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林由紀子ー未生の森の記憶ー

 hayashiyukiko01.jpg 個展案内状

 10月17日で会期終了となりましたが、銀座にあるスパンアート・ギャラリーで林由紀子さんの個展が開かれていました。
 「未生の森の記憶」と題された個展は、中野善夫著「教皇ヒュアキントス」の装画となっています「ペルセポネの花と闇」を始め新旧エングレーヴィング作品と新作ドローイングなどを織り交ぜた見ごたえのある内容でした。
 未生とは「まだ生まれていない」の意。その「生まれていないもの」とは画中のイメージであるのか、それとも林由紀子さんの中に依拠するイメージなのか。一見混沌と見えるモチーフは凝視していると確かな連環を浮かび上がらせ、丁度、有機物のなかから細胞が生まれる様に、胎内で生命が形作られる様に、見る側に顕現の予感を投げかけてきます。

 林由紀子さんはイラストレーターから銅版画家に転身し、その技法を板東壮一さんに学びました。その当時のことをお聞きすると。

 「イラストレーターと言っても絵も下手でしたし、売れていませんでしたからね。またそれで生活して行こうと言う意思にも欠けていたところがあります。銅版画にはもともと興味があったのですが、現代版画ではなく15世紀から17世紀の古い作品が専らでした。デューラーとかですね。現代美術は苦手で、今もあまり興味がありませんね。でも板東さんの作品を見た時、現代でもこれほど綺麗な版画をつくることが出来るのかと刺激を受け、直ぐに板東さんにコンタクトを取ってみたんですよ。お弟子さんを取らないことは伺っていたので何とかして教えていただけないかと。」

 bandou0001.jpg 坂東壮一「四季・春」

 絵が下手だとおっしゃっていたけれど初期作品を含め基礎は抜群であった気がします。林さんがご自身で創作に足りない何かを指してそう表現したのだと思います。

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 ①「芍薬の庭で」(エングレーヴィング、手彩色)

 坂東さんに学んでいらした頃のことに話が及ぶと頬を綻ばせていらっしゃいました。

 「板東さんは箱根にアトリエをお持ちで、通いでなら手が空いている時に教えて下さると言ってくれたんです。けれど私は運転ができないものですから、電車で自宅から箱根駅まで行って、板東さんが往復を送迎してくださったんです。通う私よりも大変だったと思いますよ。3年ほど通ったんですけど、最初の頃は『嫌になったらいつやめてもいいからね』と口癖のように仰るんですよ。気をつかって通っていると思われてたんですね。さすがに3年も経つと仰らなくなりましたけど。」

 僕は板東壮一さんにはまだお会いしたことがないのですが、作品をみていると緻密で厳格な印象を受けるのでその点をお訊きしました。

 「とても気さくな方で、料理人や家政婦さんにお暇をとらせていた時などは、手ずからお食事を作ってくださいました。うどん作ったけど食べる?なんていう具合に。」

 ykh05083.jpg ykh0584.jpg
 ②「ペルセポネの花と闇」(エングレーヴィング・手彩色)
 ③「わたしのせいじゃない」(エングレーヴィング)

 林さんが板東さんに版画を習い始めようとした時、一番最初に購入したものは版画のプレス機だったそうです。買ったことを板東さんに話すと「えっ?買っちゃったの?気が早すぎるよ」とちょっと呆れ顔でお笑いになられたとか。
 エングレーヴィングは最も古い銅版画技法でビュランという彫刻刀で金属板に直接彫り付けて行くものですが、通常、そのヴュランをそろえることはあってもプレス機を最初に買う人は稀だと思います。高価ですし、保管場所をとりますしね。
 林さんの思い切りの良さに驚くと共に、機が熟すの待っていたところに時が訪れたと言う感じだったのかもしれません。ご本人も「その瞬間を与えられるために存在したのかもしれないという感覚がありました」と話されていました。
 
 ykh0594a.jpg  
 ④「金色ー石楠花の少女」(鉛筆)

 林さんはエングレーヴィングと言う手法に拘りを持つと共に、これを絶やさないためにその魅力のみならず、若い人にも技法を知ってもらうための活動もなさっています。

 「銅版画と言うのはもともとは彫金師が型を残すために拓本のように取っていたものなんです。型見本ですね。それが印刷技術に生かされ、やがてもっと便利な印刷技法が出てくると手間がかかるので職人が減り忘れられかけてしまったんです。私は芸術家ではなく職人としてこの技術を残したいと思っています。現在は職人の地位が低く見られ、賃金的にも安価に押さえられる傾向がありますが、職人の誇りが復権する日が来ることを夢見て、あえて職人と名乗っております。」

 そう話される林さんの瞳は力強く、安易な相槌を許さない言葉を飲み込ませる迫力がありました。
 僕の知人にも箸づくりや簪の工芸品、植木や庭師、大工などの職人がいますが、彼等から「後継者がいなくて良かった。あとを継ぐことの苦しさを味あわせないでよかった」という嘆息を幾度も耳にしました。
 手作業と言うことの意味をもっと理解する人が多くなればそんな嘆きも減るのでしょうが、「人のできることは機械が出来る」「人の手間賃は値切れる」「デジタルは精密で早い」と言う風潮の前では抵抗も無駄なのかもしれません。
 確かにデジタルは早いし正確ですが、それでも僕は手作りの方が好きですけど。もとがアナログな人間なので。時代遅れには時代遅れの良さがある。デジタルは普及型、手作りは一品ものなのです。

 話を元に戻します。
 エッチングではなくエングレーヴィングと言う手法を選んだ動機をお訊きしました。

 「先ず銅版が美しいでしょう?それに直接、手で彫り付けている時の感触は伝わっていると言う実感が強いんですよ。線の浅深を、強弱を自分でコントロールしている。そしてそれらがモノクロで仕上がって来る。濃淡がイメージを構成するんですね。それがとても好きなんです。作品の基本はモノクロです。着色はおまけみたいなものですね。」

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 ④「青いプシュケ」(鉛筆、水彩)
 ⑤「双面の薔薇」(鉛筆、水彩)

 林さんは実際の作品作りの場合にはラフで構図を描いておいて、銅版におおまかな位置を写し取ったら、後はアドリブで動植物を加えて行くのだそうですが、基礎過程でのデッサンを非常に重視なされています。
 特に植物については几帳面なほど細やかに描写されています。
 板東さんから「花を描くなら外から見て描くのではなく、草の中に分け入って描きなさい」と言われたそうです。外観を捉えるのではなく、草花が生きている場所そのものを感じ取るということなのでしょう。林さんの花と同化したかのようなモチーフは生命の一体性を裏付けているのかと思います。
 そしてご自分を植物に例えるなら「蔦」であり、「微かな手がかりがあれば、そこに手をかけて這い上がり広がってゆく、そんな感じがする」と話された時の笑顔が素敵でした。

 蔵書票作品集「プシュケの震える翅」には植物のデッサン画が収録されています。まるで現代のルドゥーテと言える見事さです。是非ともご覧ください。必見の価値があります。

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 ⑥ “ Changeling ” 「学校」(鉛筆、水彩、コラージュ)

 蔵書票のこと、画材のこと、ダリやピカソのデッサンについてなど、まだまだ伺った話は多いのですが、今回はここまでにしておきます。
 現在、蔵書票の依頼は完成まで1年以上待ちになるほどの人気。それが現在のエングレーヴィングの旗手としての実力を表していると言えます。
 僕はその実績や作品の完成度のみならず、30数年間その努力と矜持とを保たれたことを尊敬します。芸術家と奢らず、職人として前を向き続ける林由紀子さんにお会いしてみて改めて強く感じました。


 
 

 
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