野溝七生子「山梔」

 少女小説が初めて登場したのは、明治28年9月号の「少年世界」に掲載された若松賤子の作品である言われています。それまでは少年と少女の別は設けられていませんでした。この号において「少女欄」が設置され、愛国婦人教育のための啓蒙の一環として作品が書かれたようです。富国強兵政策と婦人道徳という社会背景が強く反映された結果とも言えます。
 そして明治35年には「少女界」が創刊され、以後、少女小説という独特の分野が流行していきます。
 明治以降現在まで、吉屋信子、江間章子、森田たま、横山美智子、松田瓊子、円地文子、堀寿子など数多くの少女小説作家が生まれ、川端康成、菊池寛、山本周五郎、吉川英治、檀一雄らも一時期は精力的にこれを手掛けていました。その中でも一際異彩を放っている作家が野溝七生子です。

 野溝七生子は、1897年(明治30年)に姫路で生まれ、1987年(昭和62年)に西多摩郡にある仁友病院で急性心不全により亡くなっています。
 26歳の時に懸賞小説に応募し、それが徳田秋声、田山花袋、島崎藤村らに認められ文壇に処女作「山梔」を飾りました。
 その物語の骨子は彼女が受けた父親からの虐待と家父長制度、男性優位社会に対するレジスタンスです。

 七生子の父親は陸軍士官であり、徹底した利己主義、かつ、封建的道徳に基づく厳格な質で、女性蔑視、効率優先、そして、体罰主義者であったらしく、作中において七生子は父親を次のように描写しています。

…人間としての彼は、しかしどう考えても不具者であつた。彼は所有することを知つて、愛することを知らなかった。欲するものは何をでもつかみ取つた。だがすぐにまた捨てた。生活は放縦になるだけなつていつた。気まぐれで怒りつぽくて、傲慢で自信強い虚栄家であつた。…

 さらに「悪魔の友達のような男」であり、自分の不幸の原因はすべて「他人の故」だと思い、従って自身を顧みて煩悶するようなことは一切しなかった人間であったと続けています。
 しかしながら七生子の父親の本当の不幸は、彼自身が幼少時に継母から受けた虐待が原因であったことにあります。心の裡に形成された子供たちへの体罰の衝動は、彼自身が受けた虐待の体験から引き継がれた報復的な心裡行動であったことです。
 その折檻は常軌を逸したものであり、彼の妻、つまり七生子の母親は子供たちを守るために自分が鬼になることを決断せざるを得なかったほどでした。

…父が、子供を折檻するのは、自分が打たれるよりももつと我慢がならないと母は云つた。
 母の躾が悪いから、父が打たなければならないような子供ができあがるのだと父が云つた。
 以後は、折檻の必要がある場合には、自分でする、決して父の手を煩はしたくないと母が云つた。そして、その聲がどんなに傷ましかつたか。…

 母親は父親の手から敏捷に子供を奪い、自分の手で父親が納得のいくような折檻を加える道を選んだのです。それが子供たちを守る唯一の術だと思えたのです。
 父の暴力から我が子を守るために鬼になる母、その母を憎む子、そして母を憎ませるように仕向けた父への更なる憎悪。
 このような家庭環境は夫婦や家庭というものに対する概念を屈折させるに十分過ぎました。
 野溝七生子が生涯を独身で通し、晩年は家さえもたず新橋の第一ホテルに居住し文学研究に没頭した理由もそこに帰結するものではなかったかという気がします。

 「山梔」(春秋社、大正15年初版)

 RIMG0164.jpg 

…「母さん、緑ちゃん、助けて頂戴。」
 と咽喉の引き裂けそうな聲を上げたが答える者はいなかつた。
 子供は時々歔欷りあげては何かを考えようとした。長い間かかつて小さい、可哀そうな頭で一生懸命考えたことは死ぬことであつた。面當に死ぬことであつた。…

 主人公の名は「阿字子」。
 幼い彼女はある夕ぐれ、母親のために美しく香る山梔の花を手折ろうと懸命に手を伸ばしていました。届かなくとも精一杯に。すると、背後からそっと抱き上げてくれた人がおり、振り向くと怜悧な双眸をもった美しい少女がいました。
 これが「調」との邂逅の瞬間です。
 物語前半において調は非常に重要な役割を担います。阿字子に女性の置かれた立場、自由意志の大切さと儚さ、抗うべきものの存在について気づかせて行きます。

 阿字子に自身の過去や未来を重ね合わせていた調は、自分の置かれた抗えない運命を確信してこう話しかけます。

…誰もが、私を意地悪だと知らないほど、私は意地悪なんだから、誰にも云つちやいけないことよ。あなたに知られたことは我慢するわ、どうせあなたも今に意地悪になるにきまつているんですもの。母さんのために私に憤つたあなたは、好い子よ。ずいぶん好い子だわ。でも、いまにあなたは、私のために・・・あなたの為に・・・きつと母さんに憤るときが來ることよ。そして阿字ちやんは少しづつとられて行くんだわ。ずいぶん悲しいことだけど仕方ないことよ。…

 ここに言う「とられて行く」とは紛れもなく女性としての自由意志と可能性のことです。進路、嗜好、恋愛を含めて。
 阿字子は、自分や姉の「緑」、調が見ていた理想を、好いものだけを素直に吸収して行く妹の「空」の純粋さの中に見出します。そして自分自身を顧みてこう呟くのです。

…私は、もう駄目だ。汚れてしまつてゐる。人間は、どうして生まれたままの魂を持ち続けてゆくことが出來ないのか。もし、悪いことを知つても、知つたということに止めておけば好いのではないのか。知つたということが、行つたということになるほど、人間は、悪いことを行おうとしてゐる。こうして悪い意志ばかりが、どんどん殖え充ちて行くのだ。…

 阿字子は理不尽に自由意志を棄てさせられる女性たちを見送りながら、自分だけは流されまいという信念を持ち続けます。そして、自分が置かれた環境に抗うためにはその庇護の許にあるべきではないと決意し、独立して生活することを選択します。つまり父に対抗するためには一切その世話になるべきではないと。

 成長してゆく阿字子は様々な出会いと別れを繰り返し、自身が抗うべきものの正体を突き止めて行くのです。
 「家長」という地位を失った父に対する憐憫は阿字子に家族愛を喚起させ、反して、敬愛していた兄が地位を得ることによって変貌する様に「家」という呪縛を更に憎むようにもなります。 
 性別を問わず自由意志に基づいて生きられる幸福を追求する阿字子の姿は、傷つき心を閉ざして行く闘いの過程を描きだします。そして彼女が真に自由に生きるためには孤独にならざるをえなかった結末を突きつけてくるのです。 

 「山梔」を書いた26歳当時の七生子、また、少女時代の彼女は何に憧れ、何を求めていたのか、この作品はその生い立ちを吐露しただけではなく、その時代に置かれた多感な少女の心理を巧みに描いた少女文学の稀有な結晶です。
 この作品をお読みになる時には、登場人物の名前にも注意を払って読んでみてください。伝わってくると思います。
 風にそよぐ優しさと動きの象徴としての「緑」。調和、調えるという以外に伝えるという意味をもつ「調」。すべてを受け入れる無垢を示す「空」。そして、五十音の最初の文字に込められた先駆者としての「阿字子」。その他の人物の名前にも名付けられた理由が存在しているのです。それらの解釈は作者以外には「正解」というものはないでしょう。けれど推測して行くという大切さが必ずあるのです。

 「山梔」は大変面白いのですが、小説として読み切るには非常にエネルギーを必要とする作品です。
 僕としては、佐香厚子さんか、萩尾望都さんがコミカラズしてくれたなら良いなと思っているのですが難しいでしょうね。

 RIMG0166.jpg 扉・奥付


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