太刀掛秀子「雪の朝」「ライラックの花のころ」

 僕が呼吸器官を痛めて埼玉で転地療養をしていた頃、小学2年生から4年生のはじめまでです。
 通学路から自宅とは逆方向に子供の足で20分ほど歩いたところに、小さいですが良く手入れをされた庭をもち、自宅で子供たちに絵を教えているお姉さんがいました。
 いくつくらいの人だったのでしょうか。その頃の僕には女性の年齢を判別することなどできませんし、そこの生徒でもなかったのでわかりません。単に友達の家の近所であったというだけでした。けれどどこかで美大か何かを出てそれほど経ってはいなかったような、そんな話を聞いたことがある気がします。
 2年生の冬。体育で見学ばかりが続いていたある日のこと、ひどく寒い日だったので教室でひとり残っていることになりました。僕は体育が好きな方ではありませんでしたが、校庭から響いてくる友達の騒ぐ声を聞いているうちに、自分がどうしようもなく取り残された気がして、ふっと学校を抜け出してしまったことがあります。
 気づくと普段はめったに行かない通学路の逆側へひとりで歩きだしていました。そうしてその家の前を通りかかったのです。
 恐らくバラの剪定をしていたのだと思います。彼女の家の庭には背の高いものから低いものまでさまざまなバラが植わっておりましたので。
 僕に気づいた彼女は植え込みから立ち上がりました。
 「こんな時間にどうしたの?まだ授業のある時間でしょう?それとも早く終わったのかしら?」
 そう声をかけられても僕には答えることができず、だまって彼女の手に握られていた花鋏を見ていました。
 すると彼女は手に持っていた鋏をエプロンのポケットにしまって、こう話しかけてきたのです。
 「もうすぐ冬も終りね。早く春がくると楽しくなるのにね。ねえ、君は冬の最後の日に降る雪の伝説って聞いたことがあるかしら?その冬の最後に降ってくる雪の最初のひとひらを受け止めるとね。お願いをひとつだけ叶えてくれるのよ。寒い日が続くと誰だって嫌でしょう?でもね、今日がその日かな、明日がそうかなって、空を見上げて待っているうちに春がきてるの。それって幸せでしょう?」
 僕が彼女と話をしたのはそれが最初で最後だった気がします。
 中学生になってから読んだ太刀掛秀子さんの漫画のなかに、似たような言葉をみつける時までそのことは忘れていたのですけど。そして僕は思ったのです。
 「あれはあの人が作ったお伽噺ではなくて、きっとどこかにそんな伝説がつたわっているのだろう」と。
 そんな思い出話を交えながら、太刀掛秀子さんの最初の作品集「P.M 3:15 ラブ・ポエム」に収録されている作品を2つご紹介します。

 PM315ラブポエム (集英社、1976年初版)

 「雪の朝」は、少女月刊誌「りぼん」の昭和48年10月号に掲載された太刀掛秀子さんのデビュー作です。もちろん僕は本誌上で読んだわけではなく、単行本になって版を重ねてからのことでした。

 「雪の朝」

 雪の朝
 (月刊「りぼん」昭和48年10月号掲載)

 同じ下宿屋に世話になっているロビーとローラは学校が違うとはいえ共に画家を志しています。ふたりは自覚していないのか、誰よりも気が合うのにそれを他人から言われると「喧嘩友達」だとお互いに主張するのが通例。
 その冬で最後の雪になるかもしれないというある日、ロビーの前に自分は雪の精だと名乗る美しい少女が現れます。

 「私ね、雪の精。ほら、あなた今日、今降ってる雪の1番最初のひとひらを受け止めたでしょ。あれ、私。」

 ロビーは絵のモデルとしてその少女の美しさに夢中になり、日が暮れてもスケッチボードを離さずに描き続けました。
 昼間にロビーと喧嘩したとはいえローラはいつもの公園へ夜食を持ってでかけます。そこでロビーと少女の姿を目にして初めて自分の胸の痛みを知り、彼を愛していたことに気づきます。

 「ぼくがいままで見た中で一番美しいのは…君だよ。」
 少女はそれにこう答えます。
 「もっともっと美しいものはこの世にはあるはずよ。ロビー、それを知らない?… … わたしも知らないわ。でも私は明日の朝までには…それを見られるわ。…」

 そう言葉を交わしている二人を目撃したローラは取り乱してその場を走り出し、解けかけている氷を踏み割って池に落ちてしまいます。肺炎を起こした彼女は、必死に看病するロビーの努力も虚しく命の火が消えかけて行きます。ロビーは今失うかもしれないローラを見て自分の愛に気が付くのです。
 そして、ついに力つきたかと思われた瞬間、雪の少女は世界で一番美しいものをみせてくれたお礼にと、自分の命をローラに分け与えたのです。

 「ライラックの花のころ」

 ライラックの花のころ
 (月刊「りぼん」昭和49年7月号掲載)

 ある日、小さなアンディの家の隣にアンディより2歳下の女の子・リラが引っ越してきます。しかし、リラには重大な秘密があったのです。
 それはアンディがライラックの花をリラに届けたその日、彼女の口から零れでます。もちろん彼女自身はそれを理解できる年齢には達してはいません。

 「フランスではいつだってママンと一緒だったのに。いつだってやさしくキスしてくれて、時にはつよく抱きしめて『リラ、リラ、忘れないで』って。」
 「じゃあ、きみのママはフランスにいるの?」
 尋ねるアンディにリラは泣きじゃくりながら答えます。
 「ママンの…、時計…、とまちゃって、いっしょにこれなかったの。」

 ふたりはライラックの花に包まれた世界で純粋に成長して行きます。
 大学進学を希望しつつも家の事情から断念せざるを得ない状況のアンディに、リラの父親がロンドンの大学へいく援助をしようと申し出ます。アンディはそれを喜び、ふたつ返事で承諾しますが、それを聞いたリラは自分が置いていかれることにショックを受けます。
 そのリラに父親は告げるのです。「決して男の人を愛してはいけないよ」と。父親はその夜、息を引き取ります。しかし、アンディとリラは大学を卒業したら結婚することを誓い合うのです。
 アンディの大学卒業が間近になったある日、彼の両親がリラのもとを訪れ唐突に切り出しました。
 「君とアンディとの婚約はなかったことに…。」
 さらに彼の母親はリラを「生まれてきてはいけなかった子」と罵ります。その理由がわからないリラは茫然自失に陥りますが、アンディの父親から渡された書類を見て、自分が遺伝性の精神障害を負っていることを知ります。
 「いつか私もああなるんですもの。」
 母親のことを知り、その身の回りの世話をするためにアンディのもとを去ったリラ。
 リラが町を去ってから半年後、アンディはついにその行方を突き止めます。そして、ふたりは再会をするのですが、アンディの腕のなかでリラの記憶の時計は静かに止まってしまいます。

 以上が「ライラックの花のころ」のストーリーですが、ここに言う「時計がとまってしまう」という病気について、当時の僕にはまったくわかりませんでした。
 今のようにインターネットなどありませんので、「記憶の退行を伴うそんな悲劇的な病気があるのだろうか」と図書館などで調べた結果、いくつかの症例に行き着きました。
 しかし、自分が神経症であることを認識、あるいは自覚できる自己疎外性神経症と自我親和性神経症を除くと、該当する症例は見当たらなくなってしまいました。
 つまり、退行による精神疾患は防衛機能として発症する例が多く、遺伝的にある時点(年齢)で発症するというものではないようです。
 また、近いものに、現在でいうところのクロイツフェルト・ヤコブ病がありますが、発症後の余命が極度に短いことから、この物語には相応しくない気がします。
 そう考えると自身の血縁に退行性記憶障害の人がいることを知り、かつ、その素因が遺伝的な可能性があると周囲から強く言われ続けたため、自分自身のなかで「いつか自分も」という不安を高めてしまい、それが恒常的なストレスとなって退行を発症してしまったと考えたほうが良いのかもしれません。僕は精神科医ではありませんので詳しくは知りませんから何とも言えませんが。
 いずれにしても昭和49年当時では症例の解明は進んでおらず、資料も少なかったと思います。ですので、ここは難しいことには立ち入らずに、悲劇的なファンタジーの一要素として単に取り入れたものとするのが妥当なのでしょう。
 ただこれが、周囲の人々の精神疾患に対する誤解が招いた「退行」だとしたら、何にもまさる悲しい物語です。同じような差別を、別の疾患で僕もしていないとは言えませんので、読み返してみて少し背筋がゾクッとしました。


 


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