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吉原幸子「仔犬の墓」

 吉原幸子詩集「幼年連祷」(1964年初版)

 幼年連祷 
 
 「仔犬の墓」

 地のなかに 仔犬はまるくなって お菓子の紙袋を前足に抱いて眠ってゐる

 おまへがぴょんぴょんとびはねているとき にんげんたちはしらん顔をして とびつかれまいとわざと横向いたふりなんかしてゐたのに 
 そうやって おまへがもうたべられなくなると 袋ごとお菓子を抱かせて 土をかけながら泣いてやるのです

 ゆるしておくれ わたしたちの身がってを おまへがあんなにとびはねるので 安心してゐたのよ それににんげんは ことば あのむだなもののためにいそがしかった おまへの病気を さびしい抜け毛を しらなかった

 しっぽといっしょにおしりまでふってたおまへ なげたビスケットをどうしてもうけとめられなかった おふるの首輪がゆるゆるだったおまへ 捨て犬でなくなってからたったひと月 あんなに いのちをよろこんでゐた はずかしいほどなめてくれた みつめてくれた
 おまへ 茶いろのやせっぽち


 もう一遍、同じ詩集から。


 「喪失ではなくて」

 大きくなって
 小さかったことの意味をしったとき
 わたしは”えうねん”を
 ふたたび もった
 こんどこそ ほんたうに
 はじめて もった

 誰でも いちど 小さいのだった
 わたしも いちど 小さいのだった
 電車の窓から きょろきょろ見たのだ
 けしきは 新しかったのだ いちど
 
 それがどんなに まばゆいことだったか
 大きくなったからこそ わたしにわかる

 だいじがることさえ 要らなかった
 子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
 そのなかにゐて 知らなかった
 雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
 いちどのかなしさを
 いま こんなにも だいじにおもふとき
 わたしは”えうねん”を はじめて生きる

 もういちど 電車の窓わくにしがみついて
 青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
 わたしは ほんとうの
 少しかなしい 子供になれた ―


 幼年連祷 署名

 僕などがなにか言葉を添える必要などありません。きっとわかっていると思いますから。

 



 
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