砂像

 連休もそろそろ終わりですね。
 この長い休みの間、大きく天候が崩れなかったのは幸いです。
 今日はちょっとだけ嫌な話から書きはじめます、すみません。

 僕は16歳の頃、初めて本気で人を殺したいと思いました。
 そして、同じ年、僕は殺されかけました。
 僕が詩らしきものを書き始めたのはこの頃からで、すぐにやめってしまったのだけれどここにある以外でノートの何冊かは今も残っているはずです。
 手元にある最後のノートのラストにつぎのようなものが書いてあります。
 日付は高校2年の終り。
 
 サラサラと砂像が風に解けるように
 私は崩れ続ける
 それは媚薬に魅入られた他人の眼に映る心地よい苦痛と衰亡
 目だった変化を感じさせない
 その緩慢な拡散にも似た崩壊は
 静かに
 けれど確実に
 この世界から私を失わせて行く

 自分ではない誰かが落ちて行く姿はアルフィエリの悲劇のように美しい。
 苦痛に耐え、それでも生き抜く姿は尊くも人の眼には映るのでしょう。
 「死ぬことより生きることの方が勇気の証となることがしばしばある。」
 確かにそれは事実なのだろうと思います。
 耐え抜いた人々にとっては。
 死ぬためのエネルギーさえ持たず、生残ってしまった敗者にとっての欺瞞。
 それでも崩壊する自分を受け入れて生きて行くしかない弱さをどう名づけますか。
 願ったのは自然消滅でした。

 この短文を書いてしまうと当時の友人や知人たちが目にしたら、その何人かに僕を特定させてしまうことになるかもしれないですね。
 まあ、それでもいいです。
 その確率は極めて低いでしょうし。

 詩人の石垣りんさんが高校の現国担当教諭の同級生で親交があったため、授業中に書かされた雑文が石垣さんの目に留まり、編集をなさっていた小雑誌に載せていただいたことがあります。
 その後もほんの少しですが詩についてご指導を受け、詩というものがどれほど詩人を傷つけるかを学びました。
 僕は詩人にはなるつもりはなかったし、趣味として続ける気もなかったので書くのをやめたんです。
 もとより向いていないのは十分に自覚していましたからね。
 自分の心臓を自らの手で抉り出すような痛みに耐えられるほどの勇気を持たなかったので。
 僕は逃げてばかりで、心地よい嘘を紙片に広げるだけでしたから。

 この話はここでおしまいにしましょう。

 昨日ですが朝から何も食べていなかったので通り道にある手作りパンのお店に立ち寄りました。
 そこでメロンパンとたまごコッペパンを1個ずつ購入したんです。
 サービスのコーヒーを受け取ってベンチに坐って、さあ食べようとした途端、つまらないことを思い付き、カバンのなかにあった「銀河鉄道の夜」の絵本を取り出しました。
 メロンパンと銀河鉄道で何か思い当たることはありませんか。
 君がスマホ用のゲームやアニメにどのくらい詳しいのかわからないので、こんなことをしても意味不明かもしれないですね。
 「ガールフレンド(仮)」っていうのがありまして、メロンパンは椎名心実の好物で、「銀河鉄道の夜」は同ゲーム上の人気投票で2年連続一位になった村上文緒のお気に入りです。
 更に付け加えるなら、たまごコッペパンは「一週間フレンズ。」の長谷祐樹が通う高校の購買のおすすめの逸品。
 どーでもいいことでなんですけどね。
 ここのところきつかったので、何気なく選んだものがアニメ脳による指令だったのかと思うと、まだ僕も煮詰まっていないのかなとそう思えたので、ちょっと遊んでみただけです。

 連休が終われば浮かれた雰囲気も収束します。
 そして周りが落ち着いた頃に、僕はどこかへ遊びに出かけようかと思っています。
 実行できるかはわかりませんが。

 写真はメロンパンと秋葉原のガード下です。

 それでは、また。

 メロンパン 秋葉原ガード下

  

 
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No title

アニメ脳の指令・・・w
なんだか身に覚えある気がして、笑わせていただきました。

石垣りんさんの目に留まったとは、すごいですね。
ぼくもすきな詩人さんなので、驚きつつも
otosimonoさんの文章なら当然だな!とも思いました。

16歳で初めての殺意のくだり、偶然にも、ぼくも同じです。
まだ思い出の中でも、その殺意はにぶく光ってます。

みずからを風化にさそわれる砂像にたとえるなんて
感性ひかる少年だったんですね。才気が伝わってきました。

偕誠様

> アニメ脳の指令・・・w
> なんだか身に覚えある気がして、笑わせていただきました。

 僕の成分は、アニメとゲームと少女漫画と、ほんのちょっぴりの義務感でできているんですよ。
 まあ、世間一般には役に立たない部類の生体系に属します。

> 石垣りんさんの目に留まったとは、すごいですね。
> ぼくもすきな詩人さんなので、驚きつつも
> otosimonoさんの文章なら当然だな!とも思いました。

 石垣りんさんには「かっこつけすぎてかっこ悪い。もっと心に焦点をあてて素直な言葉を選んだ方がいい」とかなりきつく言われ続けました。
 日記にあげた散文は何度も書き直して、結果的につぎのようになり、受け取ってもらうことができました。

 サラサラと
 砂像が風に解けるように
 私は崩れ続ける
 その緩慢な
 拡散にも似た崩壊は
 静かに、
 そして確実に
 「私」というものを失わせてゆく

 つまり虚飾が入り過ぎていて、それを取り除くには人の手が必要だったということです。
 ですから僕は偕誠さんのような詩人になりきれるはずがなかったのです。
 偕誠さんの詩はお世辞ではなく、ずっと読んでいたいと思っています。
 

No title

とてもうれしいです。ありがとうございます。
泣けない体なのですが、心の中で泣いてます。

偕誠様

詩を書かれる人は自分と向き合う姿勢を保ち続ける強さを持っています。
僕にはそれが羨ましいです。
お体だけはお大事にしてください。
これからも宜しくお願い致します。
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