事実の傍らに

 たとえば、歩くということが事実を認識するためのものだとしたなら、僕は途切れることのない事実の傍らを常に歩いていて、無数の連続であるその事実が僕を捉えていたとしても、僕がその事実を捉えることはごく稀で、僕はそこにあったものを受け入れるでも拒絶するでもなく、無感覚にただ傍らを過ぎているだけなのです。

 たとえば、生きている世界は死ぬことができる世界なのだと言葉で表してはみても、田村隆一が綴ったように、死ぬことのできない世界は生きることもできない世界なのだという感覚は僕にはなくて、ここに言う「死ぬことのできない世界」というのは、理不尽と不信感とに埋め尽くされた現実の社会のことであって、結果、自分を「殺す」ことによってのみでしか自らの心の奥に葬られている死者を甦らせることはできないのだと、信じる弱さも、頼る強さも、持ち合わせてはないのです。

 氾濫する事実のなかを歩いている時、街路樹は、公園の樹木は、僕をどうみているのだろう。
 しっかりとした静けさをもって道行く人がその視界から消え去るまで見送っている樹々。
 僕はそんな樹々をきちんと見てあげているのだろうか。
 窓のない部屋と部屋のない窓との相似した、かつ、矛盾した、空間ともいえない「間」を持つ僕は、所詮は盲ているのだろうと思うのです。

 健全な精神などと声高らかに宣う人は必ず精神を病み切っている人だと思うのです。そうでなければ事実を殺すことに慣れ切っている人なのでしょう。

 ドアの先に部屋があるなんて誰が決めたのでしょう。
 ドアを開ければ外に出られるなんてどうして信じているのでしょう。
 そもそもドアというものを僕に教えてくれたのは誰なのでしょう。
 窓はいつも外を見せてくれているのに。

 君に詩を返します。
 君から借りたままになっている詩集から選んでみました。


 「木」 田村隆一

 木は黙っているから好きだ
 木は歩いたり走ったりしないから好きだ
 木は愛とか正義とかわめかないから好きだ

 ほんとうにそうか
 ほんとうにそうなのか

 見る人が見たら
 木は囁いているのだ ゆったりと静かな声で
 木は歩いているのだ 空にむかって
 木は稲妻のごとく走っているのだ 地の下へ
 木は確かにわめかないが
 木は
 愛そのものだ それでなかったら小鳥が飛んできて
 枝にとまるはずがない
 正義そのものだ それでなかったら地下水を根から吸い上げて
 空に返すはずがない

 若木 
 老木

 ひとつとして同じ木がない
 ひとつとして同じ星の光のなかで
 目覚めている木はない
 
 木 
 僕はきみのことが大好きだ



 ゆったりとした静けさを失ってから僕はどれくらいの時間を過ごしてきたのでしょう。
 音楽がうねりをあげて、人声がそれに負けじと大きさをまして、それも届かないほどに、車の音が工場の音が得体の知れない機械の音が、僕の耳を塞いでしまうのです。 
 眠るような静けさを持つ煌く命を生きていけたらいい。
 鉱物のような規則正しい寡黙さでなくていいのです。そんな強靭さを求めているわけではないのです。
 虫が土にしっかりと爪を立てて生きているように、鳥が生まれながらに空を知っているように、そんな風にはなれないことは百も承知のうえです。
 ただ僕に触れるものが僕を怖がらないように生きていたいのです。
 わかってもらうことも、わかろうとすることも不必要な、お互いを単純に必要として受け入れられる生き方がしたいのです。

 そうでしたね、これは君が昔に言っていたことでした。
 恐らく僕は君をトレースしているのです。
 記憶はあの頃よりも確かなものとして君を鮮明に捉えてさせているから。

 今日のエピローグに添えて " Nu " (田村隆一)を。


 窓のない部屋があるように
 心の世界には部屋のない窓がある
 
  蜜蜂の翔音
  ひき裂かれる物と心の皮膚
  ある夏の日の雨の光り
  そして死せるもののなかに

 あなたは黙って立ち止まる
 まだはつきりと物が生まれない前に
 行方不明になったあなたの心が
 窓のなかで叫んだとしても
 
  ぼくの耳は彼女の声を聴かない
  ぼくの眼は彼女の声を聴く


  
 


 
 
 
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No title

「眠るような静けさを持つ煌く命」
そうあれたら、すばらしいですね。
木そのものが、そう言っているような気もします。

田村さんの詩、
「木は…」に続く言葉ひとつひとつに
いちいち深くうなずいてしまいました。
あらゆる虫や鳥や風が
こころから憩える大樹のような
そんな生き方をしたいと思います。

偕誠様

コメントありがとうございます。

> 田村さんの詩、
> 「木は…」に続く言葉ひとつひとつに
> いちいち深くうなずいてしまいました。
> あらゆる虫や鳥や風が
> こころから憩える大樹のような
> そんな生き方をしたいと思います。

自然の優しさも厳しさも生命そのもののためにあります。なぜ、人間だけその連環に入れないのでしょうね。
わずかでもそれらを感じられる生き方ができればいい。理想の生き方ができなくても、理想を感じる心を忘れたくはないと思うのは、きっと我儘で、贅沢なことなのでしょうね。

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