岩崎なな&横田沙夜個展

 19日の夕刻。小雨がちらつく中、仕事のついでに浅草橋から江戸通りを蔵前方面に向かいながら「何か面白いものないかな?」と歩いていました。
 主に柳橋から蔵前にかけた隅田川沿い。かつては安宿や家内制手工業のような小さな会社が建ち並び、それとは不釣り合いな高級料亭があったりした界隈。
 ミシン、旋盤、型抜きの作業音やこの時間であれば夕餉の支度をする音がそこここから漏れ聞こえていたのに、どれほど歩いても僕が向島に住んでいた頃の面影は全くと言うほどになくなってしまったことを改めて思い知らされました。
 姿を変えてしまったとはいえ、ところどころに記憶に残る建物もありました。けれどもそれらに懐かしさを感じるはずもなく、こうして歩き回っている自分が異邦人か不審者のように思えてきました。
 想い出を頭の中に展開させながら「榊神社はこんなに狭かったかしら?」と鳥居をくぐり、手水でお浄めを済ませてから参拝をし、そしてまたぐるぐると露路をめぐりました。

 榊神社01 榊神社02 榊神社03

 ここにはもう何もないのかもしれない。そう諦めに似た心持のなかで、不意にたどり着いた、ビルに押し潰されそうな空間に建っている木造家屋。そこに見覚えのある表札を見つけて、思わず「呼び鈴を鳴らしてみようか」などと真剣に逡巡し、結局はそのまま玄関前を立ち去りました。
 30年以上も前の面影しか思い浮かべることの出来ない僕には、ようやく辿りついた記憶の欠片を確認する勇気が欠けていたのです。
 それから川へ向かって歩き出し、見るからに家賃の高そうなマンションの間をすり抜けて堤防沿いに出てみれば、「あらまぁ」という感じで綺麗に公園として整えられた光景。川向うには国技館、両国公会堂の青銅の屋根、渋滞する高速道路。期待したものに会えるはずがないことはわかっていたのですけど。

 柳橋付近(隅田川) 柳橋付近(隅田川)01 柳橋付近(隅田川)02
 
 柳橋病院まで戻ってくると往路では見過ごしたショーウィンドウがありました。中にあったのは椅子に乗せられた「スノーグース」の文庫本とその上空に浮かぶ2枚のパネル。
 椅子の下には個展の案内状が散らばっていました。その案内状を見なければそこが個展会場であったことに気付かなかったでしょう。階段の登り口に「Parabolica-bis」と書かれた紙が貼られていました。

 「スノーグース」はポール・ギャリコの短篇童話です。「ふたりの王女さま」と題された個展はその物語をイメージした挿絵が掲げられ、この夜は、イラストレーターの横田沙夜さんのライブペイントと甘束まおさんによる朗読会が予定されていました。

 狭い階段をあがると「受付はこちらへ」の小さな張り紙。それを頼りに中へ入ればゴシック・ロリータを思わせるショップ。レジ奥にいた方に恐る恐る声をかけて個展の案内状にあった「スノーグースの朗読会」に参加したい旨を告げました。

 開演は19時。まだ予定の時刻まで1時間半以上もあります。同時に開催されていた作品展「西織銀・手のひらの童話展」と「岩崎なな・SPACEAFFAIR Vol.16」を観ながら待つことにしました。

 パラボリカ・ビス00 岩崎なな02 横田沙夜02

 岩崎なな…連鎖する生命の素粒子

 まず興味を惹いたのは「岩崎なな」さんの作品でした。室内すべてを利用したアンビエント・アートの一種なのでしょう。石庭をイメージした中に置かれたコットンで造られた人形と壁に描かれた目玉のような粒。
 白で統一された、閉鎖された解放空間という矛盾した感覚を与える室内。それはアンバランスな印象を与えながらも、決して不安感を与えない不思議さに満ちていました。

 展示室内に入った時、ひとりの女性が三脚を立てて作品を撮影していました。見るからにまだ20代半ばと思われる女性。その女性が作者でした。一見すると細身で繊細な体つきですが、最初に交わした一言から見た目の印象とは異なる意志の強さが感じ取れました。
 ぐるっと室内を一瞥してから「これはこの全部でひとつの作品ですか?」と尋ねますと「そうです」と短く答え、さらに僕が「あの壁に書かれている丸は目でしょうか?」と重ねて質問をしました。実はこの時、「目」と尋ねたのは僕の遠慮からでした。僕にはそれが「カエルの卵」に見えてしまったものですから。
 彼女は「私はそれをツブと呼んでいます。記憶とか遺伝子とか、そういうものが入ったツブで、それらが集まってひとつの生命とか形を作っていると思っています」と答えてくれました。つまり、「カエルの卵」のほうが少しだけ近かったわけです。近いと言っても遠いですけどね。

 ひとつの細胞がひとつの記憶なり、感覚を有していて、それが集まることによって総合的な記憶や感覚を形成することを表現しているのです。
 簡単に言えば、「果物が好き」という細胞と「リンゴが一番好き」という細胞が繋がることによって「果物のなかでリンゴが一番好き」という人格を形成するのです。そしてそれは細胞から細胞へと彼らが生き残るために伝達され、動物も植物も人間であることさえ無関係に、あらゆるものが一つの生命として再生を繰り返してゆくというテーマが込められているようです。
 僕にはこの彼女の描く「ツブ」が、連鎖し再生を繰り返す生命(或いは、記憶)の素粒子のように思えました。
 
 会場内の作品を撮影することはできないので、ショーウィンドウにあったパネルの一枚をご紹介します。
 
 岩崎なな01

 壁を覆いつくすように集合したツブは伝達される遺伝子、乃至は細胞。階段と扉は連続する時間と新たに開かれる空間を、人物の長く引き伸ばされた首は引き継がれる記憶を表しているのでしょうか。
 犬が覗き込む階段の出口から黄金虫のようなものが扉へ向かって歩いています。これは生命の連続性に着目して見れば、不死と再生を象徴するスカラベのようにも思えます。階段と人体は途切れることなくワームホールを潜るように循環して行くのでしょう。作品は11月4日まで展示されています。

 今までに制作された岩崎ななさんの作品は彼女のホームページ上に公開されています。アドレスをご紹介しておきます。

 http://www.spaceaffair.org/


 スノーグース…甘束まおさんの朗読

 横田沙夜03

 ポール・ギャリコの「スノーグース」は現代版「幸福の王子」と言った感のある作品です。ただ決定的に異なるのはギャリコはワイルドのように救いのあるエンディングとして昇天を描いていないことです。あらすじについては省かせていただきます。短篇ですのでお手に取ってお読み抱ければと思います。
 さて、先にも述べましたがこの日は朗読会と朗読に合わせて横田沙夜さんが木炭で絵を描くライブペイントのイベントが行われました。絵についてはまた後日取り上げようかと思います。今日は朗読についての感想を。

 「スノーグース」という話はギャリコらしいロマンティシズムに溢れた作品なのですが、記憶の断片を綴ったような物語で、かつ、読み方によっては救いのない悲劇と思われがちです。
 展開もアップダウンのある宝島や十五少年漂流記のような波乱万丈のワクワクするようなものではなく、またマッチ売りの少女やフランダースの犬のように悲哀をわかりやすく伝えてくるものでもありません。それは登場人物の感情を抑え淡々と進められます。
 従って読む側も聴く側も忍耐力を要す作品なのです。聴いている方は飽きてくれば気を逸らすこともできますが、読み手はそうはいきません。緊張感を保って読むには非常に難しい物語なのです。一度、自分で音読してみるとよくわかります。

 この夜、朗読を担当された甘束まおさんは心地よい声と明確な滑舌を生かして、この静かな物語を情感深く読み聞かせてくれました。

 本番前に、甘束さんが人の少なくなった展示室の片隅で朗読のおさらいをしていた姿を見かけました。その後ろ姿は声をかけることも、近づくことも憚られるような張りつめたものを持っていました。この舞台に臨む気迫と真剣さが展示されていた作品を静かに覆い、彼女が主役として空間を作っていました。あのリハーサル風景を見ることができたのは僕にとって、この日の最も幸運な瞬間だったかもしれません。

 横田沙夜01 ミニ色紙(ペン・水彩)

 朗読会が終わった後、帰りがけに「ご苦労さまでした」とだけ声をかけさせていただきました。
 緊張が解かれたであろう甘束さんに、他の言葉をかけるのは忍びない気がしましたので。
 見知らぬ人と会話をすることはとても疲れることですから、それが賞賛であっても。

 甘束さんが着けていらっしゃったスノーグースをイメージした白い羽のついたカチューシャ。
 弱い力とはいえずっと頭を締め付けられていると次第に痛みが増してきます。ヘッドフォンをつけっぱなしにしておくと耳が押さえつけられて痛み出す様に。
 恐らく本番はその痛みを感じながらの朗読であったでしょう。それに耐えて朗読を終えられたことも見事でした。
 またいつの日か、甘束さんの声を聴く機会があればと思います。
 お疲れ様でした。そして、どうも有難うございました。

 横田沙夜個展「ふたりの王女さま」は10月28日まで開催されています。

 会場:パラボリカ・ビス
 住所:東京都台東区柳橋2-18-11
 TEL:03-5835-1180
 *浅草橋駅(JRであれば東口、地下鉄ならA6出口)下車。江戸通りを蔵前・浅草方面へ、柳橋病院向かい側。
 HP:http://www.yaso-peyotl.com


  
 
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