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「子ぎつね」のエピローグ

 「お祭りにいった子ぎつねがどうなったかにお心あたりがございましたらご連絡をいただきたくお願い致します。」

 半月ほど前にそんな不思議なメッセージをいただきました。
 お祭りにいった子ぎつねの物語。
 そのメッセージはありえないのです、僕にとって。
 何度もその簡潔な文面を開き、解析に努めました。
 否定に次ぐ否定。
 無視しようとした数日間。
 けれども僕の思う通りだったら、との気持ちを捨てきれず、早鐘をうちはじめた胸を落ち着けて、相手のアドレスに妙なところがないか、不正経由をしていないかなど慎重に調べて、更に数日後、返信をしました。
 返信をした翌日、すぐに答えが返ってきました。

 「母についてお話をしたいことがありますのでお越し願えませんでしょうか?」

 僕は場所と時間を相手にいくつかを指定していただき、都合のつきそうな日時を選んで約束をしました。
 
 市ヶ谷、午後1時。待ち合わせたのは外堀通りに面した喫茶店「ルノアール」。
 時間よりも20分ほど早く着くように調整してその場所へ向かいました。
 「母について…」とだけ書かれていたメッセージを頭のなかで幾度も反復し、対面する相手を想像し、起こるべき可能性を整理する必要があったのです。
 約束の時が迫ってくるのが早すぎるように思われ、もっと前にくれば良かったと後悔の背中を押します。
 ひょっとしたら来ないかもしれない。
 ただの悪戯かもしれない。
 しかし、僕は時間を過ぎても待つだろうし、悪戯ならそれでも良かったのです。
 携帯電話の画面を確かめると、あと2分。
 メールの着信があり、「今着きました」。
 それと同時にドアが開いて萌黄色のワンピースを来た若い女性が入ってきました。
 その狼狽をどう伝えればよいのでしょう。
 僕を残して彼女の時間だけが止まってしまったのかと思え、呆けてしまっていたかもしれません。
 柏木理恵さん?であるはずはなく、彼女の娘さんであるはずです。
 僕はゆっくりと彼女に向かって軽く手を挙げました。

 
 「始めまして、谷内綾子と申します。」
 谷内?
 ああ、そうか、彼女は結婚して姓が変わったのかと思いつくまで数秒。
 「母の姓で言えば、柏木綾子です。今日はお呼び立てして申し訳ありませんでした。どうしても母についてお伺いしたかったものですから。」
 「敬語は使わないでいいです。楽にお話ししましょう。それにしても驚きました。良く似ていますね。声も…。あ、いえ、声ははっきりとは思い出せないのですが、とても似ていた印象がして…。」
 「叔母からもよく言われます。あなたは本当に良く似ているって。」

 綾子さんは僕にメッセージを送るまでの経緯を話してくれました。
 最初に僕のブログを見つけたのは妹さんだったそうです。

 「ねえ、これってお母さんのことじゃない?前に変わったお友達がいたって言ってたでしょう。これ、お母さんだよ。」
 「そんなはずないでしょう。偶然にしては出来過ぎてるけど、良く似た話はどこでにでもあるものよ。」

 その時はそれで話は終わってしまったそうです。
 しかし、日をおいて妹さんが「やっぱり気になるよ。ねえ、訊いてみてよ」と言いだし、綾子さんもちょっと気になりだして、直接、自分の身元を明かすのは危険だから、悪戯と思われ無視されても好いように謎かけのようなメッセージを送ることにしたとのことでした。

 お祭りにいった子ぎつねの話は、僕が彼女に頼まれて学生時代に書いた童話だったのです。
 僕は理恵さんが36才の誕生日を待たずに亡くなったことを知りました。
 綾子さんが12歳、妹さんが10歳の誕生日を迎えてふた月後だったそうです。

 「母は亡くなる一年半ほど前から息切れがすると言って、もう年なのかしらねと笑っていましたが、その頃には卵巣癌は既に手遅れの状態だったようです。それから考えるとお医者さんは、よく頑張った、と。」

 理恵さんは絵本作家になる夢は捨てていなかったと言います。
 短大を卒業後は小さいけれど出版社に勤め、綾子さんたちには手作りの絵本でお話をしてあげていたそうです。
 星座の物語が多いその中に、僕のつくった話が混じっていて、彼女はとても気に入ってくれていたらしい。
 そして「それをつくった人は変わり者でちょっと意地悪な人だった」と面白可笑しく話したそうです。
 初めてあった時、新興宗教の勧誘と間違われて追い払われそうになったこと。
 宗教じゃないといったら学習教材も間に合ってますと言われたこと。
 挙句には、生命保険もいらないです。
 その他のエピソードもあれこれ。
 童話作家を目指していた彼女らしく、尾ひれ羽ひれを加えてひとつのお話にしてしまったようです。
 それはどうやら僕をモデルにした本人には話しにくいコメディタッチのシリーズ化も図られていた様子。

 「お気づきでしょうけれど、これは母のお古のワンピースです。お気に入りだったんです。」
 綾子さんはそう言いました。
 僕はロイヤルミルクティーを、彼女はレモンティーを飲み干してから、僕は彼女の勧めでご自宅へ伺うことにしました。
 「家で妹も待っていますので。」

 柏木理恵さんがお住まいだった家は売却され、そこを買い取ったマンション販売会社が管理する別の高層住宅に居を移したそうです。
 前に来た時に見つけられなかったのは当然でした。家ごとなくなってしまっていたのですから。
 案内されドアの内側に入ると、妹さんの恵子さんがいらっしゃいました。

 「あら、想像していた人と随分違いますね」とくったくなく笑い、その表情のなかにも無邪気だった理恵さんの面影を見つけました。
 「すみません、この子、誰に対しても失礼なんです。」
 「構いませんよ。美男子とか、老紳士ってわけじゃないですからわかっていますよ。こちらこそ失望させてすみません。」
 「とにかく奥へどうぞ。お茶を用意していますので。」

 余計なもののないすっきりとした室内はベージュを基調として、最上階に近い光をいっぱいに取り込むことのできる窓は大きく取られ、レースのカーテンが陽射しを和らげるように掛けられていました。
 緑色の細い2本線で縁どられた大理石のテーブルは小さく、相対して4人掛けとは言え狭く感じられます。

 「このテーブルもカップも母のお気にいりでした。」
 そう言って並べられたのは木蓮が描かれたティーセット。
 「これ、僕があげたものです。アンティークショップで見つけたものです。」
 「はい、大事にしていました。6客のうちどれも欠けていません。」

 僕は本当に時を止めてしまったのかもしれません。
 ティーカップを手に包み込み、紅茶の温かみを感じながら。
 リビングボードの中に置かれた彼女の写真は、出会った時のそのままでした。

 「母の部屋に仏壇がありますのでお焼香なさいますか?」

 
 彼女に向かって、恐らく普通より長い時間、僕は手をあわせていたと思います。
 言葉につまって思いが溢れそうで、平静さを取り戻すための時間が必要だったのです。
 
 僕はお二人の問われるままに理恵さんと出会った頃のことを話しました。
 まず、僕たちは恋人同士ではなく、ごく普通の友人であったこと。
 このことはお二人を大層驚かせたようです。
 彼女たちの母親、つまり理恵さんは彼氏を語るように話したらしいですから。

 「それはきっと物語だったんですよ。お二人のための童話です。」

 
 尽きない話は僕のことならず、お二人の進路のことや母親としての理恵さんの事。
 時間は遅すぎもせず早すぎもせず呼吸よりも正確に過ぎて行きました。
 そして綾子さんは姿勢を正して最後にこう言ったのです。

 「母は父との間に私と恵子をもうけましたが結婚はしていませんでした。今の谷内という姓は便宜上のもので、戸籍上は私たちはまだ柏木のままです。」

 僕は言葉を失くしてその事実を聞いていました。
 返す言葉がまったく見つからなかったのです。
 恵子さんが言葉を添えました。

 「母は父を愛していなかったわけじゃないと思います。あまり思い出と言う思い出はないのですけど、姉も父も一緒にいた頃はすごく楽しかったんです。両親が喧嘩しているところなんて見たことないし、出かける時も家族全員一緒でした。母が結婚しなかった理由はわかりません。それ以前に私達には結婚していなかったと言うことがわかっていなかったんです。」

 綾子さんがそれに加えました。

 「わかっていなかったと言うより、不思議に思わなかったのです。それくらい恵まれていたんですね。」
 

 綾子さんによると理恵さんは最後の病床でこう言い続けたそうです。

 「私は充分私らしく生きたわ。だから悲しいとも不幸だとも思いません。けれど母親としてはあまりに不十分で不完全で綾子にも恵子にも何も残してあげられない。それだけはすまないと思っているの。お父さんは私が明日死んでもいいから入籍しようって言ってくれてるけど、私をこのまま逝かせてね。ごめんね、我儘な母親で。綾子や恵子がこれからどんなに大変な目に遭うかわかっているのに、本当にごめんね。」

 綾子さんはその理由を尋ねようとは思わなかったそうです。
 「理由なんてわからなくていいと思っていたのです。母がそれで幸せならそれで充分だったんです。」

 僕には柏木理恵さんが何を守ろうとしていたのかはわかりません。想像もつかなければ推測することもできません。
 けれど、これで良かったのだと言うことは信じられます。
 理恵さんのことを話す綾子さんと恵子さんを見て、彼女が整えた調度をそのまま大切にしまってある空間を見て、そう思えたのです。

 「父にも今日のことはお話してあります。時間が合えばお会いしたいと言っておりましたが、何分にも多忙な人なので、すみません。」
 「お父様に宜しくお伝えください。そして、お招きくださってありがとうございました。」

 思い出の終りは短篇小説のラストよりも唐突です。
 彼女は彼女だけ時間を止めてしまいました。
 僕が振り返る時、柏木理恵さんはいつもあの頃のままです。
 次に彼女に会える時、僕はどんな顔をして会えばよいのでしょう。
 ひょっとしたら「あら、想像していたのと随分違いますね」と恵子さんが言ったみたいに笑われたりはしないだろうか。
 あの無邪気な笑顔で。
 まあ、それでもいいか。
 笑ってくれるのなら、きっとそれでいい。
 僕も恐らく笑い返すだけで言葉は出てきそうにないだろうから。

 そして彼女は南の夜空を指さして、こう言うのです。

 「あれがね、フォーマルハウト。白い星です。」

 


 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
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