P.ギャリコ「スノーグース」… 横田沙夜

 「スノーグース」は、第2次世界大戦中のイギリス・エセックス州にあるグレート・マーシュの古燈台を舞台にした純愛の物語です。
 背中に大きなコブがあり、左の手首から先が大きく折れ曲がった町中の嫌われ者である画家ラダヤーと、みすぼらしいサクソン人の少女フリスの出会いと別れ。
 悲惨な戦争が引き裂いた、決して言葉にすることの無かったふたりの愛が描かれています。

 横田沙夜04

 その邂逅は、ありきたりな静かな描写から始められます。この静けさは物語の全編を通して維持され、登場人物の感情も行動も極力抑制されています。物語自体が、まるで第三者のひとりごとのように綴られていくのです。

 …ラダヤーがここに住むようになって3年過ぎた11月のある昼下がりに、ひとりの少女が防波堤に近づいてきた。両腕になにかを抱いて。…

 ポール・ギャリコはこの作品で、1941年にO・ヘンリー賞を受賞し作家として世に認められました。
 先だってパラボリカ・ビスで開催された個展・横田沙夜「ふたりの王女さま」から作品を取り上げながら話をしようかと思います。

 まずこの物語は再話されている絵本を除いて、原訳に沿うものは一般的に読み辛い作品であると言えます。矢川澄子、古沢安二郎、片岡しのぶなどそれぞれが原文の静けさ、純粋さを失わないよう本当に苦心して翻訳しています。それでも読みにくいのです。彼独特の美の世界に入り込めなければ、この短篇を読み通すのには苦心するかもしれません。というのも、その世界観が平板に描かれ過ぎているからなのです。

 本編はおおまかに3部に分かれています。
 最初は、古灯台に住み着いたラダヤーとフリスとが一羽の傷ついた白雁を介して出会い、ラダヤーが戦役に徴されるまで。次が、ダンケルクでラダヤーによって救出された兵士たちの、彼と白雁についての酒場での話。そして、後日談で結ばれます。
 そのどれもが淡々としており、激戦地であったダンケルクでの戦闘シーンもなければ、酒場での誇張された英雄譚もない。また、ラダヤーとフリスの熱愛を語る場面もありません。
 読み方によっては「現代からみると起伏のないたいくつな作品」になってしまいます。しかし、この作品が読む人の心をとらえて離さないのは、その起伏のない静けさにこそあると思うのです。

 横田沙夜02

 …「ギャリコの物語は冬の香りがするわ。清らかに降り積もった新雪を、舌の上でそっと溶かし、その冷たさと儚さが心に気高く澄んでゆくような、そんな美しさと切なさがあるわ。」…

 これは、野村美月著「文学少女と死にたがりの道化」の中にある天野遠子のギャリコ評です。的を得ていると思います。
 ギャリコは冬の作品なのです。
 それも高村光太郎が言うような他の季節を圧するような強靭さと厳しさを兼ね備えたものではなく、静々とひとひらごとに降り積む微かな営みの雪景色のような純粋さに張りつめた世界です。大袈裟なパフォーマンスを切り捨てて作られている純結晶のような作品なのです。

 ライトノベルのごとくポップなテンションの高い会話が連続することもなければ、戦争文学に見られる凄惨な場面もありません。もし、たったひとつ取り上げるとしたなら、全身を銃弾で撃ち抜かれ、舟に取り残された、四肢を失ったラダヤーの死体の描写でしょう。
 しかし、ギャリコはここでもラダヤーだと名前をあげてはいません。ただ短く「男の死体があった」とだけ書いています。
 ダンケルクの海岸戦において孤立した兵士を、たった一艘の舟で救出にむかったラダヤーの顛末を悲劇的にも英雄的にも書いてはいないのです。

  横田沙夜03

 その舟の縁には、男を見守るかのように留まっている白雁が一羽。けれどやがて諦めたかのように、或いは、別の役目を果たすかのように空に飛び立ちます。そして遠く離れたフリスの頭上に白い雁が現れるのです。
 それについても同じ鳥であるとは一言も触れていませんし、特別な意味があるとも書いてはいません。ただフリスには「それ」がわかっていて、その鳥は頭上で弧を描いた後、二度と戻ってはこないだろうと言うのみです。

 僕たちは直接的な刺激に慣れ過ぎてしまっているのではないでしょうか。こうした静謐な物語を手すると、その慢性的な刺激によって鈍くなった自分を突きつけられるようです。
 けれども、「スノーグース」を読み終えて、不覚にも眼尻を押さえてしまっていることが、「まだ遅くはない」と教えてくれている気がします。
 
 先の個展で横田さんとお話をする機会があり、展示されている作品をどの順で描かれたのかを尋ねました。
 横田さんは「最初はフリスを描き、そのあとからは物語を読み進めながら順を追って描きました」とおっしゃっていました。
 物語を何度も読み返し、そうして練られて行ったイメージを、横田さんは水彩特有の淡さを生かして描いています。

 横田沙夜01

 僕が部屋に掛けている一枚は、その個展で展示されていた飛び立つ雁たちを見送るフリスの後ろ姿を描いたものです。
 「雁の群れ」と題されています。この場面がもっともこの物語に相応しいと僕には思えました。

 何かを表現しようとする時に言葉は少なくても良いのです。表現しようとする心が、伝えたいと思う気持ちがそこにあるならば。そう思いながらこの絵を部屋に飾っています。

 「スノーグース」ではありませんが、11月14日~25日まで、大阪のBooks&Gallery Cafe "ARABIQ"で横田沙夜・吉村眸二人展『半獣神の午後』が開催されています。お近くの方はぜひ足を運んでご覧になってみてください。

 横田沙夜05

 Books&Gallery Cafe "ARABIQ"
 〒530-0016
 大阪市北区中崎3-2-14  
 13:30~21:00(日祝~20:00)  
 火曜不定休・水曜定休
 tel/fax 06-7500-5519  

 



 
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