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白蓮「指鬘外道」

 柳原白蓮の戯曲「指鬘外道」は次のような序文から書き出されています。

 指鬘外道 装丁 (大鐙閣、大正9年第4版)

 …これは 日に 祈りと 化粧 とを事として 一生を 終るかの如くに置かれた 果敢ない女の指先から生まれたものです。
 朝に 夕に うち向かふ 最も親しかるべき鏡ですら どこやら逆さに寫して見せてくれる その偽りにも いつしか馴れては 唯一の睦まじきものとも思ひ暮らす 私 夜にもなれば 優しい魂がそつとかへつて來て 敬虔な祈りへと誘ふ …
 
 「幻の地獄」と題された口絵は竹久夢二が手掛けており、絵にはつぎのような戯曲中の一文が添えられています。

 指鬘外道2 口絵 指鬘外道 函  

 …もつと血が欲しくばこの私の血を絞るがよい、そなたには疫病のように嫌われたるこの私でも、夜になればあまたの痩犬共がやつて來て、骨までしゃぶるであらう…

 柳原白蓮については「處女の頃」の挿絵を取り上げた時に少し触れました。
 皇室出身者として九州の炭鉱王・伊藤伝右衛門に嫁ぎ、「家」が人であり、家長こそが意思を有する全人格であった時代において、女性個人としての自由と愛を渇望し、ついには宮崎龍介と出奔した女性歌人。
 その出奔の相手・宮崎龍介と白蓮を結びつけたものが、大正8年に雑誌「解放」に発表された戯曲「指鬘外道」でした。
 この「序」を読むにあったって思い起こされるのは、大正10年10月22日付の大阪朝日新聞の夕刊に掲載された「私は金力を以つて女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別を告げます。私は私の個性の自由と尊貴を護り且培ふ為めに貴方の許を離れます」と言う一連の伊藤伝右衛門宛の公開絶縁状です。
 また、奥付、並びに、表題の著者欄には、單に「白蓮」とだけ記され姓はありません。
 これは女性の文筆活動を快しとしなかった伊藤伝右衛門への配慮もあるのでしょうが、序文と併せてみると既に白蓮はこの時から伊藤家を憎み、自分の運命と戦う決意を固めていたのかのようにも思えます。

 指鬘外道 表見返し 表見返し

 指鬘外道、或いは、鴦掘摩とは、阿含経典に含まれる鴦掘摩経等に登場する釈迦の弟子のひとりです。
 本当の名は "Ahinnsa" と言い、100人の命を奪い、その指を切り取って鬘に通し、首飾りにしたことから「アングリマーラ」(Angulimāla:指鬘)と言う俗名が付けられました。
 彼の名前をここでは白蓮の戯曲にしたがって「鴦掘摩」と呼ぶことにします。
 
 この鴦掘摩が転じた指鬘外道が悪鬼の如く恐れられたのは事実ですが、彼はもともと聡明で、禁欲をよく守り、非常に人望の厚い人物でした。
 それがなぜ悪鬼の如くに豹変したのかというと、彼の師の妻が鴦掘摩に横恋慕したことから端を発します。
 
 …そもそも私の望ない望をかえた不幸は、過去の縁といふものか、過去から呪はれた此身の因果か、聲なき聲の苦しさ、謳わざる歌の悲しき調、報いなき祈りのあはれさ、想ひと恨みはほのじろく、燐の如に陰火は燃えて怪しう現はれ來るもの、みんな我魂が生む幻の影、私のこの黑髪に深々と顔を埋めて泣くよ。日毎に夜毎に眠りの床と天井に這い周るよ戀しきもののけ、私は生む事なき懐妊を苦しみながら晝と夜との合に悶ゆる愛の燈火は待てど來らず、平かなる晝はくれどもこの身には日の光も見えず…

 夫人は鴦掘摩への恋慕の情に囚われ、昼夜を問わない激しい煩悶に苦悩し、ついには成し遂げられぬと知ると諦めは憎悪に変わり、鴦掘摩への復讐へと動きます。
 事件は師の留守の間に起きました。
 夫人は着ていた自分の衣を破り裂いて乱暴されたかのように装い、夫(師)の帰りを待ち、虚偽の訴えを起こしたのです。
 師はそれを聞き「鴦掘摩を破門する」と言いますが、夫人は次のように申し出ます。

 …あなたは旅からお歸りなされたらあの鴦掘摩に婆羅門の法の皆傳をお授けになる筈でした。その秘法を許さるるものの約束として百人の命を絶つのじゃと、斯う仰しやりませ。百人は愚か十人がほどにもならぬうちに誰かに嬲り殺しされてしまひます。それ故あなたは私の申し上げた事を鴦掘摩に決して仰つてはなりませぬ。彼の罪をお裁きになつてはなりませぬ。唯御命令をなさればそれでよいのです。…

 「婆羅門の秘法を授かり皆伝となるためには百人の命を奪え」というのです。
 それを聞き、鴦掘摩は驚愕し師に質します。

 …
 鴦掘摩「人の生命を絶つ。然も百人。それは又思ひもよらぬこと」
 師  「婆羅門の教は師の命に違背は許されぬものぢや」
 鴦掘摩「師の命はこれ天の命と、それはよく心得て居りまする。なれど餘りに意外の仰せに驚きまする」
 師  「百人くらいの人の命を奪ふのが何の驚く事がある。我秘法は百の人命よりも重しとせねばばらぬ」…

 そしてついに鴦掘摩は婆羅門の規律に遵い復命を約します。それが「百の玉の緒を繋ぎ合はして」その印とした指鬘なのです。

 如何に理不尽と思える命令でも、それが師の口からでたものであれば疑わずに遵うという盲目的信仰。
 個人の良心の届かないところにある帰依への信奉が悲劇のもとになるのです。
 そしてそれは鴦掘摩に、その法を守るために人心を棄てた悪鬼という結果をもたらしたのです。

 指鬘外道 奥付 奥付

 九十九人を殺し、丁度百人目という時に指鬘外道が我が子であるという噂を聞き、鴦掘摩の母が彼の前に現れます。しかし、既に人として壊れ尽くした彼には実母も判らず殺そうとします。
 そこへ釈迦牟尼世尊が現れ、母を庇うと共に、鴦掘摩を業から救い出し、直弟子のひとりに加えます。
 釈迦を追ってきた弟子がその事を聞き、訝しく思い、釈迦に問いかけます。
 すると釈迦は遥か昔の大果王とその王子の話をし、業が因縁によるものであり、殺人者も被害者も教唆した者もその因果による繋がりがあるのだと説き、ここにおいて(釈迦と出会うことで)仏縁が成就したとするのです。

 この戯曲は、現生における鴦掘摩の顛末、そしてその業を救う前半。過去における転生の因果を説く後半とに分かれています。
 人の現世の罪業は偏にその人物の所業のみによるものではなく、連綿と続く因果に基づいており、それを知ることにより根本から魂を救うことができると説いているのです。

 白蓮は鴦掘摩の業と救済に何を見、そして、望んでいたのでしょうか。
 大正天皇の従妹、皇族の出自という因縁。望まぬ再婚相手。個人の意思を拒絶する家制度。女性蔑視。
 そうしたものが過去の業によるものであり、その業を心から知り得た時、必ずや救済の手が差し伸べられることを夢見ていたのでしょうか。
 
 戯曲の過去において、王子を誘惑する女がこう述べています。

 …私がいとしう思ふものは憎み。私の仇は愛しまする。如何な日でも私の身方でないと知った時の心細さ頼りなさ、せめて女として妻として當然受けてよい筈の仕合せだけでもと、幾度泣いたかしれませぬ。私がもつと醜く、もつと年をとつて居ましたなら、或いはあの人は妻に親切にする事を恥ぢはしなかつたかもしれませぬ。いいえ、親切でないまでもこんな無慈悲な遊戲を人々に見せつける事だけはする甲斐もなかつたに違ひありませぬ。私はそれを許し難いものに思ひました。世の中の男の凡てを許し難いものに存じまする。假令へ(あなた様でもという言葉は口の中に消えて)…

 劇中において、因果を抱く女(現世の夫人の前世)に言わせたこの台詞は、白蓮の切実な呻きだったのかもしれません。

  指鬘外道 夢の歌 楽譜「指鬘外道」(山田耕作・作曲)

 後に戯曲「指鬘外道」の一節を取り出したものに山田耕作が曲が付し、「夢の歌」として発表されています。





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