梔子、それから追伸として

 「自画像を描いたことはありますか?」
 風がよく通る夏の午後だった。
 小さなベンチで、互いに少し離れ気味にして腰を掛けていた。
 鏡のように風景を映しこんだ池を挟んだ向こう側に、両国公会堂の朱色の煉瓦が鮮やかに見えた。
 この日が初対面だった彼女となぜそんな話に行き着いたのかが記憶に残っていないのは、それが唐突に提示されたものであったか、それとも意味のないお喋りの流れ着いた先だったということかもしれない。
 僕はいつものように考えもなく、浅薄に答える。
 「自分を記録として残しておきたいという趣味はないし、第一、僕には絵心がない。だから描いたことはないよ。図工や美術の時間でも自画像は提出しなかった。自分をみるのが何よりも嫌だから。」
 「私は絵画が専攻なのでたくさん描きました。描いているうちに、自画像は姿を描くのではなく、その瞬間までに自分がどう生きて来たかを描くものだと感じ始めました。そして私は、生きていくこと自体が自画像を描くことではないのかなって思っています。毎日、毎日、連続する瞬間の全てが自画像を描き続けていくことなのではないでしょうか?自分の姿を描くことほど残酷なものはありません。耐えがたい苦痛なのです。それでも記憶のなかに自分の姿を刻み付けて行くことしかできないのです。それが負っている責任なのです。そして誰かを好きになるとその人の肖像画も描き加えたくなり一生懸命になるのです。でも本当は自分の姿を描くだけで手一杯なのに。ですから、ある日、その緊張がぷつんと切れてしまうことがあります。嫌いになったわけではないのです。たた単に疲れてしまうだけなのです。様々な色を織り交ぜて描くことの楽しさを覚え、次は何色にしようかと夢をみているうちに、次第にどんな色を混ぜてよいのか分らなくなって、ある日、画面が黒一色に近いものになっていることに気が付いてしまうのです。つまり描いてきたのはふたりの姿ではなく、あくまでも自画像の延長だったということです。パートナーは静物か、風景の延長上のようなものなのです。自分の姿だけを描くのなら、恐らくこんなことにはならなかったと後悔するのです。」
 僕の幼稚な思考能力では彼女の言葉を理解することができなかった。だから、愚にもつかない言葉を口から漏らすのがせいぜいだった。
 「君は自分がエゴイストだって言ってるの?」
 彼女は少し首をかしげるように、水の反射から目を守るかのように前髪を右手で押さえながこう言った。
 「人は自分の命を生きている限りエゴから逃れ得ません。どんな生き方をしても自分としてしか生きられないのですから。献身を装っても、独善を生きるのには違いないのです。ただ周りの評価が異なるだけです。」
 その言葉があまりにも張りつめていたので僕は何かを言う資格を失くした。
 「ごめん、よくわからない。」
 「あなたには自分の記憶に残しておきたい人がいますか?」
 蜻蛉が彼女の肩にとまり、器用に頭を回しながらあたりを窺うと、瞬間移動でもするかのようにそこを離れた。
 そのまばたき程の僕のとまどいの時間を、彼女は優しく掬い上げた。
 「いるのでしょうね、そういう人が。羨ましいです。あなたは自画像以外の肖像画を描くことを知っています。私には…。」
 そう言って彼女は足もとに吹かれてきた白い花弁をつまみあげて掌に載せると、まるで蒲公英の綿毛を飛ばすかのように小さくふうっと吹いた。それはほんの短い間だけ危うげな紙飛行機のように風に乗り、横風に流され、数メートルも行かないうちに、池の手前にある皐月の緑を超えることなく落ちた。
 「もうそろそろ病室にもどらないといけません。今日は有難うございました。次の診察日はいつですか?」
 「来週の木曜日。」
 「時間は今日と同じですか?」
 「たぶん、同じくらい。」
 「では、また診察室の前にあるポトスの横のベンチにいます。お時間があったら声をかけてください。看護婦さん以外にはお話をする人がいなくて退屈なんです。よかったらもう少しお相手をしてください。」
 
 そうして彼女とは何度か病院の喫茶室や公園で話をする機会を持ちました。その後、彼女は母親の実家のある札幌に行くことになり病院も変わりました。
 中学2年から高校1年の秋くらいまで約2年強でしょうか?手紙のやりとりをしてはいましたが、次第に取り交わしも細くなり、いつしか途絶えていました。

 今更ですが、ここに追伸を送ります。

 「今はどうしていますか?元気になりましたか?文通が途絶えて久しくなった時分に、一度だけあなたに手紙をだしたことがあります。高校の卒業式を間近に控えた頃のことです。別に取り立てて用件があったわけではありません。どうしているのかなって、消息伺い程度のものでした。けれど宛先不明で戻ってきてしまいましたが。その手紙は、しばらくはスチール製の勉強机の引き出しの中にありました。気づかぬうちにどこかに紛れてしまったのは、恐らく捨ててしまったからなのでしょう。僕は今でもあなたの話相手としては力量不足で申し訳なかったと思っています。あなたの話題に応えることが何一つできませんでした。でも僕は、あなたの話を聞くことが大好きでした。ですから、あなたが言った通りに、今、肖像画をひとつ描いてみました。残しておきたい記憶の姿として。ただそれにも力量が大いに不足しているようです。申し訳ありません。それから、ありがとうございました。お元気でいることを信じています。」

 あの日、彼女が吹いた白い花弁は梔子でした。今でもこの花を見ると、時折、こうして思い出すことがあります。
 
 
 
 


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