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善知鳥 ~おまけ~

 佐藤米次郎さんの「善知鳥物語」の豆本です。

*佐藤米次郎(1915~2001):青森県出身の版画家。版画を用いた蔵書票が有名。私家版「童謡版画集」、童謡集「耳のそこの魚」(挿絵)などあり。

善知鳥(豆本) 署名・落款

 この豆本の原画は、昭和38年、昭和天皇皇后の青森県行幸の際に座所に飾られており、後に献上されたものです。

≪物 語≫(原文通り)

 善知鳥中納言安方は罪もないのに時の帝に讒訴されて、父は北、子は南に配流された。
 父、安方は幾山河辿りついたところが北国の淋しい一漁村。名もないこの村の人々は沖で働き、時化の時は近くの山へ狩りにでた。
 安方はマタギとなり赦免の日を待っていたが、暇をみては天災に苦しむ村人に農林、漁業のことや読み書き学問を教えたので、村人は安方を心から尊敬した。
 しかし、何時まで待っても赦されず、別れた子に会う望みも消え、そして、一寸の病がもとで安方はこの世を去った。
 村人は安方の霊を美しい村のほとりに弔った。
 不思議やこの日から雄は「ウトウ」、雌は「ヤスカタ」と悲しく鳴く鳥が飛んできた。
 ところがある人が、あやまって雄を射殺したら、海山荒れ、人々は安方の祟りとおそれた。
 雄鳥を祠にまつると海山は美しく輝き、村に幸がつづいた。
 青森市はこの祠を中心に栄え、今は善知鳥神社と呼び市の神として鎮座す。

 善知鳥物語 善知鳥物語

 烏頭(善知鳥)安方は允恭天皇に勅勘を蒙って東北の地に配流になったとの伝書があるようです。
 善知鳥神社の由緒書きによると「第十九代允恭天皇(いんぎょうてんのう)の御世に日本の国の総主祭神である天照坐皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)の御子の三女神を、善知鳥中納言安方が此の北国の夷人山海の悪鬼を誅罰平定して此の地を治め、その神願霊現あらたかな神々を祭った事に由来している」とあります。
 また一部には、善知鳥は「善知鳥の前」という安方の後妻の名で、生神として祀られた女性という説もあるようです。
 青森の名の由来については、1624年(寛永元年)に津軽藩命により善知鳥村から青森村へ改称され、開港事業が行われたのが青森市の発祥とされています。
 
 

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