小川未明「ある夏の日のこと」

 八月が終わります。
 立秋はとうに過ぎているので暦の上では既に秋のはずですが、まだ夏の名残は尽きないようです。そんな夏の終りに童話をひとつ取り上げます。

 小川未明が昭和16年に刊行した「生きぬく力」という本のなかに「ある夏の日のこと」という短篇童話があります。

 姉が庭を掃除している時にツツジの枝の中に蜂の巣を見つけます。蜂に刺されたりすると面倒ですから「とってしまおうか」と思いましたが、結局そのままにしておくことにしました。そして、弟に知られると「きっと落とされてしまう」と心配をしたのです。

 想い出に耳打ちをしてくるような、或る夏の日の、ひとつの蜂の巣をめぐる姉弟の小さなお話です。短い話ですので全文をご紹介させていただきます。

 生きぬく力 (正芽社、昭和16年初版)

 「ある夏の日のこと」  小川未明

 姉さんは、前庭の躑躅の枝に、蜂の巣をみつけました。
 「まあ、こんなところに巣を造つて。危ないから落としてしまはうか。」
 と、箒を持つた手を抑へてためらひましたが、「さはらなければなにもしないでせう。」
 折角造りかけた巣をこはすのも可哀さうだと考えなおして、しばらく立止まつて、一疋の親蜂が、脇見もせず、熱心に小さな口で、だんだんと大きくしようと、固めて行くのをながめてゐました。そのうちに蜂はどこかへ飛び去りました。何か材料を探しに行つたのでせう、しばらくすると、また戻つてきました。そして同じようなことを倦まずに繰り返してゐました。
 「この蜂一疋だけだらうか。」
 彼女は同じ一疋の蜂が、往つたり返つたりして、働いてゐるのしか見なかつたからです。
 「勇ちやんにはだまつてゐよう。」
 見つけたらきつと巣を取るであらうと思ひました。
 姉さんは、坐って、仕事をしながら、時々思ひ出したやうに、日の當る前庭を見ました。葉の黒ずんだ柘榴の木に、眞赤な花が、點點と火のともるやうに咲いてゐました。そして、水盤の水に浮いた睡蓮の葉に、蜂が下りて止まつてゐるのを見ました。
 「あの蜂はさつきの蜂かしらん。」
 眼をはなさずに見てゐると、蜂は、たつて、躑躅の枝の方へ飛んで行きました。
 「やはりさうだわ。水を飲みに來たんでせう。」
 翌朝、庭を掃除する時に、姉さんは、蜂がどうしてゐるだらうとわざわざ躑躅の木のところへ行つて、巣を覗いてみました。そこには、昨日の親蜂が、やはり一疋で、一生懸命に巣を大きくしようとしてゐました。彼女は、はじめてその時、一疋の蜂の力で造られた巣に注意をむけたのです。
 なんと並々ならぬ心遣ひと、努力が、その巣に傾けられてゐることか。たとえば、雨風に吹かれても容易に折れさうもない、丈夫な枝が選ばれてゐました。また巣の附根は、さはつても落ちないやうに、強さうに黒光りがしてゐました。小さな蜂にどうして、こんなに智慧があるかと不思議に思はれた程でした。
 「さうだ、これを弟にみせてやらう。そして、利口な蜂が、どうして巣を造り、また子供を育てるのに苦心するかを教へてやらう。さうすれば弟は、ここに巣のあることを知つても、決して落とすことはあるまい。」
 と、考へたのでした。午後になつて勇ちやんは、學校から歸ると、庭に出て、一人で遊んでゐました。
 「勇ちやん、蜂の巣があつてよ。」
 彼女は弟の顔を見ました。
 「ああ、知つてゐる。」
 「え、知つてゐるの。」
 弟がどうして、それを落とさなかつただらうと疑はれました。
 「姉さん、躑躅の木だらう。お母さん蜂がひとりで巣を造つてゐるのだよ。」
 「ええ、さうなの。」
 「この間から見ると、大分大きくなつた。あの穴の中に子供がゐるんだね。暑い時は、水盤の水を含んで行つて、巣の上を冷やしてゐるよ。」
 「まあ。」
 そんな悉(くわ)しいことまで、いつ弟は観察してゐたのだらうとびつくりしました。
 しかし、姉さんは、弟がどんなに蜂を可愛がつてゐるかを知らなかつたのです。
 「君、蜂の子を持つて行くと、ほんたうによく釣れるよ。」
 子供たちは日課のやうに、みんなで川へ釣に出かけました。彼等は、血眼になつて、蜂の巣を探してゐたのです。勇ちやんは、その話を聞くたびに、庭の蜂の巣を目に浮かべました。この頃母蜂の片方の羽根が少し破れているのを考へると、胸が痛くなるのを感じました。他の子供は、どこからか、蜂の子をさがして持つて行くことがあつたが、勇ちやんだけは、いつもうどん粉の餌を造つて釣にでかけたのでした。


  


 
 
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