スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

事実と嘘

 佳奈ちゃんの夢を見た訳を考えていました。
 空の写真の理由を綴ったその関連で記憶から引き出されたのかとも思いました。
 忘れたことはないけれど、夢に見たことはありませんでした。
 夢に見ると言うことは、忘れるな、思い出せという徴です。だから僕は佳奈ちゃんの夢は見ませんでした。
 僕は佳奈ちゃんが亡くなった日からの歳月を数えることはしません。いつもそこにいるという気がしている。
 だから命日に花を添えたこともほんの数えるほどです。認めたくなかった。その日を記憶から消し去るために。
 曖昧にしておきたかったのです。
 佳奈ちゃんはきっとそれを許してはくれなかったのでしょう。
 そうして考えてきて、愛犬の死と併せて辿りついたのは、「もう時期に来ているのではないか」と言うことです。
 僕は悲歌慷慨を書きたいわけではありませんし、もとより僕には叙事詩を書く才能もありません。
 ただの打ち分け話程度のことです。
 ですから書棚の整理をするように淡々と話をしたいと思っています。

 僕は思春期に4人の少女の死と出会っています。

 人の死は世界に満ち溢れている。それは確かです。
 僕の感情に影響を与えない訃報はもっと多くありましたが、少女たちは僕を少なからず変えてしまいました。
 最初は、僕に犀星の「旅びと」をくれた少女。「室生犀星、或いは、鉛筆」と言う題で思い出話をしたことがあります。
 その死は僕に事実から目を背け嘘の世界に逃げることをさせ、時の埋め合わせをするための課題を出しました。
 入院していた時に知り合った紗枝ちゃんは、時間の流れが人の感情よりもずっと速く、冷酷なものであることを教えてくれました。
 残る二つの死は、高校一年の時、自ら終止符を打ったYさん。
 そして、高校二年の春に知り合った佳奈ちゃん、君です。
 
 君あてにこうして書きはじめるずっと前に、そう僕がブログを書き始めた最初の頃です。「誘蛾灯」という題で繰り返し見ていた夢の話をしました。僕はあの夢を見ると決まって熱を出していたのです。風邪でもないのに。
 それは恐らく僕の呵責から生まれた熱だったと思います。夢を見なくなって呵責がなくなったのかと言えばそうではないでしょう。
 時が記憶を風化させたに過ぎないのです。
 Yさんが自ら命を絶ったと言う報を受けたのは高1の初夏でした。夜の十一時過ぎの電話によって知らされたのです。その時の僕は本当に頭が真っ白になり、受け答えも手短にしかできず、電話も僕のほうから切りました。その対応は葬儀の後で「お前って冷たい奴だよな」と謗り口を叩かれるほどでした。

 僕はお通夜の焼香の後、元担任に「何か思い当たることはないか」と訊かれこう口を滑らせました。
 「僕が先週の末に彼女に会った時は別に不自然さは感じませんでした。」
 それは周囲の人たちにとって取り立てて扱うべき事ではなく、ただ「そうか」という落胆の溜息を落とさせただけでした。
 ここに僕の大きな嘘があります。
 僕のこの嘘が今につながる事実への拘りを生み出すことになりました。

 佳奈ちゃん、君は僕のことを嫌味なほど正直な人だと笑ったことがありましたね。
 「そんなに正直に事実を話していると行き止まりになっちゃうわよ。少しは感情を取り入れて話をしたほうがいい」と。
 そしてこうも言いましたね。
 「人は事実の概要を知りたいのではなく、話す人の感情の脚色を好んでいるの。それからね、気持ちの嘘と同じように、事実の嘘が必要な時もあるのよ。」

 佳奈ちゃん、僕はね、Yさんと最後に会ったのはあの日の前々日だったんです。
 中学卒業式前に東京を離れてすでに千葉に移り住んでいたのですが、その日は久しぶりに小学校や中学校を見てみたくて訪れていたのです。何故そんな気を起こしたのかは今もってわかりません。僕にとって小、中学校時代は決して良いものではなかったし、土地に懐かしさを感じるほどではありませんでした。
 初夏らしい好く晴れていた日だったことを憶えています。
 踏切で遮断機が開くのを待っていた時に背中から声をかけられたのです。
 「T君、久しぶり。何か懐かしい気がする。」
 僕は女の子と話をするのが得意ではなかったし、公道の行掛りとはいえ二人でいることにも耐えられませんでした。
 恐らく頷いただけで返事らしきものはしなかったと思います。
 遮断機は相変わらず耳障りな音を響かせて隣にいる人の声さえ大きめにさせていました。
 「ねえ、ちょっとマックでジュースでも飲まない?私、喉渇いちゃって。」
 僕は彼女の笑顔をこんなに間近で見たことはありませんでした。
 緊張するし、恥ずかしいし、どうして良いかわからなかったのです。
 そして、こう答えました。
 「ごめん、今から修二に会う約束があるから・・・。」
 言葉を濁す様に、ありもしない約束を口実にして。
 彼女は僕の返答に残念がる様子もなく、「そう、それじゃ仕方ないわね」と。
 たったそれだけの筈だったのです。
 日常に事件さえ起こらなければ。

 佳奈ちゃん、僕は君に話しておきますが、僕とYさんは同じ教室で一年間過ごしても直接話をしたのはただ一度だけでした。
 それも会話とは呼べないほどの。
 その彼女がなぜ僕を呼びとめたのでしょう?
 挨拶だけで通り過ぎて行ってくれれば僕はもっと楽だったのに。

 Yさんが僕を呼びとめた理由は分らないし、それに応じたとして結果が変わったのかと言われれば、その仮定自体が無意味です。
 「すべての偶然はすべての必然である。」
 そこには仮定の生じる余地はありません。ありはしないのだけれど、何かをほんの少しでも変えられたかもしれないという後悔は忘れられるものではありません。
 強烈なセンター返しの打球にピッチャーが差し出したグローブが僅かに触れて、その球速と球道を見た目にはわからない程度に変えて長打にしなかったという具合に。
 でもね、起こらなかったことは、後の事実に何ら影響を与えはしないのです。
 ただ個人的な後悔を残すのみです。

 事件のあった数年後、僕は一度だけある人物に告悔をしたことがあります。
 その人はこう答えたのです。

 「それは思い上がりだよ。傲慢と自己満足に過ぎない。自分で悲劇に浸っているだけなんだよ。人は誰も救うことはできない。人を救うのはその人にしかできない事なんだ。自分はその人を救えたはず、力になれたかもしれないという気持ちは確かにあるし、それは認める。けれどね、それでは救うことはできない。最終的に自分を救うのは自分にしかできないことなんだ。人を救えるとしたなら、その人に成り変わるしかない。それは不可能なこと。起こった事実はすべての偶然が積み重なった結果の必然なんだよ。君がもし後悔すべきことがあるとしたなら、それはこれじゃないか。」

 次にその人は核心をつき、痛みを感じさせないくらい僕をl硬直させました。

 「彼女には言い忘れた言葉があった。どんな会話の流れになったか、それは推測しようもないし、問題には影響がない程度の話だったかもしれない。それでも人は言葉を残すために誰かに話しかけているんだよ。君はそれを最初から拒否した。力になれたかもしれない、は詭弁だ。君の後悔の根底は嘘をついてまで拒否したことにある。違うかな。目を逸らした後悔は後悔とは言わない。それは自己弁護だ。罪は自分が生み出している。それを忘れてはいけないよ。」
 
 佳奈ちゃん、僕はその時から話に向き合うための努力をしようと思い始めたのです。
 そして、起こった事実に何かを添えることはあっても、無かったことは書かないと、そう決めたのもこの頃です。

 僕の時間はここにきてようやく動き始めたのかもしれません。
 君に手紙形式で書きはじめようと決めた時に、錆ついていた秒針が動き出したのです。
 正確な時は正確な終りを刻みます。
 君にもう少し近づいて行きます。

 「長くなれば短くなるものは何?」

 謎々の答えは顕かなので。
 短かったものは失くした可能性だけを残します。それは無数の分岐点を持つ果てしない物語です。

 それでは、また。


 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。