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病室にて

 今日は雨降りの一日でしたね。
 君はどうやって過ごしていましたか。
 僕は病室に入ってじっと窓の外を見ていました。
 持ち込んだ本も痛みのため読む気になれず、読み始めても言葉が噛み砕けずに流れ落ちて行ってしまいます。
 それなら放り出したほうがましですね。僕にとっても、本にとっても。
 明日、3度目の手術をします。
 大したことではありません。その場しのぎの応急処置のような手術ですので。
 病院の個室は清潔すぎて静かすぎて横になっていると死後の世界にいる気がします。
 緒の切れた自分が上空から自分を見下ろしているような錯覚さえ覚えそうです。
 でもね、人は生まれ落ちた時から病にかかっているのですよ。
 人生そのものが病室のようなものです。
 明確なものが目的だというのであれば、生きることの目的は間違いなく死ぬことです。
 夢を為すとか、大望を果たすとか、そんなものは生きている途上での方便に過ぎないのです。
 生きることは死を考えることです。
 最近は死を甘く見過ぎているようですね。
 だから命を粗末にします。
 刹那という重みについても考えが及ばないし、そうしようともしません。

 僕は最近自分を、酸素不足で死んだ魚に置き換えてみるのです。
 置き換えなくても、そういう感覚が沸き起こってくるのです。
 その直前まで生きるために元気に餌を食べて泳いでいたのが、次第に息苦しくなり、水槽の底に身を沈めて、口をパクパクしながら、生きたいと願っている姿。
 彼等は誰も死にたいなんて思ってはいなかったんですよ、間違いなくね。
 生きる事しか考えていなかったのに。
 僕はそうやっていったいどれくらいの命を葬ってきたのでしょう。
 次こそは大丈夫、きちんとやるんだ、と胸の内でいくら繰り返しても、死んだ魚は帰っては来ません。
 目の前にいるのは、やがて死なせてしまうだろう別の魚です。
 そして、今度は僕がその魚になるのです。
 銀河と言う水槽のなかの水草についた小さな太陽系と言う気泡のなか。
 僕たちが生きている現実は更にその気泡のなかにある地球と言う微小な塵芥にすぎない。
 観察者はもう既に水槽のメンテナンスを放棄しているのかもしれません。
 興味を失っているのでしょうね。
 僕たちが多くの場合にそうしてきたように。
 時間と言う水は、いつの日か干上がってしまうかもしれないのです。
 そして、また次の水槽が仕掛けられる。
 今度こそは、と。
 
 君のことを忘れる日が来ることはないだろうけれど、君の事を思い出さずに済む日は来るのだろうか。
 
 僕は子供の頃、死の虫をみたことがあるんですよ。
 5歳か6歳、そのあたりです。
 そう言ったら君は笑うかもしれませんけど。
 父に連れられて、たぶん父の友人だったと思うのだけれど見舞った時のことです。
 看護婦に案内された病室のドアを父が開けた途端、無数の黒い蟻のようなものがベッドにたかっていて、僕たちが部屋に踏み込むと一斉にこちらに向かってきたのです。
 蟻が足許から這い上がろうとするように。
 僕は地団太を踏むように足をバタバタさせて振り払おうとしました。
 けれど、それは僕にしか見えていず、父に「静かにしていろ!」と頭を殴られました。
 見舞った人は、その3日後に亡くなりました。
 それからです、病院に行き同じようなものが見えると、その人は大概ひと月もしないうちに亡くなったんです。
 今はそんなものを見ることもなくなりましたが。
 でもね、感じることがあるんですよ。
 歩いている患者のローブからポトポトと水滴のように床に落ちた虫たちが近くの人を求めて這い寄ってゆく音が。
 手すりとか、ベンチとか、そんなものにたかっている死の蟻がゾワゾワと体を登ってくるのが。
 恐らく、それは少しずつ僕の体に住み着いて、やがて僕を食らいつくすのでしょう。
 その時が、THE END です。

 先日、僕のところに帰ってきた写真の最後の一枚はこれです。
 ブダペストで撮影しました。
 彼と行った最後の旅行地です。
 僕はこの時の彼の言葉をようやく思い出しました。
 「眠っているものを脅かしたのは俺たちだな。鳩は飛んだのではなく、追い散らされたんだよ。」

 それでは、また。

 ブダペスト

 
 
 
 
 
 
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テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

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No title

今回の記事に写真が妙にあっていて
(いえ、記事を読ませてもらったあとだからそう感じるのか)
ぞくぞくと、肌寒さを感じました。
死というものはいつ思ってみても寒いものですね。
魚の死のくだりは胸がふるえました。
それからおそろしい蟻たちにも。

手術ですか。内容はわかりませんがちょっと心配です。
無事に終わりますよう、お祈り申し上げます。
ご無理をなさいませんよう。ご自愛ください。

怖かったです。本当にそう思いました。

偕誠 様

> 死というものはいつ思ってみても寒いものですね。

死の寒さは完全なる孤独の寒さであり、不可知の領域に対する恐れでもありますね。
「生きるために生きるのではなく、生きたという実感を得るために生きたい」と僕の友人は口ぐせのように言っていました。
その彼も数年前に不慮の事故で鬼籍に入りました。
何のために生きるのかは、何のために死ぬのかの裏返しなんですよね。
考えたくないものから逃げる癖がついている僕には向き合えない命題ですけど。

手術は何事もなく終わりました。
お気遣いありがとうございます。
そして、いつもありがとうございます。

果夏 様

> 怖かったです。本当にそう思いました。

コメント、ありがとうございます。
ごめんなさい。
あまり気持ちの良い内容ではありませんでしたね。
もう少し読んでくれる方の側になって書かないとダメですね。
次はもうちょっと何とかします。

またご訪問くだされば嬉しいです。
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