ふみふみこ「ぼくらのへんたい」

 ぼくらのへんたい01-2 パロウ

 人には自分が自分であると理想的に信ずる部分の憑代としての自己、つまりテーゼな自己構成要素と、それから不本意な意思、自分では認めたくない、或いは、認めることを避けている部分、つまりアンチテーゼな自己構成要素とをあわせもっていて、日常の精神活動はメビウスの輪の如く表裏を入れ替えながら伸長して行く不規則な螺旋階段のようなものなのです。
 登り続ける階段において自分の頭が上にあるのか下にあるのか、時として不覚に陥り混乱を招きます。それが異常な状態と言えます。
 しかしアンチテーゼな部分において自己認識の不覚に陥ったからと言って、常に「異常である」とは言えないでしょう。むしろ、その時点においても正常を保っている人のほうが多いはずなのです。
 正常と異常の境界と言うものは極めて曖昧であって、「ここから先が異常」などという基準は表向きな精神疾患においてしか適用されていないのが実際なのです。

 ぼくらのへんたい01 (徳間書店、2012年9月) 

 人は一変します。その変化の速度に緩急はありますが。
 願望によってか、狂気によってかは別として、変化する可能性を誰でもが秘めているのです。

 …物心ついたときには、自分は女だと思っていた。股についている異物はいずれなくなると、胸はいずれ大きくなると信じてやまなかった。自然とそうならないと知った時のショックは大きかったけど、テレビに出てくる人を見て、人工的にでもなれると知って立ち直った。そうすることが当たり前だと思っていた。そうすることに何の違和感もなかった。…

 僕たちが望んでいるものは常に変化を伴う。変化を望まない「願望」などというものは元から存在などしてはいないのです。
 変質と変容を望む姿こそが人間本来の欲望であることを主張しても、真っ向から否定されるものではないでしょう。ただその変質と変容には「社会的適合性」という外部基準による要請が付きまとっているのです。
 大多数の人たちはその基準から外れないように無意識において願望を制御し、諦めているものなのです。しかし、その深層においては自分が大衆と呼ばれる平均化された存在であると確信し自負している人々よりも、自分は他の人々とはどこかが違う、違う価値観を持っているとマイノリティであることをわずかながらでも思っている人間のほうが多数を占めているはずなのです。
 「自分はマイノリティである。ただそれが適正に具現化されていないのは、それを発揮する機会にめぐまれていない、適正な評価を与えられる人間がいないのだ」と鬱憤を抱く人々のほうが多くて当然なのです。

 …誰でも、誰でもよかった。霊能者でも、心療内科のえらい先生でも、同じように女装を余儀なくされている奴でも。死んだ姉の姿をすると、死んだ姉がみえるんです。見えるだけじゃなくて、話しかけてくるんです。どうしたらよいでしょうか?…

 ぼくらのへんたい02 (徳間書店、2013年2月)

 螺旋状にテーゼとアンチテーゼとを回り続けているうちに、その曖昧さに精神を浸食され、あったはずの確固たる自我の境界さえもが朦朧として、そのうちに気味の悪いマーブリングのようにどちらも混濁し、最後にはすべての要素の形質を維持することも難しくなってしまうところまで行き着いてしまう人たちがいます。
 それを不幸と呼ぶか否かは別として、見方を変えればテーゼな自分もアンチテーゼな自分も捨ててしまうことができれば、その過程において完璧なる精神の破壊が生じれば、その人は理想的な精神世界にのみ生きる存在になり得るとも言えるのです。外部の刺激には一切反応しない夢の世界の住人になることも可能なのです。
 現実において限界を突破する人は極めて稀です。変質と変容が望みの原点であるにも関わらず、それを自制させる自己の存在が現実の自分に苦役を強いていると言えるでしょう。
 人は自ら望んで磔刑にかかるという、他の動植物には見られない特性を有し、それがために自分たちをマイノリティだと主張して已まないのです。
 そしてまたその赦免は、自己を現実から解放する以外には有り得ないと知っているのです。

 …度の合わないめがね。好きなものほどよく見えない方が。(「ぼくがこうしてしまうのはぼくのせいじゃない」)他人のぬくもり、体の重さ、そして快感、それらを記憶が求めているからだ。…

 ぼくらのへんたい03 (徳間書店、2013年7月)

 「COMIC リュウ」で連載中の、ふみふみこ著「ぼくらのへんたい」は、自分に女装を強いる状況にある3人の男の子を軸にしています。
 女装が本来の姿であると純粋に女の子を望んでいる「まりか」。母親を慰めるために亡き姉の姿をして家庭生活をおくる「ユイ」。好きになった相手が「女」を好きだったから女装をしている「パロウ」。
 その外見だけをとりあげればアブノーマルとして不適格な烙印を押されかねない「変態」であり、また彼らが望む形での最良を実現させるための手段としての変貌と成長を示す「変態」という二面性を内包しています。
 ドライな描写のなかに見え隠れする人の持つ願望という病を、これから先どうやって展開していくのか興味の尽きない作品です。
 
 ぼくらのへんたい02-2 ユイ


 
 


 
 
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