新美南吉「墓碑銘」

 新美南吉が生前に出版した本は2冊のみでした。
 良寛物語「手鞠と鉢の子」と童話集「おぢいさんのランプ」です。
 彼の没後、巽聖歌や与田淳一らの尽力により散逸した遺稿が集められ、大日本図書出版から「新美南吉童話全集」として刊行されました。
 しかしながら彼が書き溜めたものは童話や小説だけではなく、それを遥かに凌ぐ数の詩、或いはその断片があったのです。
 巽聖歌は根気よくそれらを収集し、昭和37年に英宝社より「新美南吉詩集『墓碑銘』」として出版しました。

 新美南吉自身が詩をひとつのまとまった形にして発表しようとしていたかはわかりませんが、昭和7年に「赤い鳥」に「ごんぎつね」「のら犬」が掲載されたのを契機に上京した以後は、童謡の創作に力を入れていました。
 現在残されている彼の詩は確認されているもので180篇を越えており、それらは昭和9年から17年までの間に書かれたものでした。

 詩人としての新美南吉について、伊藤整は「日本の詩が荒廃した極点にあったようなとき、この人はひっそりと生きて、石ころの間に混る宝石のように、本当の詩を書いていた」と述べています。
 また、草野心平は「素朴純粋な、そして、強いヒューマニティがあふれている。それはフルートのような、ハァプのような音楽を奏でて愛(かな)しい。彼の童話作品の傑作も、すべてこの精神につらぬかれて光り輝く。スタイルは一見古風ではあるが、ポエジーの純粋度によってみずみずしい」とこの詩集の刊行にあたって寄せています。

 新美南吉は、自身が詩を書くにあたってどういう胸中で臨んでいたかを窺わせる詩を昭和十四年一月六日に残しています。
 それはアンデルセンの「マッチ売りの少女」に重ねられていて、凍える手で灯されたマッチの中に映し出された幸せな夢を綴りたいと願うものでした。

…われも詩をつくるからには、
 かの貧しき少女がともせしマッチのごとく、
 ひとつの詩には
 全き美しき世界を、
 また次なるひとつの詩には
 また異なれる
 美しき世界をもたらさんには。
 マッチのもゆるひまの短かからむとも、
 ひとつひとつに、たぬしき
 美しき世界をかいまみんには。
               
 身体的に羸弱だった彼が、29歳8か月という短い生涯における晩年に精力を尽くして書き続けた詩は、まさしくマッチ売りの少女が灯した光だったのかもしれません。 
 新美南吉は、生前に師と仰いだ北原白秋が亡くなってからわずか四か月後の1943年(昭和17年)3月22日、結核のため世を去りました。

 昭和十年八月三十一日に書かれた「墓碑銘」という詩をご紹介します。

 新美南吉墓碑銘 (英宝社、昭和37年初版)

 「墓碑銘」 新美南吉

 この石の上を過(よ)ぎる
 小鳥たちよ。
 しばしここに翼(はね)をやすめよ。
 この石の下に眠っているのは、
 おまえたちの仲間のひとりだ。
 何かのまちがいで、
 人間に生まれてしまったけれど、
 (彼は一生それを悔いていた)
 魂はおまえたちとちっとも異ならなかった。
 なぜなら彼は人間のいるところより、
 おまえたちのいる木の下を愛した。
 人間のしゃべる憎しみといつわりの言葉より、 
 おまえたちの
 よろこびと悲しみの純粋な言葉を愛した。
 人間たちの理解しあわないみにくい生活より、
 おまえたちの信頼しあった
 つつましい生活ぶりを愛した。
 けれども何かのまちがいで、
 彼は人間の世界に生まれてしまった。
 彼には人間たちのように
 おたがいを傷つけあって生きる勇気は、
 とてもなかった。
 彼には人間たちのように
 現実と闘ってゆく勇気は
 とてもなかった。
 ところが現実の方では、
 勝手に彼にいどんできた。
 そのため臆病な彼は、
 いつも逃げてばかりいた。
 やぶれやすい心に、
 青い小さなロマンの灯をともして、
 あちらの感傷の海へ、
 またこちらの幻想の谷へと、
 彼は逃げてばかりいた。
 けれど現実の冷たい風は、
 ゆく先き、ゆく先きへ追っかけていって、
 彼の青い灯を消そうとした。
 そこでとうとう危うくなったので、
 自分でそれをふっと吹き消し、
 彼はある日死んでしまった。
 小鳥たちよ、
 真実、彼はおまえたちを好きであった。
 たとい空気銃に打たれるにしても、
 どうしてこの手が、
 翼でなかったろうと、
 彼は真実にそう思っていた。
 だからおまえたちは、
 小鳥よ、ときどきここへ遊びにきておくれ。
 そこで歌ってきかせておくれ。
 そこで踊ってみせておくれ。
 
 彼はこの墓碑銘を、
 おまえたちの言葉で書けないことを、
 ややこしい人間の言葉でしか書けないことを、
 かえすがえす残念に思う。



 
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