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野分~九月を待たずに。

 君の町では台風の被害はありませんか。
 十分に注意してくださいね。

 台風はゆっくりとした足取りで西日本を縦断するように日本海に向けて進行しています。
 その影響か湿度の高い強い風が薄気味悪くここを吹き抜けて行きます。
 野分。二百十日と呼ぶにはひと月以上も早いですが、この風は草を分けて吹くには充分な強さがありますね。
 その強風の中でも小雀は道を見失うことなく日常を過ごしていますし、揚羽蝶でさえ花から花への移動を繰り返しています。
 星座に星座の道があれば、鳥には鳥の道がありますね。
 彼等自身ではそれを見失いません。人が害悪を与えなければ、ね。
 なのに僕の道は些細な風に煽られただけで縒れてしまい、煽られるように流され行き、着いた先で途方に暮れることのほうが多いようです。
 あまりに情けないですがそれでも道程は刻まれ、過去は地続きで明日へ向かいます。

 君に話しておくのを忘れましたが4度目の手術を行いました。先回からそれほど日にちは空いていなかったのですが、「直ぐにでも」という医者の強い勧めがあったので仕方なく。
 
 君にも覚えがあるのでしょうか(できればないほうが好ましいですけど)。
 全身麻酔から覚めた時の喉がひり付く感じと寝過ぎた後のチクリと後頭部を走る頭痛。
 名前を呼ばれ、手術が終わったことを告げられ、「大丈夫ですか。今から病室に戻りますよ」と大きめの声で話しかける看護師さんの声。
 無難に歩くことさえ儘ならないはずなのに、起き上がれば身を起こせそうな中途半端な全身の怠さ。
 そのベッドに乗せられ病室に運ばれる途中、はっきりと蜩の声を聞きました。
 「夏が来た。」
 僕のなかで季節が弾けた気がしました。
 つい一昨日のことになります。

 夜の病棟は眠りの静けさとは無縁です。
 途切れることなく鳴り続けるナースコール、架台を転がす音、器具の触れ合う音、忙しなく行きかう靴音、他の患者の鼾や寝言、歯ぎしり、呻き声。
 ここでは誰もが助けを求めています。
 昼間の病室のほうがどんなに落ち着くでしょう。

 ロビーで誰かが話しています。
 「この目が痛くて痛くて、何でも圧力がかかって、それを直すには片方の目を取り出すしかないんですよ。」
 「まあ、それはそれはお気の毒に。今は痛みは?」
 「先生の処置のおかげで一時的にはよくなっているけど、手術は避けられないみたい。」
 「そうなの、それは災難ね。でも、あなたはまだよいほうよ。片方でも見える目があるんですもの。私は交感性眼炎でいずれ両方ともダメになっちゃうんですもの。」
 「見えなくなるのは怖いですわね。」
 どちららも慰めて欲しいわけではないはずで、自分は重症なのだと相手に宣言したいだけなんですよ。
 不安だから。
 そんな穏やかな対立がそこかしこで繰り広げられています。

 僕はそうした皆が起きている時間に眠り、皆が呻き声をあげる時間に心を冷たくして夜が明けるのを待っているのです。
 「殺してくれ!死なせてくれ!」と悲鳴が聞こえました。
 痛みに耐えられない。耐えているより死ぬ方がましだというのは、珍しい事象ではないのです、ここでは。
 そのリクエストに応えられることは、消極的な死を迎える患者の数に比べて極めて稀なのでしょうけど。
 医には二つの道があるはずのなのですが、生きるのは義務であることが先行します。そして、それは原則として正しいのです。
 生かされることは罰でもあるのですから。

 ねえ、君。
 夜の病棟に美しいものは存在していると思いますか。
 軽重様々な疾患を抱えた世界に、優しい美しさはあるのでしょうか。
 僕にはね、そんなものは見つけられません。
 僕は、被せられた蓋の重さや押し込まれる隙間の狭さばかりを嘆いているんですよ。
 そして、その苦痛は僕の自意識の象徴でもあるのです。
 病そのものが僕の自意識であり、存在であるとも言えます。

…この雪はどこをえらばうにも
 あんまりどこもまつしろなのだ
 あんなおそろしいみだれたそらから
 このうつくしい雪がきたのだ…

 これは「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という言葉が印象的な宮沢賢治の「永訣の朝」の一節です。
 重苦しい不安ばかりでできたような雪雲から、妖精のような雪が生まれ、落ちてくる。
 その降り積む雪は平安であり、平等であり、幸福であるのです。
 賢治は妹の今際の際でさえ、美しいものを見ている。
 彼の眼は生涯覆われることはなかった。
 常に開かれ見据えられていました。
 何が醜く、何が美しいか。
 探し回って託けたようなものではなく、彼には最初からそれが見えているのです。
 だから苦しい。
 見えないほうがどのくらい楽か。
 
 トシは賢治にこう言い残します。
 
…うまれでくるたて
 こんどはこたにわりやのごとばかりで
 くるしまなあよにうまれてくる… 

 君は次に生まれてくるとしたなら、やはり人間に生まれてきたいですか?
 普通に生きて普通に死ぬ。
 ここに言う「普通」とは、日常の公約数的な生活のことですけど。
 君は何通りの自分の死を考え、思い測れますか?
 指を一本ずつ切り落とされ、最後には喉を切られて死ぬ様を思い浮かべますか。
 飲む水も食べる草もなく、倒れた体の向きを変えることも出来ずに乾涸びて朽ちてゆく自分を想像しますか。
 原爆症でゆっくりと死の時間を迎えることを考えたことはありますか。
 車と壁との間で肋骨が砕かれ、内臓が潰されて行く様を量れますか。
 そして、自分とは関係のない、全く感情移入のない人間の命を奪うことを仮想することが出来ますか。

 賢治の童話に「烏の北斗七星」というのがありますね。
 君がそれを好きかどうかは判らないけれど。
 今日の終りに、烏が願った言葉を君の記憶から抱き起してみてください。
 君はきっと思い出せるはずです。

…あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまひません。…

 それでは、また。


 

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テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

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はじめまして。

宮沢賢治の「竜のはなし」をおもいました。
挿絵の竜をおもいました。

また台風がやって来るようです。
気温も湿度も高い毎日です。
四度目の手術をなさったとのこと
どうぞご自愛ください。

またおじゃまします。





もみ 様

はじめまして。
コメント、ありがとうご ざいます。

> 宮沢賢治の「竜のはなし」をおもいました。

強力な毒気を持つ竜が不殺生を誓って、猟師や虫に体を与えて死んで転生する話でしたでしょうか。
力を持つものが衆生のために命を捨てるというのは、きっと、それは理想であり、幻想なのでしょうね。
そういえば、竜は転生してお釈迦様になったのでしたね。
その人の前世の罪業を含めて救済しなければ、真の意味での救いにはならないというのは仏教の教えですね。

> また台風がやって来るようです。
> 気温も湿度も高い毎日です。
> 四度目の手術をなさったとのこと
> どうぞご自愛ください。

ありがとうございます。
どうしてもやらなくてはならない仕事があって出てはきましたが、また一昨々日から病院のベッドに逆戻りです。
僕は学習をしない愚か者ですので、お医者さんも諦めているかもしれないですね。
でも、元気です。
自宅に帰ったら、またぽつぽつと書きはじめます。
これからも宜しくお願い致します。
またご訪問いただければ嬉しく思います。

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