室生犀星 詩集「昨日いらしつて下さい」

 この詩集は犀星の存命中に出版された最後の詩集となりました。
 装丁に拘り続けた犀星としては極めてシンプルなつくりになっています。
 巻頭に置かれた序詩はつぎのようなものです。

…何人をも恐れず
 何人をも愛することなく
 また遂に何人の味方も持たない人
 僅かな言葉を黄金に換え
 米塩のうれひを断つて
 まぼろしの往来に身をいれて居れば
 最早 何人とも語る必要はない …

 この詩集の多くにみうけられる「あなた」という言葉。
 それは犀星が詩を投げかけた特定の人であり、そして、その呼びかけに応えるのは詩を手にした「私たち」です。
 石垣りんさんは、この詩集の表題にもなっている「昨日いらしつて下さい」について次のように述べています。
 詩本編については4月24日の日記にとりあげたので割愛します。

…やさしい言葉で、昨日なら何でも出来たはずと言われても、それが出来なかったのが昨日。
 だのに昨日なら用意があったけれど、今日も明日もあさっても、あなたには何の用意もないのです、と突き放す。所詮戻りようのない過去へのご招待。
 かなしいような、切ないような、この無常とも言える招きに、私はなぜか応えたくなります。実にしばしば、はい、お伺いしますと。…

 昨日への入り口など常識の中ではありえません。
 それでも呼びかけに応えたくなる気持ちを、心のどこかでわかってしまう。
 それが悲しく、寂しいのです。

 この詩集からもう一遍ご紹介します。

 誰かをさがすために  室生犀星

 けふもあなたは
 何をさがしにとぼとぼ歩いてゐるのです。
 まだ逢つたこともない人なんですが
 その人にもしかしたら
 けふ逢えるかと尋ねて歩いてゐるのです。
 逢つたこともない人を
 どうしてあなたは尋ね出せるのです。
 顔だつて見たことのない他人でせう、
 それがどうして見つかるとお思ひなんです。
 いや まだ逢つたことがないから
 その人を是非尋ね出したいのです。
 逢つたことのある人には
 わたしは逢ひたくないのです。
 あなたは変わった方ですね。
 はじめて逢ふために人を捜しているのが
 そんなに変にみえるのでせうか。
 人間はみなそんな捜し方をしてゐるのではないか、
 そして人間はきつと誰かを一人づつ、
 捜しあててゐるのではないか。

 昨日いらしつて下さい (五月書房・昭和34年初版)

 僕はこの詩を読むたびにしばし言葉を失くします。
 感想とか、解題とかそんなものは必要ないのです。
 ただ自分のありかたに鈍い痛みを覚えるだけです。
 「わたし」に向かって問いかけているもう一人の私が自分に重なります。
 
…あなたは変わつた方ですね。…

 そう問いかけている「私」が誠実さを失っていることに。

 詩のように生きられるわけがない。
 犀星にしても詩のようには生きられませんでした。
 けれど、だからこそ書けたとは思いませんか。
 逢う度に新しい人。
 いつも新鮮な愛情のなかにある人。
 最後に投げかけられた言葉は疑問や断定ではなく「願い」です。

 「わたしはこんな風に生きたかったのです」と。

 そして次にくる言葉。

 「見知らぬ群衆のなかでも、生まれ変わった先でも、きっとわたしはあなたに気づいてみせます。」

 夢だとわかっているから詩なのです。
 だから惹かれてしまいます。


 


 

 

 
 
 
 
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No title

いいですね。
ぐっとかなしみがこみ上げました。
「そんなに変にみえるのでせうか。」
の一行がとくにすきです。

人の誠実な願いに、心動かされるのでしょうか。
わがままな夢ほど美しいと思います。

「わたしはこんな風に生きたかったのです」が
とても分かりやすかったです。
誰しも心になんとなく持っているものかもしれませんね。

偕誠 様

コメント、ありがとうございます。

> 「そんなに変にみえるのでせうか。」
> の一行がとくにすきです。

 この一行は犀星の生きざまそのものだと感じています。
 出会うために人は生きていると。
 互いの距離が身近なことを、求めあっていることを感じていながら擦れ違ってしまうことがあります。
 新海誠さんの「秒速5センチメートル」ではありませんが、互いを確信する勇気をもてないままに。
 だから求め続け、次に出逢った時にはと人は彷徨するものかもしれないですね。

> 人の誠実な願いに、心動かされるのでしょうか。
> わがままな夢ほど美しいと思います。

 僕もそう思います。
 恐らく純粋なエゴほどグロテスクで美しい。

 
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