呼継

 今月に入って連日、君宛に書き殴っていますね。
 これが携帯のメールであったら何百通ものスパムメールに分割されて、立派なストーカーになりそうな感じです。
 でも、これで一息つくと言ったところでしょうか。
 今日は何もない話をしようと思うのです。

 君も知っているかもしれませんが、陶磁器の技法のひとつに「呼継」(よびつぎ)というのがあります。
 割れた破片を集めてひとつの形に継ぎ直す技法のことです。
 もとは漆工芸技法であり、修復法のひとつだったようですが、次第にパッチワークのようにいろいろなものを集めてきて器を作ると言う流れが出てきました。
 修復における呼継の器には良いものが少なくありませんが、パッチワーク的なものに関しては心を惹くようなものはごく稀です。

 形が整ったものはどんなものであってもそれなりの美しさを湛えています。
 それは持つ者が持っている美と言えます。
 欠けたり罅割れたりしたものはどうなのでしょう。
 それ自体を目で追って「美しい」と言えば嘘になる、と僕は思います。
 痛みを持つ物の美は、加害者にしかわからないのではないか。
 罪の意識がそこに美をみせるのではないか。
 足利義政が薄暗く狭い茶室の内部で見詰めようとした世界です。
 僕は常々そう思っているのです。
 同情ではなく、自分が虐げたものたちに対する悔恨が哀の美をつくるのではないか、そう感じるのです。
 自らを責める痛みが美を見せるのかもしれません。

 美とは物に限らず互いを結びつけるものです。

 例えばある人物が虐げられている人々に「あなたたちは」と呼びかけているうちはその声は絶対に届きません。
 その人物が虐げられ、初めて「私たち」と言うことで調和が生まれます。
 現場が同じであっても立場が等しくなければ同化することはなく、呼びかける資格をもたない。
 私たち、という美を共有することができませんから。

 罪を自覚しない者がいくらお題目を唱えようとも哀の美を知ることはなく、故意に破調の美を求める者はそもそもそこに美がない。
 破調の美とは単純に調和を乱しているものではありません。
 調和があってこその美が基本であるとするなら欠損や不調和はそれだけで目立つのです。
 際立っていると言っても良いかもしれません。
 際立つことはデザインとして目を惹きます。
 しかし仕立て上げられ過ぎた破調は奇抜なだけであって本来の美とはかけ離れているのではないでしょうか。
 そんなものだけを集めて空間を構築すればまるっきりデタラメなものになってしまいます。
 意図的な破調は上手に意表をつけば感心はされるでしょう。
 しかし見なれてしまえば最早意表を突くことも出来ず、じっくりと眺めれば飽きがきます。
 説得力がないのです。
 それらを、特に記憶の中で仕立てられた破調を、嘘、或いは虚飾と呼びます。
 異質の美とは演出されなくても自然な輝きを持つものです。
 出る杭は人の手によって半端になおざりにされたものではなく、元から自分の意思で打ち込まれることを望まないのです。
 硝子の欠片はそれ自体が光を反射します。
 
 僕は人の一生も同じようなものだと思っています。
 不断の時の流れのなかで寄せ集まってくる無数の欠片。
 たとえば、君、もしくは、彼等。
 僕と君の間に連続性も同一性もありません。
 互いが別の欠片です。
 この面倒くさい個人という欠片が吹き溜まってできているのが社会というものです。
 最も歪な呼継の器。
 繋いでいるものはルールという漆です。

 そして最も小さい歪な器が「自分」です。
 では僕の欠片を繋いでいるものは何なのでしょう。
 存在ですか?
 ある、ということは即座に創造を意味しません。
 もしそこに創造に近いものがあるとしたら隠蔽でしょう。
 僕はその隠蔽が故に、ここに「ある」のです。
 そして僕の欠片を繋いでいるもの、それは自意識です。
 自意識と言う漆で無数の欠片を繋いで、必死に不存在であることを隠そうとしているのです。
 
 僕は本当にデタラメな生き方をしてきました。
 ひとつひとつの記憶の文様の一部には、たぶんそれなりに美しいものもあるでしょう。
 そうでないもののほうが遥かに多いですが。
 暗色のなかに明色が一点あればそこに光は集まります。
 突出した輝きもあれば、地味なもの、ともすれば暗色に輪郭が同化してしまいそうな明色もあるかもしれません。
 それらすべては飛来物質なのです。
 元来僕には含まれていなかったものです。
 僕は自意識の外は何ももっていなかった。
 だから僕の望む美のすべては君からの授りものなのです。
 つまり僕には、何もない、のです。

 結論が闇オチになるまえにやめておきます。

 風が強すぎる日は目を傷めます。
 気を付けてください。
 しばらく間が空くと思います。

 それでは、また。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
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人は必ず罪をおかすし、誰かを傷つけている。しかも何も持たない自分は良くも悪くも、そうすることでしか自分を作れない。そしてそれを正面から受け止めることで美を知る。美しいも醜いも等しく美だと。破調の美とは繕わない傷の美しさ。なるほど、面白いですね。

No title

呼継ですか。
とても勉強になりました。
肝に銘じておきたいと思います。

名無し様  偕誠様

ご訪問、並びに、コメントのご投稿ありがとうございます。
あまり気分の良い話でなくて申し訳ございませんでした。
ただこの時点で書いておく必要がありましたので・・・。
次はもう少し穏やかな物言いの文にしたいと思っております。
またお立ち寄りいただければ幸いです。
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全く役に立たない独り言です。

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