて素っ気なく「知りません」と答え、次に何を言い出すのかをじっと待っていました。
 それから彼は、頼まれもしないのに「秦広王」から「五道転輪王」の説明を始めたのです。その親しげな口調と誇張のない淡々とした話は、僕の興味を引きつけました。
 いつの間にか、二人で床几に腰かけ、閻魔様のこと、運慶の逸話、北鎌倉の話など気がつけば長話になっていました。
 お昼も大分過ぎた時分になって、ようやく僕も腰をあげ、男性にお礼を述べてそこをあとにしました。
 それが圓應寺と僕の関わりはじめであり、地獄の思想との関わりの最初でした。

 十王御朱印 十王御朱印

 地獄の思想について書き始めると蘊蓄めいた僕の悪い癖がでますので、ちょっぴりだけ閻魔様の話をしましょう。
 人を裁くのは最大の罪、地獄での審判の全ての責を負い閻魔大王はその浄罪を行います。天帝の元へ赴き、自らの罪を贖うのです。
 閻魔大王自身、1日3度、大銅钁(だいどうかく)により、焼けた鉄板の上に寝かせられ、それまで大王に従って居た牛頭馬頭を初め獄卒や亡者に押さえ付けられ、熔けた銅を口に流し込まれます。その苦痛のため閻魔大王の顔はいつも赤いと言われています。
 少し教えとしては臨済宗とは異なりますが天台に「忘己利他」というのがあります。
 自分のためにではなく、人のために利することを為す、という教えです。
 仏経というのは底辺に「自分のためにではなく人のために為す。それが浄土への道」というものがあります。
 これを当てはめた時に、「人は自分が地獄に落ちるのを恐れ罪をなさないようにするのではなく、閻魔様が私たちの犯した罪のためにお苦しみになる様を哀れに思い、閻魔様の苦痛を少しでも軽くするために罪を犯さないようにしましょう」という流れが見えてくる気がします。
 自分が地獄に落ちるのを恐れているうちは「利己」なのです。無欲で人のためにしたことが自分にかえることではじめて「利他」となります。
 「あなたが悪いことをすると閻魔様がすごく痛い思いをするの。可哀想でしょう。だから、悪いことをしないようにしましょうね。」
 地獄の恐怖を植え付けるよりも、やさしさを諭すほうがどれほど有意義なことでしょうか。

 仏教の目的のひとつである「安心(あんじん)」は、欲を滅し、自らの罪を懺悔し、真実の自己に目覚めたのちに得られるとしています。
 閻魔大王は、私たち各々が自己の存在、他者の存在に真実の価値を見出し、その日その日の罪を反省懺悔し、個々が救われ「安心」を得られるよう、大きな慈悲の心を以って大王自身を鬼手としていると僕は思うのです。
 
 圓應寺山門  圓應寺山門   

≪圓應寺(円応寺)… 神奈川県鎌倉市山ノ内1543 ≫
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