雨の日のお片付け。

 普段は開かない引き出しの中を少しだけ片づけていたら、高校時代の雑記帳が出て来たので、そこからひとつ取り出してみました。


 不器用な私は、いつまでたっても片付けるのがうまくならない。
 本当はいらないものばかり。
 なのに捨てられないまま棚の中に置き去られてゆくものたち。

 勉強の合間に、
 背を伸ばした折に、
 時間を持て余した時に、
 指にあたったものを拾い上げては、
 頼りない記憶をたぐってみる。

 これは、
 あの人が読んでいた鴎外の小説。
 これは、
 好きだった先輩が忘れて行った消しゴム。
 これは、
 パパとママと初めていった海でひろったガラス玉。
 これは、
 修学旅行で買った、友達とお揃いのカラス天狗のマグカップ。
 これは、
 知らない男の子からもらった誕生祝(バースデー)の趣味の合わないオルゴール。
 これは、
 あの子が壊してしまった目覚まし時計のマスコット。
 これは、 
 クリスマスケーキについていたサンタクロースのお人形。
 これは、
 これは・・・
 えーと、 
 何だったかしら。

 思い出せないけどすてられないもの。

 あれもこれも、
 たぶん、
 きっと、
 何かわけがあるものたち。
 私が忘れてしまっただけで。

 時の砂の堆積のなかで意味を失って行く栞たち。
 この子たちは「いつか」をじっと待っている。
 「私の記憶」がなくなる日まで。

 「ねえ、こんなもの出て来たけどどうするの?」
 「んー、どれどれ。あー、これかぁ。捨てちゃっていいよ。」
 「お母さん、こんなものどうして残していたのかしらね。」
 「たんに捨てられなかっただけじゃないの?」
 
 そうして、
 ようやく解放されて眠りにつけるものたち。
 もはや物語ることもなく。
 思い出されることもなく。

 ごめんね。
 私がもっていたばかりに眠らせてあげられなくて。
 ごめんね。
 これでやっと帰れるね。
 ごめんね。
 これで一緒に帰れるね。
 ごめんね。

 
 高校2年のとき、後輩の女の子に頼まれて作った曲の歌詞です。
 僕にもこういう少女趣味的な時代があったんですよね。
 内容はまるっきり出鱈目で支離滅裂ですけど。
 確かタイトルは「化石の部屋」か、「記憶の栞」だったかな?
 手元にある僕のノートにはタイトルが書かれていないんですよ。
 ピタっと来るものがなくて、渡す時にいい加減に書きいれた気がするんですよね。ちゃんと付けたのかさえ怪しい。おまかせの可能性大。

 思い出の品ってね、本当にいらないものばかりなんですよ。
 ごくごく一部の特別なものを除いてね。
 それらの多くはお土産とか、拾ったものとか、お祝いの品とか、中には誰かの忘れ物なんていうのもありますね。
 借りっぱなしになっているものもあるかもしれません。
 それらを「いらないもの」と言ったら語弊がありますが、時間が経つと不必要なものばかりなんですよね。
 その場の盛り上がりだけで買ってしまったものとか多いですし。
 でね、いらないと思っていたある日、急に気が付くのです。
 その不必要なものが自分の隙間を埋めていたことに。
 人は時間の隙間を埋めるものを集めながら生きているのです。
 さらに言えば、思い出の品ってどんなにつまらないものでも当人は憶えているものです。
 キャラメルの包み紙だって。
 忘れないんですよ。他人には限りなくゴミみたいなものでも。
 けれども、忘れたふりをしたいものもあるんです。ずっと忘れてしまったままにしておきたいものが、ね。
 そして、その持ち主がいなくなり、すべてのエピソードが無に還る時になって、ようやく本当の「不用品」になるのです。
 それまでは誰も手にとらなくても、彼等はずっと勤めを果たし続けているのです。
 思い出してくれる当ても、気づいてくれる確証も彼等には必要のないことなのです。
 だから、捨てる前には「ご苦労様」と言ってあげてくださいね。
 
 この歌詞はこれで全部なのですけど、渡した後の後輩との会話を思い出しました。

 「せんぱーい、これって2番はないんですか?」
 「ないよ。」
 「えー、どうしてです?」
 「だって、捨てられちゃったし。」
 ・・・(間)・・・
 「拾ってくればいいじゃないですか。もったいないですし。」
 「・ ・ ・ 。」

 雨の日に身の回りの整理をしていると余計なものを見つけ出してしまいますね。
 蛇足ですが、この曲の歌い出しは、確か、Fmaj7 だった気がします。

 718.jpg

 写真は、今日の僕のランチです。


 
 

 
 
 
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ジャンル : 日記

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コメントさせていただいたつもりで、できてませんでした。

手術がつづいたようで、心配しています。
夏もはじまったようですので、くれぐれもご自愛ください。

ぼくは幼いころから引っ越しばかりだったので
「棄てる」ことをなかば強制的に教わりました。
棄てないと、持っていけないということを。
人はみんな、背中にリュックか何かをしょって
取捨選択しながら生きているのだと思うのはそのせいかもしれません。
最後の地で、リュックをおろしたときに
そこに何がはいっているのか、楽しみでもあります。

おしゃれで、おいしそうなランチですね。

偕誠 様

コメント、ありがとうございます。

>ぼくは幼いころから引っ越しばかりだったので
>「棄てる」ことをなかば強制的に教わりました。
>棄てないと、持っていけないということを。

父が会社を倒産させて家族が離散した後、僕は家族と家庭というものを知らずに育ちました。
本当は僕自身の小さな頃の思い出の品なんて何一つ有りはしないのです。大部分が新しいものたちです。
ですから、思い出の品物というものにあこがれがあるのでしょうね。
記憶とか思い出というものに日記が捕らわれているのもそういうことなのです。
残されているノートだけが恐らく僕の「確かさ」なのだと思います。

> 人はみんな、背中にリュックか何かをしょって
> 取捨選択しながら生きているのだと思うのはそのせいかもしれません。
> 最後の地で、リュックをおろしたときに
> そこに何がはいっているのか、楽しみでもあります。

「人生ってね、バックパックひとつでする旅行なんだよ」と僕の知っていた少女が言っていました。
そんな小さなものを、と思うかもしれませんけど、思い出なんて云う頼りなく、かつ、すごく微細なものでは、僕の一生を費やしてもその小さなバックパックさえ膨れさせることができないかもしれません。
だから留めることに執着するのです。
僕がそのことに気づいたのは、彼女が僕の前から去って遥かな時を過ごした後です。

> おしゃれで、おいしそうなランチですね。

料理は好きなんです。
時間がちょっとあれば簡単なお菓子を焼いて休み時間にしたりします。
ただここ最近は体調が良くないので、食べる量も少なくなりました。
それでも、僕の大切な息抜き時間のひとつです。
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全く役に立たない独り言です。

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