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暑中見舞い

 書棚を整理していて昔の暑中見舞いを見つけました。
 松原一枝の小説の間に挟まれていたのです。
 日に当たらなかったせいなのか、それとも葉書というものは変色しにくいのか、それはつい先日届いたような真新しいものに見えました。
 日付をみると昭和61年。切手の部分には、ほおずきが印刷されています。既に29年もの歳月が流れていました。
 本に挟まれていたために残ったのですね。僕は本を棄てることはないから。

 そういえば僕は筆不精で、随分と迷惑をかけた記憶があります。
 筆不精と言うより、返信不精と言ったほうがいいですね。
 期日までに返信をしないのが当たり前になっていました。
 特に学生の頃は顕著で。

 葉書を裏返すと、団扇を持った女の子と金魚鉢に手を掛けている仔猫が水彩で描かれています。
 そして、右上に大きく夏と墨書された字の下に「9月が楽しみですね」と書かれていました。
 君の字はこんなにも細かったでしょうか。懐かしさよりも驚きが先に立って指をなぞらせました。
 更には、ここに書かれている「9月」に僕は覚えがありません。
 9月になにか楽しみにすることがあったのでしょうか。
 手に持った葉書を眺めていても一向に思い当たらないのです。
 思い出せない。
 君はまだ憶えていますか。
 こんなにも新しい感じがするのに、それは遠すぎて、今の僕ではその記憶に手が届かないのです。
 
 昨日のことになりますが、弁護士をしている知人に会いに銀座へ出向きました。お昼をちょっと過ぎたあたりでした。
 何かを食べようということになったのですが、彼は暑気払いには鰻が一番だと譲らないので、仕方なくそれに従いました。
 僕はもっとさっぱりとしたものが良かったのですけど。
 ちょうど通り際に「登亭」がありましたので、歩き回るのも面倒だったのでそこへ入りました。
 登亭も随分と変わったなと入り口でちょっと躊躇していたら、彼が背中を小突いたので、その勢いで中へ。
 僕がこのお店に最後に入ったのは恐らく二十歳代の終りくらいだったでしょう。縁遠いお店であることは事実です。
 ですから、昔通りの味かどうかは全くわかりません。けれど、甘さを抑えたタレのかかった鰻は柔らかく、食欲がわかなかった僕でもサラリと食べられました。
 食事の後、東銀座駅への道すがら、彼がこんなことを口にしました。
 「なあ、おまえが今でも雑誌の記事を書いていたとしたらどういう風に書くんだ?やっぱり褒めたりなんかしないんだろうな。」
 そう言われて、あの頃は何を食べても美味しいなんて書かなかったなと思い出しました。どんな料理を食べても満足できなかったのです。
 でも、満足できなかったのは恐らく料理のせいではないのです。
 僕自身が飢えていたのです。僕のイメージと合致するものの存在に。好くも悪くも「こうあるべき。こうでなくてはならない」と、そういったイメージを現実において満たしてくれるものを信じていたのですね。イメージに貪欲だった時代、遥かに忘れてしまった感覚です。

 今日はね、夕方から、ういろうを作ってみました。
 上新粉をお湯でこねてから蒸し、それに滑らかな蜜状になるまで溶かした黒砂糖をよく練り込んでから再度蒸しあげます。冷ましてから長方形に切り、お皿の上に並べたら完成。簡単に見える和菓子なのですが意外に手間と時間がかかるのです。
 飲み物は水出しで作った冷し緑茶です。
 先ほどそれを食べている時、君に暑中見舞いを書いてみようかと、不図思いましたが、僕はやはりペンを持つことはしないでしょう。

 家の壁に飛びついた蝉が鳴きだしました。
 玄関のあかりを昼と間違えたか、それとも承知の上か、それは僕には測れません。
 夜蝉の鳴く声は麗しいと詠った詩人は誰でしたか。
 思い出せない記憶ばかりが積もります。

 隅田川の花火大会が終わっても、夏はまだ始まったばかり、続いて行きます。くれぐれも暑さを見くびらないようにしてください。

 それでは、また。
 

 RIMG0135.jpg

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テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

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No title

ああ、うなぎが食べたい!!
今年はまだたべてません・・・うらやましいです。

イメージにがんじがらめになっていたころを思い出しました。
世界はこうあるべき、という大胆な若さ。
思い出して恥ずかしくもあり、いとおしくもあり。

手作りのういろうとは、すごいですね。
おいしそうです^^

偕誠 様

うなぎも高価になってきましたね。
昔も特別なことでもなければ食べられませんでしたけど、それでも奮発して食べに行く気にはなったものです。
ですが今は財布の中身を考えると割に合わないと言うか・・・。
足が遠のくことによってうなぎの保護に役立てばよいのですがそう単純なものではなさそうです。
路面店が高価に思えるならスーパーや通販で安く大量に販売しようという動きは活発さを増しているようです。
そうして実際に食される数よりも消費期限切れで廃棄されるもののほうが増えて行く実情は酷くなるばかり。
「うわぁ、うなぎだ」って食べられる喜びを特別に感じられた時代が、日常食のように当たり前に食べられるようになった今よりも幸せが多かったのだと気付ければいいだけの話なんですけどね。僕を含めて。
飽食は、きっと「放食」なのです。
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