僕の部屋に10日ほど前から蚊がうろうろしておりまして、あの耳障りなブーンという音に苛ついておりました。
 灯りを消すと同時に耳元で鳴り出すので、飛び起きるようにして電気をつけて辺りを見回す。姿見当たらず。消灯と点灯の繰り返しは、蚊との鬩ぎ合いの証であります。馬鹿馬鹿しくも真剣な。
 「神様は人間を喜ばすものしかお造りになりません」と某友人が聖書を片手に語っておりましたが、改めて彼に問いたい、「蚊とダニは何のためにつくられたのか?」と。

 「蚊取り線香を焚けばいいじゃない?」とおっしゃるでしょうが、僕はどうも苦手で。煙いのが嫌なら液体タイプも、無臭のもありますよと言う方もおりましょう。けれど、あの甘いような変な臭いが微かでもするのが嫌なのです。また無臭といっても点いていると何となく軽微な吐き気をもよおすというか…。気持ちだけの問題なのでしょう。

 しかし、そうした攻防を続けているうちに気持ちにも変化が起こるといいますか、妙な心持が生じてきます。何というか、この狭い部屋で生きている者同士の連帯感みたいなものが出てくるわけです。
 蚊というものは成虫になってからの寿命は2~3週間と言われています。そうするとこの蚊は、その寿命の半分ほどを僕の部屋で過ごしているのです。
 血を吸われたって、かゆくなる程度、薬を塗れば済みます。「我慢してやろう」とね。ただ仕事で集中しているときに身の回りで飛び回られて気が散らされるのは勘弁してほしいのです。
 それが一昨日あたりから羽音が聞こえなくなっていまして、いつも聞こえていたものが不意になくなると不安というか、心配になってきます。たかが蚊ですが「ついに死んでしまったか」と思っておりました。そうしましたら先刻、ちょうどPCを立ち上げた時分です。ブーンと音がしてきました。「ああ、お前、生きてたんだな」と(ほっと安心したりするのは論外なのかもしれませんが)。

 その飛ぶ様をしばらく見ておりましたら、あの盛夏の夕間暮れに僕を脅かした大胆不敵さの影もなく、羽音も心持ち弱弱しく聞こえます。「血を吸うのは雌の蚊。それも産卵のため」とどこかで聞いた覚えがあります。叩けばすぐ落とせる距離にいましたが、なぜかそうすることができず、むしろ左の腕をさしだしたり、右手の甲に「とまれ」とばかりの仕種をしていました。
 蚊のほうも「いつもと違う。罠か?」と警戒したのは当然かもしれません。追われる身が歓待されるはずもなしと。それでもようやく右手の甲の親指と人差し指の間の柔らかなところを見定めて羽を止めました。
 どのくらいでしょうか?多分、10秒ほどかもしれません。蚊が血を吸うのを眺めておりました。そして、彼女がついに飛び立つ気配を見せた瞬間に、手の甲を握りしめるように力をいれ、蚊の嘴が抜けないようにしました。
 こうすると蚊は口が皮膚から抜けなくなって焦り、じたばたともがくはずなのですが、こいつは覚悟を決めたかのようにひっそりと動きを止めていました。
 どうするも僕次第です。殺生を如何様にするも僕の支配下にあるわけです。
 彼女は次の瞬間を待つかのように、その斑模様の体が作り物の如くじっとしています。
 僕は、甲の上で動かずにいる蚊をそのままにして窓辺まで運んで行き、閉じていた雨戸を開けて、ふっと強い息を吹きかけると同時に手の力を緩めました。蚊の薄羽が強風のため後ろに煽られる様子を一瞬だけ目にして、その姿は秋の虫鳴く夜闇の果てに消えて行きました。
 太宰治にあやかり哀蚊と呼んで情けをかけたつもりはありません。強いて言うなら「同室のよしみ」でしょうか?夏の終わりをそんなものに重ねて、僕は残った軽いかゆみを感じながら、「来年はまた敵同士。心するように子供たちに伝えておけよ」と胸のうちで言葉をかけて窓を閉めました。

 人間とは、時に不可解な行動にでるものなのです。



 
 
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