東京発 11:50 のぞみ103号 広島行

 お元気ですか。
 君に旅行のおすすめです。
 なんてね。

 新幹線のホームに立つのはどのくらいぶりでしたでしょう。
 もしかして君を見送ったのが最後だったかもしれません。
 そして今度も見送りのためです。
 僕も乗って行かれればなぁ、とため息。
 雑誌やインターネットで情報を集めて旅行の計画はたてるのですが、実際には列車に乗り込むことはなく、始める前に僕の旅行は終わってしまいます。
 仕事では車を走らせているのにおかしなものですね。
 できればね、僕は車ではなく、電車で行きたいんです。
 ゆっくりと車窓を眺めながら、読み止しの文庫本を膝に置いて、気づけばうたた寝をしているような。
 そんなに遠くでなくてもいい。
 簡単なことのはずなのに難しいですね。
 いや、簡単なことだから難しいのか。
 
 例えば、江ノ電に乗って「ハナヤマタ」「南鎌倉高校女子自転車部」とか、アニメ版「ねらわれた学園」や「うたかた」の景色を訪ね歩くくらいでちょうど良いのですけど。
 あー、「エルフェンリート」も鎌倉が舞台だったような・・・。
 「吸血姫美夕」も途中から鎌倉ですね。
 さすが京都に並ぶオカルトの古の都。
 「つり球」は鎌倉と言うより江の島。
 「青い花」も原作は鎌倉だったような気がします。
 君が知っている作品もあると思いますけど、このままアニメ・漫画の話しで尽きてしまいそうなのでここでよしておきましょう。
 でも、できれば聖地巡礼をするのなら小説や映画のロケーションと言ったほうが恰好がいいですね。
 文士なら、川端康成、立原正秋、吉屋信子、芥川龍之介、高見順、永井龍男、横溝正史、三木卓、エトセトラ。
 映画では、小津安二郎「麦秋」、「晩春」、ツルゲーネフの「はつ恋」とか。
 「寅さん」のシリーズもいくつかありましたね。
 ラノベ的な小説で言えば、「荒野の恋」、「ビブリア古書堂」、「乙女の花束」もか。
 結構、出てきますね。
 まあ、そんな手がかりがなくとも鎌倉は十分に楽しめる町ですけど。
 ただそういうものが無いときっかけを掴めないこともあるということです。

 君が旅にでるきっかけはどんなことですか?

 この日、ホームで見送ったのは大学時代の知人の娘さんでした。
 今年高校を卒業して、運よく?(と彼女は言っていました)岡山にある大学に入ったそうです。
 彼女の父親とはたまに行動をともにしてはいたのですけど、友人とは、たぶん言えません。
 僕は彼が苦手だったし、彼はきっと僕のことを嫌っていたと思います。
 彼は写真家になると息巻いていて、僕も写真を撮るのが好きだったもので、たまに撮影旅行に付き合ったりもしました。
 でも、仕上がって来る写真を見るたびにお互いにケチをつけまくりました。
 見ているものが違っていたのですから写っているものも当然ちがっていただけなのですけど。
 卒業してからも、何度か彼に旅行に誘われました。
 彼が選ぶロケ地は、悔しいけれど僕の好みの土地でもあったんです。
 最後はたぶん20年くらい前かな。

 僕は最初に契約してから電話番号を一度も変えていないのです。
 だから連絡が取れたのでしょうね。

 「君のお父さんとは正直に言えば気が合わなかったですね。同じロケ地に行っても別行動でしたし、道中に話をすることも稀だったんですよ。僕の撮った写真は彼にしてみれば大失敗で、フィルムの無駄とまで言われましたから。」
 「父も同じことを言っていました。でも、気が合うとか合わないではなくて、一緒にいて疲れなかったとも。」
 確かに彼といて疲れることはありませんでした。
 ふたりでいてもひとりで行動しているのと同様で、何の干渉もありませんでしたから。
 偶然居合わせた対岸の釣り人みたいなものでしたね。
 そう思うと行動をともにしていたのが不思議です。

 彼とはもう何年も会わずに来ていました。
 年賀状のやりとりすら一度もなく。
 「父は昨年の11月に肝臓癌で亡くなりました。」
 そして、亡くなる少し前に僕のことを持ち出して、「俺が死んだあと、これを届けてくれ。居場所がわからなければそれでいいから」と言ったそうです。
 それは僕が撮った写真で、場所も時もバラバラな3枚でした。
 なぜ彼が持っていたのかは記憶にないのです。
 「やつに会えたら、こう伝えてくれないか。俺は見たままにシャッターが切れるお前の素人くさい写真が羨ましかったからこき下ろしたんだ。その素直さが嫌いだったよ。それは今でもかわらない。この下手糞め、と。」
 僕も彼の作品を見るたびに同じようなことを思っていました。
 写真の腕前は比較するべくもなく彼のほうが断然上でした。
 目に映る風景を思い通りに切り取れる彼の技術が妬ましかったんです。
 それはわかっていました。
 だから彼から学ぼうとしていたんですね。
 「教えてくれ」とは最後まで言えなかったですけど。

 僕は写真を趣味にとどめ、彼は努力を重ねてプロになった。
 彼が銀座の貸し画廊で三人展を開いた時、それは偶然で、見覚えのある名前が別人かもしれない程度で覗いたものでした。
 僕はそこでプロフィールを確認してから、当人がいないのを見計らって一点買い求めました。
 それは、僕がその景色を前にしていたら、きっと「撮りたい」と思った写真だろうから。
 もっとも彼は知っていたはずです、受注名簿で。

 「こちらにくるまで半年もかかってしまいすみませんでした。今度、瀬戸内に遊びにきてください。母も会いたがっていましたから。坂と階段と海しかない、宅配便の人が日本で一番苦労する町ですけど、きっと気に入ると思います。」
 彼女はそう言って小さく胸の前で手を振ると発車のアナウンスが響くなか、新幹線の車中に乗り込みました。
 ネガのスリーブのように並んだ小さな窓を彼女のベージュのワンピースが動き、僕は同じ速さでそれを追いました。
 そして決められたシートを捜し当てると窓に顔を寄せて彼女はもう一度、手を小さく振り、聞こえない声で「また。」
 たぶん、その声は発せられていなかったと思います。
 唇のかたちだけをつくって。

 「いつか」なんて言う日は来ることがないのかもしれないけれど、それは果たせない約束の代名詞なのかもしれないけれど、いつの日か行ってみたいと思っています。

 届いた写真のうち2枚を添えておきます。
 何の変哲もない野の草の写真です。
 
 それでは、また。

 ミヤマハナシノブ ふきのとう 


 

 

  
 
 


 
 
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと…雑記…きままに
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

No title

なんというか、べたべたするだけじゃない
ある種「孤独同士」のような友情がありますよね。
当人同士は友情なんて言葉つかいたがらないけれど
はたからみればやっぱりそれも間違いない友情の一種なんだと思います。
拝読してて思い出した友人がぼくにもひとり。
otosimonoさんの周囲にはいろんなドラマがあって素敵です。
自分の写真が友人の遺志にのって戻ってくることの不思議。
お嬢さんをとおして、手から手へ届いてよかったです。

両方とてもいいお写真だけど、ふきのとうの写真がよりすきです。
命への期待をむずむず感じます。

偕誠様

> 当人同士は友情なんて言葉つかいたがらないけれど
> はたからみればやっぱりそれも間違いない友情の一種なんだと思います。

友情というものがあったのかどうかそれは僕にはわかりません。
けれど、そんな不器用な友人関係もあったのかもしれませんね。
僕も彼も素直じゃなかったから・・・。(笑)

> otosimonoさんの周囲にはいろんなドラマがあって素敵です。

ドラマというほどのものでは。
それだけ滅茶苦茶な道のりだったということなのでしょうね。
我儘ですから、僕は。

> 両方とてもいいお写真だけど、ふきのとうの写真がよりすきです。
> 命への期待をむずむず感じます。

ありがとうございます。
でも、なぜこんなつまらない写真を彼が持っていたのか不思議です。
次に会うことがあったら尋ねてみることにしましょう。

偕誠さん、いつも本当にありがとうございます。
sidetitleプロフィールsidetitle

otosimono

Author:otosimono
全く役に立たない独り言です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleカレンダーsidetitle
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR