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三芳村延命寺の六道輪廻図

 *急いで書いたため画像の間違いと説明不足の点がありましたので、修正させていただきました(8月19日)。

 人はどこから来て、どこへ行くのでしょうか?
 言われつくした問いかけですが、来た元はわからなくても、行く先については大体意見がまとまっているようです。ご想像はつくかと思いますが「あの世」ですね。
 その「あの世」ですが、どうやらひとつ世界ではなく、多層(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)に分れており、またそこへ至る手続きも複雑なようです。従って古の人々はそれをどのように諸衆に伝えるかにかなり苦心をしております。

 罪を犯すとどうなるのか、どうすれば「安心」(あんじん)を得られるのか、人は如何に生きるべきかをひと目で諭すようにしたもの、文字の読めない人にも分かるように記したのが六道輪廻図です。地獄極楽図と言ったほうがわかりやすいかもしれません。
 行基寺(岐阜)、長岳寺(奈良)、正福寺(鳥取)、西念寺(秋田)など美術的にも優れたものが残されています。
 千葉県南房総市三芳村の延命寺にも優れた六道輪廻図が伝わっており、それを拝観してまいりました。
 天明4年(1784年)、江府宗庵の手による和紙彩色掛け軸「地獄極楽絵図」全16幅です。毎年8月16日の一日のみ御開帳されています。

 延命寺 延命寺山門

 第一幅は「往生」を表し、死して魂が抜けるまでを描いています。第二幅は「九相観の図」です。
 九相観とは死んだ人間がどう変化して行くかという物理的な変容のことです。つまり、死体→死後硬直、膨張→腐敗→蠅、蛆による分解→獣に食い荒らされる→肉部分の土化→骨化→骨の風化→土に還るという流れです。

 九相観図 九相観図(部分)

 第三幅から中陰に入り、初七日の秦広王から初江王、宋帝王、五官王、閻魔大王、変成王、泰山王と七日ごとに裁かれる様が描かれます。
 初七日の秦広王は「双幢の巻物」というものを手にしておりまして、この巻物は開くと、その人の一生がすべて浮き上がるとされています。秦広王はひと目でその人物がどういう一生を送って来たかがわかるというわけです。それをもとに最初の断罪を行うのです。犯した罪が複数であればあるほど先へ先へと送られ、その都度ひとつずつ贖罪を重ねて行きます。

 秦広王図、初江王図 秦広王図、初江王図

 ここで初江王図の部分をご覧ください。

 初江王図 部分 初江王図(部分)

 亡者のなかにも豪傑はいるようで、鬼を捕まえては串刺し地獄の穴に投げ落としています。珍しいシーンですね、これは。
 追記させていただきますと、この人物について勝手な推測を許していただければ、第2代横綱「綾川五郎次」か、第3代横綱「丸山権太左衛門」ではないかと思われます。
 更に良く見るとこの人物の頭の上に大きな瘤があるように見えませんか?これが丸山権太左衛門の特徴を示していまして、この瘤から四股名の「丸山」が付いたと言われています。
 また彼は、五斗俵に筆を突き刺し差したまま持ち上げて字を書いたという逸話が伝わっているほどの剛力の持ち主でした。活躍年代(1735~1749年)からも有力な候補だと思われますがどうでしょう?

 話を地獄のことに戻しましょう。
 地獄では一罪一贖が原則ですから十悪五逆の各々に対して刑が科されます。
 十悪は身業の悪(殺生、偸盗、邪淫)、口業の悪(妄語、綺語、悪口、両舌)、意業の悪(貪欲、瞋恚、愚痴)の身口意三業に渡る行為を指し、五逆は母殺、父殺、阿羅漢殺、僧伽の和合の破壊、仏身を傷つけることを指します。
 「親殺しはないでしょう」と言われる方もおりましょう。当然です。しかし、刃傷沙汰ばかりが「殺す」ことではないのです。
 親鸞は「親をそしるものをば、五逆のものともうすなり」と述べています。つまり、親を謗る人はその内面において五逆を犯したも同然だと言うのです。親に対して暴言を吐いたことのある方は心してください(僕も含めて)、既に五逆を犯しています。

 宋帝王図(部分) 宋帝王図(部分)

 延命寺の輪廻図には秦広王と初江王の間に「三途の河原(賽の河原)図」が挟まれています。早世した子供がその罪を贖う場面と地蔵菩薩の姿が描かれています。
 宋帝王は三七日(二十一日)の裁判を受け持ち、血の池地獄がその眼前にあります。
 この絵の上部(画像では切れていますが)には「見し世にぞ かくも言はましなげきなく 死出の山をいかで越ゆらむ」と謳われる距離にして八百里、雲突く頂は目にも映らないと言われるあの世の名峰(?)「死出の山」が描かれています。この山を鬼に追い立てられながら、初七日のうちに泣く泣く越えて秦広王のもとに向かうことになります。

 五七日(三十五日)に閻魔大王の前に引き出されます。閻魔大王については鎌倉の圓應寺のところで触れましたので省かせていただきます。
 
 閻魔大王図 0 閻魔大王図

 七七日(四十九日)の裁判によって人は六道に振り分けられますが、ここで処分が決まらなかった者は百箇日の平等王に裁かれることになります。更に一周忌(都市王)、三回忌(五道輪転王)と続き、人は必ず転生の場を得られるようになっています。

 変成王図(部分) 変成王図(部分) 

 変成王図をみていただきますと「三つ目の鬼」に目がとまります。
 恐らくは大威徳明王像などに見られる三目を模したものではないかと思われます。この第三目には真実の姿を見抜き降魔の力があるとされています。
 因みに「大威徳明王」は梵名「ヤマーンタカ」と言い、「ヤマを倒す者」という意味があります。「ヤマ」とはヒンドゥー教の死者の王を指し、仏教がヒンドゥー教を取り入れた後にそのヤマよりもさらに強力なものとして創造したのがこの大威徳明王です。五大明王の一人で西方を守護し、阿弥陀如来(又は文殊菩薩)の化身であるとされています。東寺(京都)、奈良国立博物館、石馬寺(滋賀)、伝乗寺(大分)などで拝観することができます。

 さて地獄とはかくも恐ろしい所でして、罪のない無垢の人間など極めて稀でしょうから大多数の人はここに堕ちて責苦を味わわなくてはなりません。とすると死ぬのは非常に恐ろしいことでして、心穏やかにして死を迎えることなど凡人には出来ないわけです。
 「それ、ナシにして」は通じませんので、罪を犯してしまった人は生きているうちにどうすることもできないのか?といいますと、救済手段が残されています(救済手段というよりも情状酌量と言ったほうが的確かも知れません)。
 「改心し、布施をし、約束を守り、感謝を忘れず、堪忍し、努力し、瞑想し、覚る(考える)」ことを精進すれば救われます。それが成らない時は死後の供養(一周忌、三回忌など)、子孫の信心に委ねることになります。

 十悪五逆も突き詰めれば、人間の本性である「我執」が引き起こすものです。その我執を棄てて「謙虚にして利他に生きよ」と言うのが六道輪廻の根幹であり、十王経の教えであるのです。

 長々しくもありきたりな薀蓄はこの辺にしておきます。

 五道輪転王 五道輪転王図
 
 この絵図ですが1986年に賢美閣から「絵で見る地獄と極楽」という絵本になっています。現行でも手に入りますのでご興味のあるかたは書店などで探してみてください。

 泰山王図、極楽図(一) 泰山王図、極楽図(一)

 延命寺の六道輪廻図は非常に生き生きと描かれており、保存状態も良好です。失われている部分もないと聞いています。本来、いつでも拝観できるのが理想ではありますが、保存のことを考慮すれば日に曝すことを避けなければなりませんので、一年に一度の御開帳というのも仕方のないことかもしれません。しかし、残念、僕としては実物をもっと多くの人に見て欲しいと思います。
 拝観できる機会を増やせないものでしょうか?佐倉にある歴博の学芸員の方、特別展などご一考くだされば幸いです。

 曹洞宗長谷山延命寺
  千葉県南房総市本織2014-1
  0470-36-2166           







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