佐藤志満 歌集「草の上」

 佐藤志満が作歌をするようになったのは、東京女子大学在学中に講義を担当した森本治吉の影響であったと本歌集の後書きにあります。
 彼女の歌は、「水辺に住んだから釣ったというものかもしれない」と自身で言うように技巧を凝らした難解なものではなく、自然体で読む側にも伝わりやすいものです。
 アララギに移ってからは斉藤茂吉に師事し、茂吉から贈られた「水上よし」の筆名で活動していましたが、本腰をいれるところまではいかず投稿も途絶えがちでした。
 本業として作歌にのりだすのは、終戦後、「歩道」という雑誌に参画してからになります。
 この歌集は主にその「歩道」の軌跡といってもよいかと思います。

 草の上 (白玉書房・昭和30年初版)

…鶏のため菜をきざむ午前七時曇りて船の汽笛聞こゆる 

 これは歌集の第一句です。
 ここに見られるように彼女が歌ったのは素朴な生活です。
 日々の営みと葛藤。
 口が悪く短気な夫に対する苛立ち、貧しい暮らし、時折射し込む光のような幸福感といったものを、過ごし方は変わってもどこにでも誰にでもある日常生活の諦観や高揚を素朴に力強く歌い続けました。

…疲れたるままに目覚むる朝ありて卵うむ鶏のこゑの鋭さ

…寝不足のからだほてりて朝の雨音なく降れる道歩み來つ 
 
 眠りは体の疲れをとることはできても心の疲れを取り除くことはできません。
 どんなに瞼を閉じて居ようと自分は眠った気になれないまま朝を迎えます。不安を抱いたまま眠りにつけば目覚めてそれを再確認するだけのことです。
 そうした中で生命を告げる音はどれほど鋭利に響くことでしょう。
 降る雨は道行く人に無関心で、熱を帯びて気怠く感じる体にもその雫を当てつづけます。
 濡れそぼった自分を頼りないと感じるか、打つ雨の冷たさを心地よいと思うか、それはその朝の迎え方によるのでしょう。
 
…宵宵に箱に分け入れ眠らしむからだ重たくなりしひよこら 

…入りゆけば吾に寄りくる鶏の群盲ひしはおどおど餌をついばめり 

 生活のための生命。
 それでも確かな愛情はあるのです。個々に名づけることはなくても。
 盲いた鳥は周囲に同調できない、或いは、自らを異分子として感じてしまう自分自身なのかもしれないですね。
 悪意に怯えて警戒を張り、終始びくびくしているような。

…かくばかり心に残る悔しみよ暑き日向に草を抜きつつ 
 
…雑草をしぬぎて咲ける孔雀草ひるの光に花びら垂れて 

 弱きにあたる切なさを一番身に染みているのは苛立ちを隠せない自分なのです。 
 やるせなさの矛先を向けられた雑草と、その中をすっくと抜け出して咲く孔雀草。
 あなたはどちらに自分を感じますか?
 
…靑草の岸を浸してゆく川の流は親し濁りたれども 

 清らかなことと聖なることが違うように、いくら濁っていてもそれは自分とともにあるという親しみを打ち消す理由にはなりません。
 たとえばガンジス川は清流ではないけれど、あれほど聖なる信仰を集めている川もないでしょう。それと同じことです。

…幕開きし舞臺のごとく にはかなる 空の夕映 雨やみしかば 

 ここではわかりやすいように節を入れましたが原文は句を区切っていません。
 雨が降り続いた後、雲がさっと切れてまるで何かが降臨したかのように俄かに光が降り注いできます。
 そんな光景に出会う度に、何かが変わるかもしれないと当てのない期待を抱くのは人間ならではでしょう。

 歌集の末尾の句です。

…日すがらにしぐれの雨は降りながら音しげきときゆるる篁 

 蛇足ですが、篁は竹林、竹藪のことです。

 佐藤志満署名 (野溝七生子宛署名)
 
  
 

 

 
 

 



 
 
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