今日は快晴ですね。
 昨夜、暴風警報がこのあたりにだされたのは23時7分頃でした。
 携帯電話の鈍いバイブ音がその着信を知らせたのです。
 僕は何を思ってか窓を開け放しました。
 すると瞬間、バンッと障子に風がぶつかる音がしてPCデスクの上にあった原稿用紙やら書類やらを部屋中にまき散らしました。
 君にアドバイスをしておきます。
 空気を入れ替えるのは暴風警報が出ている時は控えましょう。
 あとが大変ですから・・・。
 ガラス窓をもとのように締め切ると外では虎落笛ならぬジェット旅客機の排気音のような音が聞えます。
 いったい何がこんな音を立てさせるのでしょう。
 この付近にはもしかしたら僕の知らない何かが棲んでいてそれが咆哮をあげているのでしょうか。
 東日本大震災でダメージを負ったこの家が強風に震えていました。
 中二病を患っていた時であれば、これでライトノベルのプロットくらいは書けそうです。
 たぶん書きはしなかっただろうけれど、僕は怠け者なので。

 いつものように明け方をまっているうちに少しだけ夢を見ました。
 まどろみの縁はワイングラスのように危うくて、現実と幻とを紙一重で隔てながらもコラージュのように重ね合わせてきます。
 足を踏み外さないようにしないと。

 君のことを思い出していました。

 あの日、僕は自分の高校の始業式だというのに長崎にいました。
 そこで君に会ったんでしたね。
 君は真新しそうな鞄を体の前で両手でキュッとしっかりと握り、少し気負った風に、そして誇らしげに顔をあげて桜をみていましたね。
 それほど立派な桜並木ではなかったけれど、ほんの数本でも集まり花を咲かせると華やかに見えるのはこの木特有なのでしょう。
 誰かをまっているのか、何かを期待しているのか、しきりに降る桜の花のなかに佇んでいました。
 濃紺のセーラー服の襟には赤い線が入り、白いスカーフが木蔭の光を集めたように柔らかく目に映りました。
 僕はあまりにもその姿が美しかったので、ジャケットからポケットカメラを取り出しシャッターを切りました。
 そのシャッター音は本当に小さくて聞こえるはずもないのだけれど、君はシャッターが閉じた瞬間に僕のほうを見て、そしてちょっと迷惑そうな顔で、それでも自然な笑顔でこう言いましたね。
 「写真を撮るのに邪魔になっちゃいますね。」
 ギクリとした僕はきっと耳まで真赤にしていただろうと思います。
 数歩君に近づきながら、しどろもどろの言い訳じみた言葉を探した挙句、
 「あなたがいた方が綺麗な風景だと思ったので。ごめんなさい。」
 僕が頭を深く垂れていると、間をおいてから、
 「私、今日が入学式なんです。本当は去年だったのですけど病気になっちゃって、そのまま一年休学したんです。入学時に届いた名簿にあった名前しかしらない同級生はみんな2年生です。」
 それを聞きながら僕は君が写真のことをあまり気にしていなかったようなので、安心して次の言葉を繋ぎました。
 「入学式、ひとりで、ですか?」
 「私だけ早く家を出ました。まだ学校が始まるには早すぎる時間でしょう?」
 そう言われて腕時計をみるとまだ7時をわずかに過ぎたばかりでした。
 気まずいような、心地よいような沈黙の数秒を経た後に僕が口に出したのは、やっぱり役にも立たないフレーズ。
 「もう病気は治ったんですか?」
 君は桜を見上げていた顔を僕のほうに向けて、頬を紅潮させてこう答えましたね。
 「ええ、だいぶ。きっと今度は大丈夫だと思うんです。」
 話していたら坂の下の方から入学式に向かう親子連れらしい声が聞こえてきました。
 そろそろかな。
 僕は胸のなかでそうつぶやきました。
 「急に写真を撮ったりして迷惑をかけて、ほんとうにすみませんでした。変なことには絶対に使いませんから安心してください。」
 自分で言っていて、何をおかしなことをと。
 「安心って?」
 君は驚いたような瞳で、それから、やはり笑って言いましたね。
 「私の足が写っていなかったりしたら面白いですね」と。
 その返答にあっけにとられていた僕をみて、君は口を押さえて楽しそうに笑いましたね。
 決まりが悪くなった僕は桜の話をしたんでしたっけ?
 風に散る花びらが綺麗だとかなんとか。
 そしたら君はこう言いましたね。

 「桜の花は鮮やかで散り際は美しく儚いけど、知っていましたか?桜の木は長寿なんですよ。すごく長生きで一生の間に何百回も花を咲かせるんです。全然儚くなんてないんですよ。むしろ強いんです。」
 
 あの時に撮った写真を現像することはありませんでした。
 諫早駅で乗り換えるとき、うっかりものの僕は小さな袋と一緒にベンチに置き忘れてしまったのです。
 次の駅でおりて戻ったのですがもうどこにもなくて、遺失物の届け出をだしたまま数十年も経ってしまいました。
 あれを拾った人は現像してくれたのでしょうか。
 見ず知らずの人間のカメラなどに関心はなく、捨ててしまったのでしょうね。
 
 僕は君の名前も、どこの学校かさえ訊かなかったけれど、後悔はしていないんです。
 まったくないかと言えば嘘になるけれど。
 あの時間が確かにあったことだけで今は充分だと思っています。
 僕が勝手に作り上げた記憶ではなく、実在した風景であったのだから。

 東京に帰ってきてから本屋で一冊の詩集を見つけました。
 以前に紹介した川崎洋さんの詩集です。
 ここにもう一度、その詩を載せることを許してください。

  花の名だけは知っていても
  花そのものは知らない
  そんな花があります

  愛という字は
  よく知っているのですが
  そして
  愛そのものも
  知っているつもりだけれど
 
  降るような花の下を行くと
  いったい 
  何を知っているのか
  と 急に思います

  (川崎洋「花」)

 君はきっと元気になって今を過ごしていると思います。
 ご主人がいて、お嬢さんか息子さんがいて(両方かもしれないけど)、庭いじりを趣味にしているかもしれませんね。
 恐らく君はこんなことがあったことも、僕のことも覚えてはいないだろうし、再会しても僕もきっと君がわからないでしょう。

 昨年、何年ぶりかで長崎を訪れた時、君と僕は、もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれません。
 そう思うことで、始まりもしなかった物語にエンディングをつけることにしました。

 ありがとう。

 






 
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