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結城信一「鎮魂曲」

…人はなぜ追憶を語るのだろうか。
 どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。-だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼する音に気づいて、不安げに首をもたげているようなものだ。そんな時、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。… (北杜夫「幽霊」より)

 僕は目を閉じて闇の世界を想像するのだけれど、それが世界の消滅を模したものでもなければ、自分がいなくなった後の世界を予期させるものでもないことを知っています。
 いくら想像の世界を拡げてみても、僕は僕のいない世界と僕だけを残した世界との区別を知ることはできないのです。
 そこに思い描く僕の世界は予測などと呼べるものではなく、プラスにかマイナスにか、悲観とも楽観ともその傾きを定め得ない期待のようなものでしかないのです。

 それから思うのです、人の消滅について。
 生命は死をもって終りを告げるのだけれど、それはその人の消滅を意味してはいないのです。
 人の消滅は死によってもたらされるのではありません。
 人の消滅は記憶の消失によってもたらされるのです。
 亡くなった人をおぼえている者が誰もいなくなったときに、人は消滅するのです。

 記録は記憶とは根本から異なります。
 家系図に先祖の名前を見つけてもそこに具体的な生きた思い出が存在しなければ消失しているのと変わりはないのです。
 ですからたった一言でもいいからエピソードを伝えてください。そうすればそれは語り継がれ、いつしか伝説となり、その人は語られる限り消滅することはないのです。
 データではなく、思い出語りとして温かみを帯びたまま時を越えてゆくのです。
 それが特別の人の記憶だとしたらどうでしょう。 そして、その記憶の反芻はなにをもたらすのでしょうか。
 もし僕の中に(或いはあなたのなかに)、記憶にとどめておきたい特別な人がいるとしたなら、その誰かを忘れたくないという強い思いは、自分が生き続けるということの意思の側面を否定することはできないのです(そうでなければ誰が覚えていてくれるのでしょう)。

 北杜夫の「幽霊」を書架から引き出して一頁目をめくり、冒頭の部分まで読んだ時に、結城信一の「鎮魂曲」が思い浮かび、本を持ち替えました。

 結城信一「鎮魂曲」

 結城信一「鎮魂曲」 (創文社・昭和42年初版)

…夕方、土手の横のだらだら坂を下りてゆくと、草むらの中に星が一つ、青く光ってゐた。どんよりと沈むやうに暗くなってゐたが、このごろ都會特有の空氣の濁りかたで、草むらもしらじらと埃っぽかった。しかし前の日に、短い雨がきて、そのわづかの間に多少は蘇ったらしく、そこから漂ってくる微風が、かすかな冷氣を含んでゐる。・・・・・どうやら秋になったな、おそらく自分にとっての最後の、と私は思った。…

 結城信一は繰り返し繰り返しひとりの少女の影を追い、少女が時を超越して語りかけてくるかのように文章を紡ぎ、そして、それが幻想でしかない現実を噛み締めます。
 その際限のない痛みは、確かに少女が「そこにいた」という証であり、彼の愛情の証であるのです。
 その「少女との愛を自分が忘れてしまったら、いったい誰がその愛をおぼえていてくれるというのか」と、彼は思い出を十字架のように背負い続け、その生涯をかけてひと文字ひと文字綴りました。

 彼は少女と海辺で見た流星を回想します。
 その星たちはひとつが流れるとまるで、その落下に動揺したかのようにつられて流れて行くように見えました。
 少女を失い、ひとりで見上げる夜空に彼はひときわ大きく流れる星を見つけます。
 それは天空を横切り大地に届いたかのように思えるほどの。

…およそ十秒ほども長く流れていた大きな星《十秒といふ時間を、長い、と言ふことが何かのまちがひであるかのやうに・・・・・。そしてその星は、たしかに地上に落ちたのに違ひなかった。》…

 その流れ星は、彼の生涯に落ちた、あまりにも短い、そしてその短さゆえに鮮烈な「少女」の一生であったのでしょう。

 結城信一の小説のなかで姿を変え、いくつもの青春を過ごし、燃え尽きて行く少女は、あくまでもたったひとりなのです。

 躊躇いが罪を生むことがあります。
 誰もその罪を言い当てることはできませんが、本人の心の奥底で塊となって圧し続けることがあるのです。

 彼は夢を見ます。
 白い道の向こうに消えては現れ、遠ざかっては寄せてくる波の幻影のような少女の姿を。

…道の向こふに遠ざかってゆく姿の消えないうちに、と私は必死で呼び返す。すると、同じ表情で戻ってくる。ね、教えてください、どうしてそんな顔をしているのです、あの向ふに、何があるのです。・・・・・だが、やはり黙っている。そして、細い指にはさまれた鉛筆で、地圖を書く。その紙片をのこしたまま、また私から離れてゆく。私には地圖の意味が分らない。靑寫眞のやうな線でみごとに書かれているので、よけいに分らない。…

 少女が過ごすはずだった時間、多くの分岐点をその先に見るはずだった短い生涯を、そして、《愛を語り合へる相手なしに生きてゐることは、それがどんなに美名を持たうとも、つまりは薄汚い生存に過ぎない》という悔恨と罪悪を彼は書き続けました。

…窓から星がとてもきれいに見える、見てゐたら、二つも續いて流れた、今夜は流れ星が澤山見えるのかもしれない、あの橋の上からだとよく見えるわね。…

 彼は少女の父親から聞いた最後のその言葉を確かめるために橋へと向かいます。
 けれども、いくら歩いても闇夜に吸い込まれて行くように、彼は陸橋には辿りつけはしないのです。

 鎮魂歌・署名 吉行理恵宛署名

 
 
 

 

 


 
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