朝の目覚めの中で。

 ふらっと外に出てゆく僕に誰も行く先を問いはしない。
 日差しも風も穏やかで恐らく理想に近い晴天をこの世界に与えている。
 僕は眠っている。ずっと眠り続けている。
 常にコツコツコツと何かが外殻を突く音がしていて、それは祖父の部屋に懸かっていたゼンマイ仕掛けの振子時計のリズムに似ている。
 けれど君に会うために眠り続けなくてはならないので、僕は目を閉じ続ける。
 君の前でだけ僕は目覚めていればよい。きっと僕の世界はそれで十分だから。
 眠りのなかでも記憶は刻み続けられ、塵で覆われてゆく。
 食卓には乾ききって茶葉の色が染みついたティーカップ、トーストやベーコンエッグが乗せられていたはずのソーサー、食事の途中で無造作に投げ出されたフォークとナイフとスプーンは、ひっそりと柔らかな埃に包まれている。
 誰かが息でも吹きかければ傷跡のようにその軌跡がくっきりと現れるであろう。
 そこでやっと僕は自分の不自然さに気が付く。
 僕は部屋の外にでたはずなのに、また繰り返している。
 ドアを開けることと閉めることを反復し、いつか見た軍艦島の写真集の中を、廃墟を歩き続けている。
 紫陽花がダイニングの破れた硝子窓の間から部屋に忍び込もうとしている。
 もう夏は来ていたのだと知った。

 まるで耳元で囀ったかのようなウグイスの声で目が覚めました。窓から人に悟られぬように忍び込んだ光が僕の顔にまで届いていました。
 眠ったのはつい3時間ほど前。なのに随分と長い時間が経過したような気がして。
 ラジオの電源を入れると東京の貯水量が例年の60%だという現状や都知事の支離滅裂な記者会見の模様をダイジェストで流していました。
 最初に非を認めることをしないと窮地に追い込まれ立て直すことができなくなる良い見本、いや、晒し者になります。今はラジオで良かったと思います。映像が見えたなら、卑小な顔がさらに滑稽さを加え不快感を増して行くでしょうから。
 もう辞めてしまいなさい。醜態を晒してまでも手放せないメリットがその地位にあるということが政治的不信とあなたへの嫌悪感をさらに募らせているのですよ。ご自身が地位の外にいた時には見えていたはずのものでしょうに。
 ところで酷い冷害で米作が甚大な不作となり輸入米に頼ったのはどのくらい前でしたか。あの時、この国は不測の事態に対する備えなどしていないのだと教えられました。
 この国の建前主義は学習と反省というものを知らないようです。
 阪神淡路の時も東北の地震の時も国は歴史的震災であることを繰り返し、正当性を主張し続け、瓦礫の中で必死に作業をし続ける人々の姿がこの国の言い訳の白々しさをいっそう強調していました。
 幼稚園の迎えのバスを待っている子供たちが60歳になった時、この子たちが支払う介護保険料はいくらになっているのだろうか。そんなことが頭に浮かんで行きます。
 どうか静かに世界が終わりますように。
 祈りが届くのであれば僕はそう願うでしょう。

 松村栄子「至高聖所」を読み返しました。
 感情を素直に文章に記すことのできるこの人を凄いなと思います。多種多様な感情を書き尽くすことなど不可能なのだけれど、粗筋にも似た一番分かり易いものを取り出し文章にできる才能をうらやましいと思います。

…老人たちはいつも学生たちには聞き取りにくい言語でたがいにぼそぼそと語り合っていた。ときおり何かの加減で怒鳴っている老人もいる。その言葉は学生たちの言語とは決して噛み合わず触れ合うことなく擦れ違う。何か大きな音がしたといった反応しか学生は示さない。むしろ、何かの間違いで赤ん坊の泣き声などがすると、皆ぎょっとして振り返ったものだ。…

 生という神殿のうちには虚無を癒す至高聖所は存在するのでしょうか。眠りが死に対する現実の再生であるとするなら、目覚めるたびに人は新しい人でなければなりません。そうであることはたぶん人間にとって理想であるのです。

 人は容易く手の届くものに奇跡という賛辞を贈りません。
 都会には自然がないと嘆く人は自分が自然をいただいて生きていることに気づいてはいません。
 先日、銀座の個展で高橋真琴先生にお会いした際、先生は「おかげさまで生かされています」と笑顔をくださいました。
 素敵な言い方だな、と思います。
 野菜も魚も肉も自然の生命です。僕たちはそれを食して命を長らえているのです。
 けれども、誰しも手の届く自然に気づかずに、雄々しい山々に憧れ、高原の風を吸い込もうとし、海風を幸いとします。
 例えば、生まれてはじめて目の当たりにしたグランドキャニオンを奇跡だと快哉する。
 僕が摘まんだイチゴの一粒に同じものはない。それは十分に奇跡であるはずなのに感じることができないでいます。
 日常の小さな奇跡は、偶然と、同位のなかで軽視されてしまうのです。
 人間は欲張りなので。

 そしてまた僕は眠り続けます。現実という夢と目覚めという夢を見続けるために。
 君と同じ眠りの中で過ごすことができるのなら、それに増した奇跡はないと。

 

 

 

 
 
 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR