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 鈍色の空から降りしきる雨を見ていることしか出来ない僕は、なんて情けない存在なのだろう。そして、雨雲が去り晴れ渡った深い青の奥底を、所在なくただ見上げてその孤独さに声を失くしてしまいます。
 空は僕とは無関係なのだと思い知るのです。

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 君はまだ憶えていますか?僕が空を写していたこと。
 僕は今も空を撮り続けています。
 撮り続けているとは言ってもライフワークと呼べるものでも、確固たる趣味と言えるものでもありません。気が向いた時に見上げた空を写すだけです。
 悲しいとか嬉しいとかそういったものもないし、記念日の空とか、変わった形の雲をコレクションしているとかでもありません。
 思い出した時にカメラを取り出して技術も何もなくシャッターを切るだけの写真です。それが随分な枚数になりました。

 君には話していなかったことがあります。話したくとも話せなかったことです。
 僕が空に向かってシャッターを切り始めた理由です。


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 僕が高校1年の終りに急性肝炎に罹り三学期を棒に振ったことは、前に窪川稲子の「素足の娘」を取り上げた時に書きました。その時の話です。

 外科病棟の西側の病室に「紗枝ちゃん」と言う女の子がいました。
 みんながそう呼んでいたので自然と僕もそう呼ぶようになりました。
 僕と同じ高校一年生でした。
 彼女に会ったのは入院棟にある談話室です。
 そこには雑誌が何種類か置いてあったので、手持ちの本に読み飽きた僕は時間つぶしのためにそこへ向かいました。整理されることもないのだろう本棚は思い思いの向きで雑誌が突っ込まれていて、そのどれもが興味を持てそうにない女性週刊誌や芸能雑誌でした。それと病院内での生活マニュアル。
 窓際の席でため息をついて「さあて、どうするかな」と独り言を呟いた僕に、「勉強すれば?」と声をかけてきたのが彼女でした。
 見れば彼女は数学の参考書と教科書、学校で出されたプリントを挟んだバインダーを持っていました。
 「はっ?勉強?」
 「高校生ですよね?」と彼女は僕のテーブルの前に来て、置いてあった椅子をくるりと反対側にし僕と向き合う形で腰かけました。
 「なれなれしくてごめんなさい。入院が長いと退屈過ぎてこうなっちゃうみたいなんです。周りのおばあちゃんたちの影響かも。あの人たちは社交的だから。」
 そう言って彼女は一方的に自己紹介をして、同じものを僕に強要してきました。僕はちょっと面倒だなとは思ったけれど、無視して立ち去る意気地がなかったものですから、リクエストに応えて当たらず障らずの自己紹介をしました。
 「ここって高齢者ばかりですよね。どこの病院もそんなものかな?同じ年代の人って貴重なんですよ。」
 それから彼女は僕に相槌を打たせる役を割り振ってくれたので、大人しく聞いているだけで済んだのはそれなりの気遣いだったのでしょう。
 入院生活が長いと社交的になるか否かは僕にはわからなかったけれど、彼女の積極性は恐らくそれとは無関係なのだろうと思えました。

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 毎日ではないけれどそれから彼女は僕の病室まで来るようになりました。
 「この個室、広いね。寂しいだろうから、私が机を借りてあげるね。」
 確か最初の訪問の時にそんなようなことを言っていた気がします。
 彼女の部屋も個室だったのですけどね・・・。
 僕が籍を置いていたクラスは世話好きな人が多かったようで、話もしたことのない(失礼なことに名前も憶えていなかったクラスメイトたち)が毎週末になると見舞いに来てくれました。あげくには単科を担当するだけの教師まで。
 そういうことで僕の静かであろうはずの入院生活は思いのほか賑やかだったのです。そして更にそこへ紗枝ちゃんが加わったのですから平日もおしゃべりの時間に包まれてしまいました。
 嘘と空想が好きだった僕にとってベッドにいる時間はこの上もなく贅沢な心地よいものであったのですが、どうやらその趣味を生かすのは自宅以外にはなくなったのです。
 確かに病院は彼女の言うとおりに社交の場でした。
 僕の入院生活も終り、通院を残すのみとなった後、今度は僕が見舞客になりました。診察日と週末の。

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 銀杏が散り始めたある日、それは前のお見舞いからひと月ほど空いていて「もしかしたら退院したかも」と言う思いを秘めた訪問でした。
 ナースセンターに顔を出すと婦長さんが「久しぶりね。お見舞いでしょ。ちょっと待っててね、確認を取るから」と僕を待たせました。
 待つなんてことは初めてだったので「システムが変わったのか」とも思いました。
 その間はほんの一分くらいでしょうけど「いいみたいよ。どうぞ、XXX号室ね。」
 僕は言われた病室のドアをノックし返答を待って入りました。
 眩しさを遮るためかアイボリー色のカーテンがひかれた病室内は穏やかな波の裡にいるように見えました。
 「お久しぶり。クラムボンが笑っているような病室だね。」
 僕がそういうと紗枝ちゃんは「青くないけど水の中みたいでしょう?」と答えました。
 彼女はこの日までの間が空いた理由を少しも尋ねはしませんでしたから、僕も無駄な言い訳をせずに済みました。
 「この次の週末にしよう」が続いただけだったので。
 けれど顔色に温かみが射して見えたのは、閉じられたカーテンのおかげであることに僕が気づくのにそう時間を必要とはしませんでした。それは眩しさを遮るためではなく、彼女の顔色にお化粧をほどこすためだったのです。
 僕の表情を読み取ったのか彼女はこう言いました。
 「姉さん、窓を開けてほしいのだけれど?」
 ベッドから離れたもう片方の隅に椅子を置いて坐っていた女性に彼女が声をかけたのです。
 そこで僕は初めて他に人がいることに気付いたのでした。
 不躾を詫び、改めて自己紹介をしている僕を彼女は笑顔で見ていました。

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 「好い風ね。天神峠の風みたい。」
 「天神峠?谷川岳の?」
 「うん、中学生になる前に姉さんと登ったのよ。山開きのすぐ後だったかな。強い日差しと冷たい風。トマの耳まで行きたかったけど登山をする服装じゃなかったから諦めたの。今思えばスカートでも無理して登れば良かった。見たかったな、空。Tくん、登ったことあるんだ?」
 「うん、山登りは好きだから。」
 「いいな、好きなことがあるって。好きって言えるっていいね。これからもずっとそうしていられるもの。私はどうしても過去形になっちゃうから、もう一度って言えないの。」
 僕は無言でそれを聞いていました。
 すると彼女は「良くなったら登れるよとか、連れて行ってあげるよって言わないのね、Tくん」と可笑しそうに言いました。
 僕は何と言えば良いのか言葉を見つけられなかったのです。
 「大丈夫」も、「いつかきっと」も、嘘にしかならない。それは確信に近かったので。
 「わかってる」と彼女は呟きました。
 一瞬泣いているのかと思いましたが、そんなことはなく、紗枝ちゃんはいたって冷静に窓の外を見ていました。
 「私、病室の天井を見て死んじゃうのは嫌だな。曇り空も嫌。青い空の下で。そうね、雲がひとつもない空は見ていると不安になるから、ぽっかりと真っ白な、大きな雲が浮かんでいる空の下がいいな。良く晴れた空の下。」
 「僕も雲のない空は苦手だな。寝転んでそんな空を見ていると眩暈がしてきて、空に向かって落ちていくような気がする。雲があると安心するんだよね。」
 「雲は見上げている人をひとりにしないのよ。特別なことがあっても空は知らん顔。すまし顔で私たちを見下ろしているの。小さい、小さいってね。齷齪している私たちを笑っているのかもね。雲は面白い顔や美味しそうな形をして私たちを楽しませるのよ。手品師かピエロみたいに。雲は空をひとりにしないように、私たちを置き去りにしないように仲を取り持っているのね。でもたまに雲も怒っちゃうことがあるんだけど。人間が勝手なことばかりしているから。私、そう思うの。」
 僕はやはりそれに追従する言葉さえ見つけられませんでした。
 彼女は会話をちょっと休めてから大息をひとつついてこう言いました。
 「空を憶えていられるかな?生まれた日の朝、幼稚園の入園式の朝、初めての遠足でみた高尾山の空、修学旅行の清水寺から見た空、その他いつも私のうえにあった空を、憶えていたいな、ずっと、憶えていたいの。何で空を残しておかなかったかしら。無駄だって知ってても、ハイジのようにバケツにアルムのお日様を閉じ込める気持ちがあればよかったのに。」
 
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 それが僕と彼女が会話をした最後の日になりました。
 次の週末を待たずに彼女のお姉さんから家に電話が入りました。
 紗枝ちゃんの日記に僕の電話番号が記載してあり、終わりの頁に「姉さん、伝えてね。間違ってお見舞いに来ちゃうとTくんが悲しむから」と書かれていたとのことでした。

 僕は自分のカメラを手にしてから空を写すことにしたのです。
 それは本当に当たり前の普段通りの日々で、特別な日に見上げた空ではなく、シャッターを切ることで特別になった空なのです。

 僕の空の話はこれでお終いです。

 それでは、また。
 
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はじめまして

実話なのか創作なのか、あるいは両方なのかは知りませんが、切ない話ですね。

それは本当に当たり前の普段通りの日々で、特別な日に見上げた空ではなく、シャッターを切ることで特別になった空なのです。

読み終えて、窓から空を見上げてみました。当たり前ですが、・・・・・ただの空でした。

もう一度見てみたら、そうしたら「・・・・・Tくん、ありがとう」と言っているように見えました。

はたして誰の声だったか・・・・・


忠 様

ご訪問、並びに、コメントに感謝申し上げます。

> 実話なのか創作なのか、あるいは両方なのかは知りませんが、切ない話ですね。

実話か創作かと言われればただ一点を除いて実話です。
彼女の名前だけ仮名にしてあります。
そうしたのは彼女のプライバシーに対してではなく、僕の負い目からくるものですけど。

> それは本当に当たり前の普段通りの日々で、特別な日に見上げた空ではなく、シャッターを切ることで特別になった空なのです。
>
> 読み終えて、窓から空を見上げてみました。当たり前ですが、・・・・・ただの空でした。
>
> もう一度見てみたら、そうしたら「・・・・・Tくん、ありがとう」と言っているように見えました。
>
> はたして誰の声だったか・・・・・

もしそういう声をお聞きになられたのなら、それは僕にとって幾許かの救いになります。
もっとお見舞いに行って他愛無い話をすれば良かったと後悔がずっと残ります。
僕は彼女の命がそんなに急ぎ足で過ぎて行っているとは思わなかったので。
同じことを何度も繰り返し、同じような後悔を重ねる生き方しか僕にはできないのでしょう、馬鹿だから。

忠様、つまらない僕の日常の話しかありませんが、またお時間がある時にお立ち寄りくだされば光栄です。
本当に有難うございました。

No title

ご無沙汰してしまって
今夜、彼岸花から空までぢっと拝読しました。
たまらない思いでいます。

偶々ぼくも今日、生死にかんする日記を書いたのです。
どうもさいきん、ぼくの周りにもそういう匂いがしています。
気づけば死を思います。
今月、父の三回忌があったせいもあるのでしょうけれど。
死を思うのと同じ時間、生を思っていると感じます。
otosimonoさんも、彼女たちの死を思いながら
生を痛いほど思っておられるのだとかんがえると
涙がでます。


愛犬ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

偕誠 様

> ご無沙汰してしまって
> 今夜、彼岸花から空までぢっと拝読しました。

 長い長い駄文にお目を通していただき感謝致します。
 書くことの思いは何かが何かを誘う連想ゲームのように続いてやって来てしまうようです。
 
> 偶々ぼくも今日、生死にかんする日記を書いたのです。
> どうもさいきん、ぼくの周りにもそういう匂いがしています。
> 気づけば死を思います。
> 今月、父の三回忌があったせいもあるのでしょうけれど。
> 死を思うのと同じ時間、生を思っていると感じます。

 ご尊父様の法事を営まれたのですね。法事と言うのは厳粛な気がします。祈るのは亡くなった人のため、生残った我々のため、その感謝を伝えるためのものなのでしょう。

> otosimonoさんも、彼女たちの死を思いながら
> 生を痛いほど思っておられるのだとかんがえると
> 涙がでます。

 予感される死を見守ることも、突然に晒される死も、その訪れは等しく唐突で、残された人を打ちのめします。
 生かされた人に許されているのは感情によってその死の印象を変えてしまえるということ。それをプラスに生かすか、マイナスに引きずるのか、僕はどうやら後者に属するようです。

> 愛犬ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

 老犬とはいえその数時間前まで元気だったので、今も残留痛覚のように感触が残ります。もっとしてあげられることはあった。その後悔もいつも通りに僕を埋めていきます。

 偕誠さん、ありがとうございます。
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otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

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